この世の不条理 完

朝香るか

1.エピローグ

 世界を破滅に導く非道な運命が存在する。

 一つは穢れを知った女に。

 一つは、残酷な定めを背負った男に。

 運命は交錯し酷薄な歴史を紡ぐ。

 世界がどうなるかは彼ら次第。

 見届けるがいい、彼らの選択を――

 荒廃しきった地区から物語は始まる。


「すこし遠出をいたしましょう」


 母に手をひかれて幼い兄妹は歩いてきた。

 季節は春。心地よい風と日差しが三人を包んでいた。

 昼食時になっても女は休もうとしない。

 ずっと歩いていた兄妹は、足が痛かったけれど、

 飢餓は感じなかった。


 前日の夜にこれでもかというほどに食べさせられたからだった。

 空腹ではないが、妹の歩き方がペタンペタンとだるそうなものに変わっていく。

 母に新しい服を着せられたのだ。

 とある食堂屋の裏側で女は引いていた手を離した。

 そこは人気のない路地であった。

「ここでお待ちなさいね。連れてきますから」

  兄の頭をポンと叩いて、母は殺到の中に姿を消した。夕方になっても帰ってこない。不安げな兄に対して、妹は無邪気だった。

「つまらないよぉ。レオ兄ィ~」

 爽やかな風が少女の金髪を靡かせている。クスリと大好きな人が笑う気配を感じとり幼女は振り返った。

「静かにね、レオナ。もうすぐ母さんと兄さんが帰ってくるから」

 彼女を諌めたのは兄だった。凛々しい顔立ちの少年とも、青年ともとれる容姿をしている。

「だって夕方だよぉ。働くのはもう終わり! 前の所でもここでもお祭りなんだよ」

 年のころは六歳前後。若干舌足らずな言葉もあるが、レオナは利発だと褒められることが多かった。

「前の地区では出立のお祝いをしてくれただけなんだ。ここは……夜になると騒ぐのが普通なんだって」

 そう言った途端に目を輝かせたレオナに対して、兄は自分の立場を忘れない。

「ただし、レオナはお休み。後は僕が見ておくから」

「え~いやだ。嫌だよぅ」

 駄々をこね、不満ありげな視線は長くは続かなかった。

「見たいのに……眠いよ」

 小さな天使は眠気に勝てず、兄の腕に収まった。

「全く。こんな世界をレオナには見せちゃいけないな」

 彼の視線の先には他人の懐から財布をとる大人と、それを暇つぶしに眺めている通りの人々の姿だった。

「母さん、早く帰ってきてよ」

 その期待に満ちた願いが叶うことはなかった。


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