ザブリューの悲劇
中学の頃、ませた中学生もいるなか、小学生がそのまま中学生になったような、幼いメンタリティだった僕。
数学の授業中、先生が、図形を黒板に描いていた。そして、三角形を形作る三つの点にⅩ、Y、Zと記号を振り、さらにもう一点付け足して、それにはWと記号が振られた。「W」は説明しながら走り書きをしたせいで、少し傾いていた。
先生は、説明を丁寧にしながら、「X」「Y」と読み上げ、次に、「W」を読み上げようとしたのだが、走り書きをして、Wが傾いていたせいで、一瞬「Z」に見えたのだろう。「ゼット」と言いかけて、あわてて「ダブリュー」に言い直したせいで、僕は聞き逃さなかった。先生は「W」のことを「ザブリュー」と言った。素知らぬ顔をして、授業を続ける先生の様子がおかしくて、「ザブリュー」と言ったのに、素知らぬ顔をして授業を続ける先生がおかしくて、おかしくておかしくて、クッククックと数学の授業中じゅう笑いが止まらなかった。
授業が終わって、休み時間、口に出して「ザブリュー」と言ってみた。面白い。自分で言っても、素知らぬ顔をして授業をする先生を思い出して笑いが止まらない。ホント、小学生が大きくなっただけの中学生だ。
次の休み時間、ノートに「ザブリュー」と書いてみる。文字にしてみるとさらに面白い。
数学の先生と、廊下で会った。
「先生、ザブリュー、ザブリュー」
本人に言ってしまった。先生は分かっているくせに、「なにそれ?」という顔をする。めちゃくちゃ面白い。ゲラゲラ笑いながら、
「先生、ザブリュー、ザブリュー」
と言い続ける。面白くてたまらない。
昼休み、ノートに書いたり、言ったりするだけでは飽き足らず、黒板にチョークで「ザブリュー」と書いてみた。大きい字にするとまた面白い。昼休み中、「ザブリュー」と書けるだけ書いた。授業の始まりが近づき、「ザブリュー」を黒板消しで消す。消えていく「ザブリュー」、哀愁があって、面白い。
次の休み時間、今度は黒板にひらがなで書いてみる。「さぶりゅー、ざぶりゅー、ざぶりゅー」。アルファベットの呼び方に柔らかいひらがなというミスマッチが面白い。もう笑い転げて仕方がない。「ざぶりゅー」だけで、こんなに一日笑えるとは。
今日はなんというボーナス日だ。授業の振替で、数学が二回ある!またざぶりゅー先生が来る!日頃は授業中私語はしない僕だが、小声で、「ざぶりゅー」と言ってみる、先生は一生懸命授業を取り回している。しかし、先生は取り回しながらもちらっとこっちを見た。先生、気付いたな。面白い。
放課後、一人教室に残って、黒板じゅうに「ザブリュー」「ざぶりゅー」と書いてみる。ツボに入ってしこたま楽しい。もう「ざぶりゅー」だけで、何十年も持ちそうなくらい面白い。
そのとき、授業を終え、教室を去ったはずのざぶりゅー先生が戻ってきた。なんか忘れ物かな。「ザブリュー」「ざぶりゅー」とたくさん書かれた黒板の前に、先生と僕が二人きり。
「先生、ザブリュー、ざぶりゅ~。ギャハハハハハ!」
「こらぁ!」
先生が僕の後ろから襲い掛かってきた。小学生寄りの中学生。大人の力にはかなわない。先生に後ろからがんじがらめにされて動けない。
「こらぁ、こらぁ、お前はぁ!」
ざぶりゅーが理由で生徒を叩いたりするわけにはいかなかったのだろう。僕を取り押さえた先生は今度は後ろから両胸を揉んできた。そして、片方の手はやがて、僕の股間へ。
「こらぁ、もう、許さんとやけんね!」
先生はそう言いながら、僕の胸を股間を揉んできた。大人の大きな手。胸も股間もひとたまりもない。僕は
「先生、ごめん、ごめん。」
と、抵抗しながら謝って、やっと解放してもらった。
先生は去り際に「にぇっ!」と言葉のような音のようなものを発して教室を出て行った。「なっ」と「めっ」が混じったような声のような音のような。今考えると、ロシア人がロシア語でノー、「ニェット(Нет)」で強く否定する発音に似ていたな。とにかく先生は捨て台詞のような音を出して去っていった。
胸と股間、なんだったんだろう。テンション下がって静寂の教室で黒板を消しながら。
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