『つげ義春日記』 つげ義春

『つげ義春日記』 つげ義春


 漫画家つげ義春の身の回りの出来事を綴った日記。昭和50年から55年までのできごとをもとに昭和58年に雑誌で連載し、のちに書き下ろし分を含めて単行本に収めたものになる(私が読んだのは何年か前に出た講談社文芸文庫版)。

 このところ銀河帝国だとか少女が社会の裏側で戦っている話だとか、とにかく非現実的なものばかりを読んでいた反動なのか地に足がついている本をよみたくなって手に取った。


 熱心な読者というわけではないけれど、つげ義春の作品は結構好きだ。「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」といった先鋭的なものより、「李さん一家」などのちょっとユーモラスなものや「義男の青春」や「無能の人」などの私小説的なものなんかが好みである。

 でも実は漫画よりも文章が無性に好きだったりする。蒸発願望や寂しげで侘しげな所ばかりを好んで旅するという書かれた中身もいいんだけど、読んでる方が焦るようなとんでもない一言をポロっと書いてたりするのがやたら可笑しくてたまらない。この日記だとNHKで製作・放送されたらしい「紅い花」のドラマの出来に遠慮なく文句を言っていたりする。その文句の言い方が全然偉そうでも陰湿なのでもなく、本当にポロっとした調子なのがすごくいい。たまらん。

 この期間、長男の出産、漫画文庫ブームによる収入の安定、数回の引っ越し、妻の大病、本人の不安神経症発症……とそれはもう大変な期間だったらしい。そのストレスフルさは読んでいるだけでもよく伝わってくる。まだまだ赤ちゃんの長男を抱えて妻の看護をしたり、気の合わない実母と同居したり、そんな中で漫画の構想をしても当然うまくいかなかったり……。昭和50年代に内向的な気質で自営業の男の人がほぼワンオペで育児なんかしてたら病むのも当然だよ、と思わず労いたくなる日々のこと(つげ義春が不安神経症を患っていたことって作風も相まってカリスマ性の一貫として語られるような空気があったような気がするけど、「そりゃあ病むよ! 病んで当然だよ!」という毎日を余儀なくされていたらしいことが本書でよくわかる。ここは強調しておきたい)ですら、深刻にならない程度に軽く書かれている。なので、ところどころ笑いながら読んだのだった。


 ところで、ほぼ同時期のことを妻の藤原マキが絵日記として発表した『私の絵日記』という本があり、こちらも好きで愛読している。こちらのほうの知識が先行してあったので、日記の中ではしょっちゅう不機嫌でケンカをよくふっかけてくる妻に対して不満をもらすつげに「マキもマキで鬱屈や葛藤があったんだよ」と心の中で語り掛けるなどもしていた。


 全体的に陰鬱なできごとが多い日々のことだけど、つげが引っ越し前のアパートで仲良くしていた猫のことを気にかけていたり、弟のつげ忠男が婚家で苦労しているのを見聞きしては気に欠けたり、忠男の漫画を理解しない世間に憤ったり、長男への臆面もない愛情を時々投下したり、読んでいてほっこりする箇所も多かった。


 ところで、講談社文芸文庫ではおなじみの巻末の年譜にざっと目を通していたところ、昭和62年の項目に「子どもに買い与えたファミコンでスーパーマリオブラザーズ2をクリアする。」とあって思わず噴いてしまった。ライフヒストリーに書き加えるくらい大きなことだったんだろうか。クリアするまでにかかった期間のことももし日記に書いていたなら、是非とも読んでみたい。

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