24.星を見上げる

 最高の夜には架け橋が架かる。誰かがそう言ったのを覚えている。それがどこからどこへ向かうのかは知らない。私には関係ない。ただ、噂では種族を超えたカップルの――あれ、それは別のものだったかな。如何せん記憶力が落ちてきているもので、私の知識はどれも信用ならない。

 左手を包むような誰かの温度を感じた。ふと隣を見ると、知っているような初めて見るような顔があった。だけど何となくその手を知っている。私とこの人はたぶん知り合い、いや、それより深い関係だったのだろうと思う。けれど、誰だか全く思い出せない。

「好きだよ」

 何度も聞いたことのある、初めての言葉。いつも落ち着かせてくれていた、知らない声。どうしてこうも脳がバグを起こしているのだろう。

「君がどうなっても、僕は君が好きだよ」

 私の方を見た彼の顔には悲しみが滲んでいた。どうしても納得いかない。誰が彼にこんな辛そうな顔をさせたのだ。許せない、のに、何もわからない。ただひとつ理解できたのは、私はこの人のことを心の底から愛している、ということ。だって感情などないはずなのに、こんなにも心が柔らかい。

「僕のことを何度忘れたって、絶対に離れたりしない」

 彼は夜空を見上げる、そこには架け橋が架かっている。あの夜と全く同じで、……あの夜?

「ずっと一緒に、いつまでも一緒に」

 彼はそう言ったけど、もうすぐにでも終わりが来ることを知っている。彼は人間だから、寿命というものがあって、それがもう少ししか残っていなくて。でも、どうしてこんなことを私が知っているの?

「好きだよ、大好きだ」

 しわだらけになってしまった彼の目尻からは一滴の水が溢れた。私の手を握る彼の手には、力はない。そっと添えられているだけで、握るという表現が正しいのかすらわからない。

 ふらりと彼の身体が揺れて、その場に座り込む。もう時間がない。私は思い出さなくてはならないのに、また同じことを繰り返してしまう。

「どうして僕は人間に恋をしなかったんだろうね……君は死なない、死ねない」

 私は彼と目線を合わせて、ゆっくり紡がれていくその言葉を待った。

「アンドロイドは、人間とは違う。僕が死んでも、君は生きる。愛する人と時間の流れが違うなんて、僕には耐えられないよ」

 彼は座ることもままならなくなり、その場に転がった。

「だから君には、苦しさや、辛さを、消すための、救済を、呪いを、かけたんだ」

 最期に、手を伸ばした。その手を取ったが、私には――。

「ごめんね……ぼくを、わすれて……いきて……」

 彼から鼓動が聞こえなくなった。


お題「月虹」

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