値段は訊かないでね
「はあ……雨、中々止まないなあ……」
窓越しに朝から延々と降り続いている雨を眺めながら、俺は呟いた。
天気予報によると、梅雨前線の影響で一週間は雨の日が続くのだという。
よく湿気が多い日には憂鬱な気持ちになる人がいるというが、俺もその内の一人で、ここ数日はうんざりした日々を過ごしていた。
一説によると気圧の変化が体調に悪影響を及ぼしているらしい。実際のところはよくわからないが。
「こう雨が続くと洗濯物も乾かないよねー」
と、つい今しがたデザートを食べ終えた麻由香さんが言う。
毎度のことながら、休日は俺の家で一緒に過ごすのが習慣になっている。
「特にうちの洗濯機は古いから全然乾かなくて、着られる服は今着てるやつしか残ってないんだよね」
「そうなんだ。なんなら俺ん家に乾燥機あるから使ってみる?」
「え、ここで干すの?」
麻由香さんが困惑した表情を浮かべる。
言われて気がついたが、洗濯物には下着も含まれているのを失念していた。乾燥機を麻由香さんの家に移動させるわけにもいかないし。
「ああ、そっか。やっぱ色々とマズいよな……」
これではまるでセクハラ発言みたいではないか。にわかに気まずい空気が流れる。
「……そ、そうだ。実は麻由香さんに渡したいものがあるんだ! ホラ、この前の誕生日にプレゼントを渡しそびれただろう? だからあの後買っておいたんだ」
「へえ本当? 嬉しいな」
気まずさを誤魔化す為、本来ならもっとタイミングのいい状況で渡す予定だったプレゼントをここで渡すことにした。
「前に足先がよく冷えるって言ってたでしょ? だから
そう言って俺は、台所に行って予め隠しておいたプレゼントの箱を麻由香さんに手渡した。
「わあ、これ凄く素敵だよ! 高かったんじゃないの?」
「いや、ちょうどセールで安売りしてたんだ。値段は訊かないでね。ありがたみが薄れるから」
「そんなことないよ。あっくんからのプレゼントならどんなものだって嬉しいよ。たとえ中身のない箱だけをプレゼントされてもね」
「普通そんなことする奴いないと思うけど……」
ともあれ喜んでくれてなにより。
微妙な反応だったらどうしようかと不安だったが、杞憂に終わってよかった。
「そうだ、せっかくだから今ここで性能を試してくれない? 使い物にならなかったら返品したいし」
「わかった、いいよ」
下着を干すのはともかく、素足をさらすくらいなら特に問題はないだろう。そう思って提案したのだが、この判断が後に思わぬ悲劇を招くことになる。
キッチンの給湯器でフットバスにお湯を満たすと、リビングまで運ぼうとするも、あまりの重さに足がふらつきそうになる。
「おっと……」
「あっくん手伝おうか?」
「い、いや。だいじょう――」
――ぶ、そう言おうとした次の瞬間、ふいに足がもつれて前方に勢い良く倒れて込んでしまい、運の悪いことに、その場にいた麻由香さんにお湯を浴びせるハメになった。
「きゃあっ!?」
「ああっ! ご、ゴメン麻由香さん!」
幸いお湯の温度はそれほど高くなく、火傷を負うことはなかったものの、最後の貴重な服がずぶ濡れになってしまう。
よく見ると服が透けて下に着ているものの輪郭がはっきりと……。
などと言ってる場合ではない。麻由香さんが風邪をひかないよう大至急、タオルを持って来て応急措置をする。
「本当にゴメンね。大丈夫?」
「う、うん。でもどうしよう……もう着る服がないよ」
完全に俺の責任だ。最初から素直に手を借りればいいものを、無駄に見栄を張るからこんなことに……。
着る服がないのは極めて由々しき事態だ。
「取りあえず乾燥機で濡れた服を乾かすから、それまで代わりに俺の服を着とく?」
「うん、そうだね……」
考えてみれば麻由香さんが俺の服を着るのはこれで二度目である。
ところがあいにく俺の服もほとんどがまだ乾いていない物か、洗濯する前の物ばかりで、残っている服は一着しかなかった。
毎日洗濯することを怠っていると、こういうことになるんだよな。
しかも残っている服というのが……なぜかよりにもよって真っ白なYシャツ。
そう、これを麻由香さんが着ると、一部の紳士諸君に非常に喜ばれる裸Yシャツというやつが完成してしまう。
一瞬躊躇したが、このままでは麻由香さんが風邪をひいてしまうので、これは決して俺の趣味ではないことを念押しして渡した。
当然、サイズが合っていない為、襟元は大きく開いて際どいところまで肌が露出している。
「大きいサイズしかなくてゴメン。嫌じゃない?」
「ううん、やっぱりあっくんの匂い、好き……」
そう言ってうっとりした表情で服の匂いを嗅ぐ麻由香さんは、むしろこの状況を喜んでいる様子だった。
これから服が乾くまで数時間、ずっとこの格好の麻由香さんと二人きりで過ごすことになるのか……。
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