相田宗介編 #009

 『エデン』で多くのフォロワーを集め、人気が出てくると、『エデン』からプロ昇格の打診がくることがある。フォロワーの数に応じて、『エデン』から給料のようなお金が支払われる。ブログにおけるアフィリエイトや、YouTube等であった再生数に応じての広告料ではなく、あくまでも『エデン』との「契約」によって毎月定額のお金が支払われる仕組みのため、再生数を闇雲に稼いだり、社会に迷惑な行為をすることによって注目される人たちは弾かれる。『エデン』に認められた、健全な動画をつくる人だけが、プロに昇格することができる。

 『おひるね宣言』は、十年前にボーカルの『なぉちー』こと七瀬奈緒がはじめた『エデン』内の動画チャンネルだ。はじめは、女子高生が卒業ライブのために組んだガールズバンドの練習風景を流す動画チャンネルでしかなかった。といっても、音楽に関する動画は全体の二割ほどしかなく、ほとんどの動画は学校の屋上で仲間で騒いでたりする動画や、帰り道にマクドナルドで買い食いをしたりしている動画だった。

 内容は他愛もないものがほとんどだったが、奈緒は映像編集ソフトを使って、撮った映像を短いものに加工し、ほぼ毎日、『エデン』に投稿し続けていた。まだ、『エデン』がコミュニケーションツールとしては一般的にそこまで普及していない頃で、主にビジネス利用だけされていたような時代の話だ。

 ほどなくして、動画サイトの大手であるYouTubeに個人的な動画をアップする人が増え始め、そのタイミングで『エデン』の中では動画投稿者としては先駆け的な存在であった『おひるね宣言』のチャンネルの、ファンが急増した。

 『おひるね宣言』の動画は、決して笑えるような類のものではないが、友達が撮った映像を眺めているような素人っぽさがウケた。動画自体も短く、テレビよりも気楽に見られる。

 だが、いまはチャンネル登録者数では日本の三位、五百万人を超えている。宗介も、いつごろからこのチャンネルを見始めたのかはよく覚えていない。気付いたら、この動画を見るのが習慣になっていた。

 ふと、部屋の片隅に人の気配を感じて、そちらに目をやる。だが、当たり前だが誰もそこにはいない。宗介は視線をパソコンに戻し、だが動画の続きを見る気にはなれなかった。心拍数があがっている。黙って頭を掻きむしった。

 せっかく優の痕跡を消したというのに、また、元に戻ってしまった。

 脳裏にさっきまで部屋にいた優の姿がフラッシュバックする。

 結局、ここにきた理由は、本当に、自分の服を取りにきただけか。

 それ以上の意味なんて期待していたわけではなかったのに、胸の奥の、ちょうど食道のあたりに、何かこみあげてくるものを感じ、苦しくなった。

 そに子はもう完全にたわしと化している。このまま部屋にいても息苦しいだけなので、宗介はシャツを羽織ると、鍵を掴んで家を出た。階段を降り、マンションの前の小道を歩く。もうすでに雨はやんでいたが、地面は濡れていて、繁華街の猥雑なネオンがゴミとともに道路に反射している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る