8、虹
虹を見るのはなぜかいつも電車の中からだった
電車のガラス窓の向こうに見える虹
(私はいつもドアのわきに立つ)
虹の根元に向けて電車は走る
速度を上げても虹は近づいていかない
どこまで行ってもたどり着かない
そのうち虹は消えてしまう
その日もそうやって私は電車の窓から虹を見ていた
電車が速度を落とし次の駅に停まる
虹はもうほとんど消えかけている
扉が閉じる直前に私はホームに降り立つ
一度も降りたことのない駅
見上げればまだ虹はうっすらと見えている
改札を出て私は虹の方角に歩き出す
小さな川沿いの道を往く
線路の高架下をくぐる
まがりくねった細い路地を縫う
やがて小さな森を従えた神社に出くわす
鳥居の前に袴姿の女性がいる
彼女はほうきで石の階段を掃いている
「どうかされましたか」
手を止めて彼女が尋ねる
私はぼうっと彼女を見つめていたらしい
いえあの別にと私はしどろもどろになる
「お社様に御用ですか」
いえ違うんです虹をと私は言いかけてやめる
「にじ」
実は虹を追いかけてここまできちゃいましたと私は告げる
「ああ、虹ですか」
彼女は背後の森を見上げる
「ここからでは見えませんね」
たぶんもう消えちゃってると思いますしそれにもうすぐ日が暮れるから虹もなくなっちゃいますと私は言う
「どうしてですか」
彼女は首をかしげる
「日が暮れたら虹はなくなるのですか」
なくならないのですかと私は問う
「私たちには見えないだけで真夜中でも虹は出ているかもしれませんよ」
私たちに見えないだけで虹は出ているかもしれないと私はつぶやく
そうかもしれませんと私は言う
ありがとうございましたと彼女に礼を言い私は道を引き返す
そうかもしれない
目を凝らせば見えるだろうか
いつか私に見えるだろうか
真夜中の虹
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