最終話 わすれもの~夏休み
わすれもの
秋が目を覚ますと、自分が旧校舎の校門の外にいることに気づいた。
周りを見ると、他のみんなもいる。まだ気を失ったまま倒れていた。桜子の隣に、桃子が横たわっているのを見つけ、秋はとりあえず安心する。
「おーい」
秋は全員を揺り起こした。
外は真っ暗で、人どころか、車の気配もなかった。完全に町は眠っている。ぼんやりとオレンジ色に光る小さな街灯と、星空だけが、静かに秋たちを見守っていた。
「…ああ、すげえ体験だった」
目覚めた直が、ぼーっとした顔で呟く。
「夢じゃ・・・・ねえよな」
「夢では、ないみたいですね」
そこで桜子が、手に収まっていたチョークをみんなに見せた。
「おみやげ・・・・ですね」
「なるほど、現実だ」
直が疲れた顔で、にやりと笑った。
秋たちは感慨深げに旧校舎を見つめた。
「今、何時だろう」
秋が呟いた。
「うげっ、もうすぐ明け方になるぜ」
腕時計を見た直が驚く。
「ええ!お母さんに殺されちゃう」
花が素っ頓狂な声を上げた。
「…その心配には及ばないわ」
桃子がむくりと起き上がった。
「私がみんなのアリバイを作ってあるから」
――まあ、遠藤クンと巴って子は知らないけどね。
「桃子、大丈夫なの?」
桜子が心配そうに尋ねた。
「大丈夫じゃないわよ。大きな穴に落っこちるわ、幽霊に取り憑かれるわ、挙句には神様に憑依されるわ、散々よ。面倒くさいを通り越して奇跡よ、これ」
そう言って、桃子は夜空を仰いだ。
「それでも、桃子のおかげで助かったよ。本当にありがとう」
秋が桃子に深々とお辞儀をする。すると直や花や桜子や巴も、秋と同様に頭を下げた。
「や、やめてよ」
桃子は戸惑うようにみんなを見た。
「でも・・・・でも私も、最後に仲間はずれにされなくて良かった…かも」
そう言ったあと桃子は、「この体験はとても特別だから。きっと一生の宝物になる」と言った、このか姫の言葉の意味がわかった気がした。
「それじゃあ、今日のところは帰ろうぜ。もうくたくただ。今ならミイラのように眠れるぜ」
「そうだね、また明日、みんなで集まろうよ」
花も、へろへろといった様子で言葉を漏らした。
「明日っつーか、もう今日だけどな」
「あ、そっか」
直と花はお互いに顔を見合わせて、苦笑いをした。
そうしてみんなは、まさに疲労困憊といった様子で、しかしどこか清々しい表情をしながら、それぞれの家へと帰っていった。
――しかし、秋だけは帰るふりをして、その場に戻っていた。
まだ、あそこには大事な忘れ物がある。
そして秋は一人、旧校舎へと駆け出した。
図書室の女の子
「――あら、いらっしゃい」
胡桃が読んでいた本から目を離して、秋に声を掛けた。
「やっぱり、いた」
秋は図書室の戸を閉めた。
「終わったみたいね」
「うん、終わったよ。・・・・座ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
秋は胡桃と向き合うようにカウンター席に座った。
「…どうして、私がいるとわかったのかしら?」
胡桃は本を閉じてから、静かに秋に聞いた。
「神様が連れて行くっていったのは、十二個の不思議。でも、あの時はももちゃんもいたんだから十三個って言うべきはずだ。それでおかしいなって思ったんだ」
「なるほど、冴えているわね」
「と、いうのはさっき気づいたんだけどね。本当は、あのとき胡桃の姿がなかったからさ」
「私のことを探してくれていたのね。嬉しいわ」
胡桃はくすりと笑った。
「何で、胡桃はここに残ったの?」
胡桃は何も言わず、閉じた本を黙って見つめる。
「神様がももちゃんに言ってたんだ。お前は今でも語り継がれているって」
「・・・・」
「そこで校長先生の話を思い出したんだ。ももちゃんは自分の名前が恥ずかしかったって。だからみんな、『ももちゃん』ってあだ名で呼ぶようになったって」
「・・・・」
「胡桃ってすごくかわいい名前だよね。そういえば、胡桃って名前にも『桃』っていう字があるね」
「――そうね」
「ももちゃんは本を読むのが好きだったんでしょ?」
「――とても」
「つまり、こう思ったんだ。『美術室のももちゃん』って話は、みんなに語り継がれていくにつれ、『図書室の女の子』という話に変わってしまった。確か、十二不思議の細かい設定は時代によって変わっていくんだよね?」
そこで、秋は胡桃に微笑んだ。
「俺の考え、どう思う?・・・・ももちゃん」
すると胡桃は頬をそっと赤く染めた。
「――大当たりよ」
胡桃は安堵するように小さく溜め息をついた。
「このことに気づいたのはあなたが初めて。私は、ももちゃんの話から形を変えて作り出された、もう一つの存在よ。美術室のももちゃんを本体とするなら、私は分身みたいなものね。噂話によって作られた存在でもあるけど、実在している話とも言える」
うっすらと外が白み始めた。図書室内もほんのりと明るく感じる。
「校長先生は、行ったのね」
「うん、ももちゃんや他のみんなと一緒にね。胡桃の言う通り、すごくいい先生だったよ」
胡桃は自分の髪を指先ですいた。さらり、と真っ黒で美しい髪の毛が流れた。
「あなたは、先生になればいいわ。あなただけじゃない。あなたといた友達も、きっと先生に向いているわ」
「ええ、そうかな」
秋はぽりぽりと頭を掻いた。先生になるなんて今まで考えたこともなかった。桜子ちゃんはぴったりだと思うけど、俺や直や花はどうなんだろう。
――うん、意外と合ってるかもしれない。
