ぼ、僕も彼女のことが大好きです!
「へー、じゃあ美崎先輩のお隣さんだったんですかぁ」
あれから数分後。
俺はついさっき知り合った鶴山さんという女性に、麻由香さんとの関係を一通り説明し終えた。
正直、赤の他人に俺達の関係をどこまで話していいか迷ったが、とりあえず交際中であることと、法律上の夫婦であることはまだ伏せておいた。
異性関係を会社の人に知られたくない人間もいるからだ。
しかしそれが仇となったのか、予想外にも鶴山さんは相当積極的だったようで、「それなら私たちと一杯飲みませんか?」と言って誘ってきた。
オッサンに絡まれていた時はいたって大人しそうだったのに、助けられてからずいぶんと態度が豹変したではないか。
この人は少女漫画とか信じちゃうタイプなのだろうか。完全に俺を白馬の王子様かなんかと勘違いしているように思える。
これではオッサンの「男と遊びまくってる」という言葉が、正確ではないにしても、完全に間違っているとは言い切れなくなってくる。
もちろん麻由香さんの手前もあるので、最初は頑なに拒否して立ち去ろうとした。
ところが俺が中々戻ってこないから探しに来たのか、急に出口のほうから椎名さんが歩いてくるのが見えて、慌てて通路の奥へ引っ込もうとする。
鶴山さんはそれをオーケーの合図と受け取ったようで、「良かった、やっぱり来てくれるんですね?」と言ってグイッと俺の腕を引っ張る。
それを見た麻由香さんは、オロオロして、なにがどうなっているのかわからない様子で狼狽えていた。
心なしか頬をほんのわずか膨らませて、怒っているように見える。
あれはやはり嫉妬の気持ちだろうか。
彼女がいるクセに、なんて不誠実な奴だと思われただろうか。
一方の後輩さんはというと、こちらの都合もお構いなしに、歩きながら「彼女はいるんですか?」とか「好きなタイプは?」などと執拗に質問をしてきて、逃げ出すチャンスを与えてくれない。
椎名さんから逃れる為とはいえ、今俺は麻由香さんに対して非常に不快な思いをさせている。このままでは彼氏として失格だ。
こんなんだから麻美に愛想を尽かされたんじゃないのか。
なんとかしなければ。今こそ過去の情けない自分から脱却する時だ。
そう決意を固めた俺は、鶴山さんの手を振りほどき、毅然とした態度でこう言い放った。
「あ、あのう……申し訳ないんですが、実は僕には真剣にお付き合いしている女性がいるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「ええ、ですから申し訳ないんですが、あなたのお誘いには乗れないんです」
「そうですか。ちなみにお付き合いしてるのはどんな人なんですか?」
「え、どんなって……」
ここでそれを言う必要があるのか。しかし彼女を諦めさせるには、それが一番有効かもしれない。
あまり詳しく説明すると相手を特定される恐れがあるので、簡潔な内容に留めるようにする。
「えっと……その人はとても優しくて、いつも僕のことを大切に想ってくれる大切な人なんです。僕も同じ気持ちです。だから彼女を悲しませるようなことはしたくないんです」
「へえ、その人のこと本当に好きなんですね」
「え? ま、まあそうですね……」
質問されて気づいたが、そう言えばまだ麻由香さんに一度も俺の気持ちを伝えたことがなかった。
このタイミングで言うのもなんか違う気がするし、もっとロマンチックなシチュエーションで言うのが理想的だと思うのだが。
「あれ、なんだか歯切れが悪いような……本当に本心から言ってるんですか?」
しかしそんな俺の動揺を見抜いたのか、鶴山さんが怪訝な顔つきで訊ねてくる。
「い、いえ、もちろん好きですよ」
「じゃあもう一度ハッキリと仰ってくれませんか?」
ええちょっと……。
本人がいる目の前で?
麻由香さんのほうを見ると、彼女も食い入るようにこちらを見ている。まさか麻由香さんも俺が言うのを望んでいるのか。
なんだこの公開処刑。
しかしここで躊躇しているとまた疑いをもたれることに……。
ええい、考えている暇はない。もうどうにでもなれ――
「ぼ、僕も彼女のことが大好きです!」
言ってしまったぜ……。もはやヤケクソな心境だった。
鶴山さんは「わーそうなんですか! 素敵ですねえ!」と目をキラキラさせて羨望の眼差しを向ける。
この人はただ単に色恋沙汰が好きなだけなのか。
麻由香さんはというと、羞恥心のあまり顔を真っ赤にして俯いている。
俺も穴があったら入りたいくらいだ。
告白としてはずいぶんと不自然な形になってしまった。
酔った勢いで結婚したり、今更だが俺達って本当におかしななカップルだよな。
まあ結果的に麻由香さんの不安を打ち消すことに成功したようだからよしとするか。おかげで別の問題が発生した気がするけど。
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