ノベルバー2021 30の物語

たぴ岡

1.握りしめた希望

 息を切らしながら僕は、路地裏でつかの間の休憩をしていた。

 酸素をいくら吸っても全く脳が働かない。喉の奥から血の味がする。全速力で走るのなんて久しぶりだったから、脚が疲労で震え始めている。

 もう、ダメかもしれない。

 手のひらの中にある錆び付いたそれを見つめる。やっと手に入れられたのに、取り返したっていうのに。僕らのために命を削って働いてくれた母のためにも、奴らから僕らを隠すために殺された父のためにも、それから、今もなお病にむしばまれている弟のためにも。これはあいつらに奪われてはならない。

 ぎゅっとそれを握り直して、目を瞑って、息を整える。わあっと通りが騒がしくなったのが耳に入る。もうすでにこの町にも奴らが来ているらしい。

 早く逃げないと。この町の人たちに被害が出てしまう前に、僕のせいでこの町に死が満ちてしまう前に、早く、出て行かないと。

 大きく息を吸い込んでから、僕は前を向いてまた走り出した。


お題「鍵」

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