それなら、これから直にうんと勉強させないといけないな。
「そうよ。そうしたら今度は先生という立場で、どこかでまた私たちと会うことになるかもしれないわ。あの包丁お化けも、あなたのこと忘れないでしょうし」
秋は包丁お化けの、恨めしそうな顔を思い出してぞっとした。
「やめてよ・・・・」
「あら。学校なんて数え切れないほどたくさんあるのよ。そしてどこにも噂話や怪談がある。今もどこかであなたたちと同じ目に遭っている子がいるかもしれないわ」
どこかで自分たちと同じ目に遭っている子が・・・・。
――確かに、それもないとは言い切れない。何せ自分が体験してしまったのだから。
「ここでもまた、新しい話が生まれるかもしれない。今は私だけになってしまったけれど」
そう言って、胡桃は淋しそうに目を伏せた。秋はそんな胡桃の表情を見て胸が痛む。
秋は胡桃に尋ねた。
「・・・・あのさ、これからもここに本を読みに来てもいいかな?」
その言葉に、胡桃はきょとんとした表情で秋を見つめる。
「ここで、あんな目に遭ったのに?」
「うん。でも、胡桃に会いたいし。山中先生に頼めば何とかなるよ。閉じ込められなければ・・・・大丈夫。おすすめの本、教えてよ」
「――もちろんよ」
胡桃は満面の笑顔で頷いた。
「しかし、貴方も罪な男ね。これから先、大きくなったらどうなるのやら」
そう言うと胡桃は、いたずらっぽく笑った。
夏休み
花は太陽にぎらぎらと照らされた、焼けつくような道を自転車で走っている。まだ寝不足気味なので、自転車のペダルがいつもより重く感じられた。
あの奇妙で恐ろしかったけれど、どこか不思議で懐かしい体験から一日。あのあとこっそり家に帰ってから昼まで、花は泥のように眠った。
あれはたった一日のことだったけれど、それでも花は自分が少し大人になったような、そんな気がした。
これから花は、秋たちと合流し、その不思議な体験を語りつくす予定だ。
しかし、その前に寄るところがあった。
真っ青な空には相変わらず巨大な入道雲が浮かんでいる。川の流れる音と、山の木々が風で揺れる音が、花の耳をくすぐった。
その祠は、小さな滝の前に祀られていた。そこはちょうど木陰に隠れていることと、滝の効果もあって、とても涼しかった。
「――あれ?」
汗まみれの花は、祠の前のベンチに誰かが座っていることに気づいた。
「桜子ちゃんだー」
花が声を掛けると、桜子は花の姿に気づき、そっと微笑みながら手を挙げて応えた。
「おはよー。桜子ちゃんもお参り?」
「ええ」
桜子は、相変わらず涼しい顔をして、汗一つかいていない。花は桜子の隣に座って、タオルで額の汗を拭いた。
「待ち合わせは、学校の校門前だよね」
「そうだよ。でも、わたしはその前にお参りしておこうと思って。まだ待ち合わせまで時間あるし」
「考えることは一緒だね。私は通り道だけど」
気持ちの良い風が花と桜子の頬を撫でる。
二人はしばらく、風と、自然が奏でる音に身をあずけた。
「花ちゃんは――」
桜子が口を開いた。
「なに?」
「――花ちゃんは、秋くんのことが好きだよね?」
予想もしていなかった質問に花は驚いた。まさか、あの桜子ちゃんからこんな話が飛び出すなんて。
「え、いや、まあ・・・・」
花はしどろもどろになって答える。
「ふふ。急にこんなこと聞いちゃって、驚いたでしょう」
桜子は可笑しそうに小さく笑った。
「・・・・実は、私も秋くんのことが好きなんだ」
桜子はきっぱりと告げた。それは今までの桜子からは想像できない、はっきりとした意思表示だった。
花は静かに、大きく息を吸い込んだ。緑の香りが胸いっぱいに広がり、そのおかげですっかりと落ち着くことができた。
「――うん。知ってたよ」
花は桜子の目をしっかりと見て応えた。
「これからは私たち、ライバルだね」
桜子が嬉しそうに宣言した。
わたしが、桜子ちゃんのライバルかあ。何だか釣り合わない気もするけど・・・・。
「でも、その前に友達だから」
花も負けじと宣言する。
「じゃあ、恨みっこなしね」
「もちろん」
花は胸を張って応えた。
「でも、花ちゃんは転校しちゃうから、私が少し有利かなあ」
桜子はからかうように言った。こんな桜子の姿は初めて見る。
「もう!そんなこと言わないでよお!いじわる」
花が急に弱気になって嘆くと、桜子は楽しそうに笑った。お互いの距離がぐっと近くになったのを、花も桜子も感じていた。
――なんだか、これでわたし達、本当の友達になれたみたい。
「ところで、桃子ちゃんは?」
「もうすぐ来るはず――あ、来た」
道の向こうからげんなりした様子の桃子がのろのろと歩いてきた。あの様子だと恐らく、寝不足と暑さにやられたのだろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
花と桜子が立ち上がる。
「んん?あれって・・・・」
桃子とは逆の、学校のある方向から、秋と直と巴が自転車に乗ってこちらに来るのが見えた。何を話しているのか、三人とも大笑いしている。
「みんな、考えることは一緒だね」
桜子がそう言って、微笑む。
花は転校のこと、秋のこと、新しい環境での生活のことは後で考えることにした。
せっかくの夏休みだもん。何も考えずに楽しまなきゃね。
花は秋たちに大きな声で呼びかける。
秋たちもそれで花たちに気づき、大きく手を振った。
――これから、夏が始まる。
終わり
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