桜田優編 #012

 宗介は昔からメッセージに対するリプライが少し遅いが、メッセージ自体はわりとすぐに確認する傾向にある。こちらが送ったメッセージを相手が確認すると『既読』という文字がつくが、それがついていないということは、宗介はメッセージを確認できない環境にいるということだ。

 つまり、『既読』がついていないあいだは、ただちに家に帰ってくることはないだろう。だから、優はまずメッセージを宗介に宛てて送り、それから合鍵を使って部屋に侵入した。

 これは、文字通りの『侵入』なのだと、部屋に入ってから強く自覚した。いや、法的にどういう扱いになるのかはよくわからない。だって、今までは宗介と同棲していたようなものなので、もちろん宗介がいないときに部屋に入ることもあった。当たり前だ。そうでないと、合鍵の意味がない。

 問題は、既に別れてしまった恋人同士が、相手の合意なく、合鍵を使って部屋に侵入した際の法的な解釈だろう。ピッキングをしたりして強引に扉の施錠を破ったわけではなく、正式な鍵を用いてスムーズかつセーフティに解錠しているわけだから、器物破損にあたらないことはあきらかだ。ポイントは、相手の合意がない、という点にある。

 一般常識として、既に別れてしまった恋人同士は、相手に通知することなく相手の部屋の中に入ったりはしないから、まあ、アウトな感じはする。それに、今回は盗聴器を仕掛けようとして相手の部屋に侵入しているのだから、これはどう考えてもアウトだろう。これはもはや確認不要だ。

 一ヶ月ぶりに入る宗介の部屋は、以前と変わらず、整然としていた。ものが少ないだけでなく、すべてのものがあるべき場所に収納されており、はみ出ているものがひとつもない。さらに、日々ちゃんと掃除がなされており、床にも塵ひとつ落ちていない。ビジネスホテルの部屋に迷い込んだようだった。

 前から綺麗好きな人ではあったが、ここまでだったか、と優は若干引きながら思った。優は逆に、ここまで片付いた部屋だと落ち着かない。理想は、部屋の半分ぐらいをぬいぐるみで満たし、その中に身をうずめて眠ることだ。自分がこの部屋にしょっちゅう来ていた頃は、積極的にこの部屋の秩序を乱していたので、自分にとっては落ち着く空間になっていたが、しばらく離れたあとは、まるで無菌室のように馴染みのない場所になってしまった。

 そっと部屋の中に入ってきたので、デスクの隣のラックの中に収められているアクリルケースの庭の中で眠るハリネズミのそに子は、目覚めていない。

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