『口のなかの小鳥たち』  サマンタ・シュウェブリン

『口のなかの小鳥たち』

 サマンタ・シュウェブリン  松本健二 訳


 アルゼンチンの作家による、奇想や幻想みの強い短篇集。以前読んだ『七つのからっぽな家』という短篇集が印象的で読んでみた。


 表題作は、生きている小鳥しか食べなくなった娘の父親視点で語られる物語。娘のことで話があると離婚した妻からもちかけられた几帳面な男が、生きたままの小鳥を頭からむさぼり食う娘と再会する。元妻がこれまで面倒みていた分、今度は父親の自分が……という理屈で男は娘との生活を始める。食事の時以外は変わった様子はみせないのに、娘は小鳥しか食べようとしない。小鳥を与えないとみるみる衰弱する。最初のうち、箱に入れた小鳥を運んできた妻とは連絡がとれなくなる。ついに男は店で小鳥を購入して娘に与えた後、店主から手渡された小鳥の飼育マニュアルを読む……という、読んでいて落ち着かなくなる内容。

 他の収録作も、なんとなく不気味だったりぞっとしたり、とにかく不穏なストーリーで占められている。それなのに読んでいて不思議と気持が良かったりする。


 親と子、旅人と現地の住民といったシチュエーションで書かれたものが多い。表題作は急におかしくなった子供に対応できない親の物語だし、反対に諍いをしたり望んでも無いものを押し付ける親に当惑する子供の物語もある。旅人と現地人の話だと、旅人は現地人の常識の通じない振舞におののくし、現地人は旅人にしらじらとした目を向ける。親と子にも、旅人と現地人にも、両者の間には高くて厚い壁がある。その壁は崩れることはなく両者は訳隔てられたままで、片方が片方を理解しようとしても第三者が和解を望んでいても、壁は絶対にくずれない。そんな絶望的な状態の話ばかりが収められている。

 そう書くとなんだか救いがないように思われるが(実際、登場人物だったらたまったもんじゃないなと思うしかないシチュエーションが多い)、先で述べたように読後感は悪く無い。どころか、ちょっと安らぎさえ覚えたりする。

 思うに、自分のものとは違う常識や価値観で煩わせる他者を完全に拒絶し、ちょっとやそっとでは壊れない壁の中で守られているような安心感を得られるからかもしれない。人と人とのつきあいで疲弊するタイプの人間に安全を保障しているかのように感じられるからだろう。

 でもこれは多分こちら側の勝手な思い込みであろう。物語の中で問題は解決せず、みんな諦めと当惑の中で生きている。読んでいる者としてはやるせなさや絶望も感じずにいられないのだった。


 表題作が面白かったけど、他にもタイトルから思い浮かべるようなハートフルなことが一切かかれない「サンタがうちで寝ている」、家に縛られている女性が魅力的な人魚の男とである「人魚男」、鬱な弟に常に呼びかけ明るく接する家族たちが段々幸せになってゆく「弟のバルテル」、床に頭を叩きつける絵ばかり描くアーティストが初めて友情を抱いた人物について語る「アスファルトに頭を叩きつけろ」なども良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る