相田宗介編 #010

 宗介は駅前のコンビニの近くまで歩いていき、ローソンに入った。何か酒でも買おうと思った。発泡酒のコーナーからアルコール度数の高いストロングゼロに視線を移したとき、ポケットに突っ込んできたiPhoneが急に振動した。

 まさか。

 宗介は震える手でiPhoneを取り出し、ひと呼吸おいてから、画面を見た。

 心のどこかでわかってはいたが、それは優からのメッセージではなかった。自分の作曲した楽曲を投稿している『エデン』チャンネルに、新しいフォロワーがついたという通知だった。宗介は落胆した。当たり前だよな、優からのメッセージなわけがないよな。宗介は苦笑し、缶のアルコール飲料を手に取る。

 冷蔵庫になんかあったっけ、と思い出しながらつまみのコーナーを眺めていると、またiPhoneが振動した。なんだよ、今日はやけに多いな。そう思い、チェックすることはしなかった。

 だが、すぐに様子がおかしいことに気がついた。振動が止まらないのだ。壊れたのだろうか、と思った。

 仕方なしにiPhoneを取り出し、画面を見ると、さっき画面を見てからあらたに百人、フォロワーが増えていた。百人。信じられなかった。自分のチャンネルの登録者は千人ちょっと。これでも、何年もかかってやっとこれだけの数になったのだ。この、たったの一分ほどの時間でこんなに増えるわけがない。

 何かの間違いだろう、と缶を持ってレジに向かった。会計をしているあいだ、ずっとポケットの中でiPhoneが振動していた。

「ねえねえ、おにいさん」

「ん?」

「大丈夫っすか? ケータイ」

 茶髪の若い女性店員がこちらを不思議そうな顔で見ている。日々ここで買い物をするので、もちろん互いのことは知らないが、顔だけは互いに認識している。だが、これまで話しかけられたことなどなかった。

「大丈夫って?」

「めっっっっちゃ振動してますけど」

「振動してるね」

「あれっすか、安いスマホっすか? 爆発するんじゃないすか?」

「爆発?」

「ほら、安いスマホよく爆発したりするじゃないですか」

「よくは爆発しないし、安いやつじゃないと思う、iPhoneだし」

「そすか。でも、はやめに修理出したほうがいいっすね」

「うん」

「ほんとにスマホの不具合っすか?」

「うん?」

「何か、事件に巻き込まれてるんじゃないっすか?」

「まさか……」

 変なことをいう店員もいるもんだ。適当に返答をし、袋をぶら下げてコンビニを出る。

 自分のチャンネル登録者数は、さっきから二百人増えていた。何かの間違いだろう。そう思い、袋から缶を取り出し、プルタブを開ける。歩きながら酒を飲むなんて、普段では考えられない行為だった。

 iPhoneを取り出して、画面をよく見る。その画面を見る限り、チャンネルの登録者数が増えているのはどうやら事実のようだった。変なバグもあるもんだな、そう思いながら階段を上がり、部屋のドアを開ける。

 『エデン』の画面を見ると、たまたま目にメッセージが飛び込んできた。

〈ひびきちゃんの今日の動画からきました!〉

 ひびきちゃん? 宗介はまさかな、と思い、急いで自分の部屋に戻る。そして、さっきまで見ていた動画の続きの再生ボタンを押した。

 しばらく、なぉちーとひびきが応酬をしている様子が映し出されていたが、ひびきが作業をしながら聞いていた音楽の話になり、なぉちーがひびきのパソコン画面をカメラで写した。

 それは、自分の動画チャンネルの画面だった。

 ひびきがいままで、動画の中のヘッドフォンで聴いていたのは、自分のつくった音楽だったのだ。

 iPhoneは相変わらずポケットの中で振動し続けている。

 繋がった、何かが、おれと。

 宗介は、そう思った。

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