第13話 部活動~PK
スポーツガイズ
秋たちが体育館から出ると、外はすっかり暗くなっていた。しかし、遠くの空にはまだ微かに黄昏色が残っている。この夕と夜の不思議な境界にいることが妙に落ち着かない。
「校長室は職員室のとこだったよね」
秋は隣にいる花に尋ねる。
「…うん」
花は元気少なく答えた。先程から花は秋の隣にぴったりとくっついているのだが、何も話そうとしない。
後ろでは直が一人で桜子と茜を相手にベラベラと喋り続けている。
「なんだか、元気ないね?大丈夫だよ、脱出方法も教えてもらったんだし」
「・・・・うん」
「そういえば、またノート買いにいかないとね。今日で使い切っちゃったし」
「・・・・そうだね」
「どうしたの?」
秋は心配になって尋ねる。みんなと話しているときは普通だったのに、二人きりの会話になってからは急に様子がおかしくなった。
「ん、いや、えっとね・・・・」
花は口ごもる。今なら秋に黙っていたことを言える。でも、せっかくならもっと落ち着いた雰囲気で話したい。
とは言っても、落ち着いた場なら今度は「もっと気楽な雰囲気で」と思うだろう。結局のところ、話す勇気がないのだ。
それに桜子と仲良くしているところを見ちゃった後だし。しゅうちゃんと桜子ちゃんは二人きりで何してたんだろう。
どうせだったら、わたしがしゅうちゃんと一緒にいたかったなあ。
桜子ちゃんが――、
「――うらやましい」
「え、なにが?」
秋の言葉に花は我に返った。思っていたことが口からぽろりと出てしまった。
「いや、なんでもないよ」
花は慌ててごまかした。
「変なの」と秋は不思議そうな顔をして花を見つめる。そんな秋の純粋な目を見ていると、花はなぜだか無性に腹が立った。
わたしがこんなに悩んでいるのに、気楽なもんだよ。
「――そういえば、秋」
直が先を歩く秋を呼び止めた。茜と桜子は二人でこそこそと喋りながら静かに笑っている。きっと茜が直のことについて話しているのだろう。どうやらこの二人は打ち解けたようだ。
「なに?」
「ちょっとお前らが言ってた校門を見ておきてぇんだけど」
「はあ?何でわざわざ」
茜が呆れた声を上げた。そして、人差し指を自分の頭にもっていき、くるくると回す。それを見た桜子が困ったように笑った。
「あれだよ、あれ。百聞は百見にしかずってやつ」
「それじゃあ普通でしょ。あんた何?バカなの?」
「そうだよ。バカだよ。文句あんのかバカ野郎」
「でしょうね」
二人が軽口の応酬をしていると、突然「おっおっ」という掛け声が秋たちのすぐ後ろから聞こえてきた。
振り向くと、ユニフォームを着た首のないサッカー部の集団が、いつのまにか秋たちの周りを取り囲んでいた。
「何だよこいつら!急に出てきやがって・・・・おえっ」
直は面食らって叫ぶと、そのグロテスクな格好を見て嗚咽を漏らした。
「うす。静かに近づいたっす。あんたら、隙だらけだったっす」
首無しサッカー部員ははきはきとした大声で話しかけてきた。
「どど、どこで声出してるの…?」
花が震えた声で場違いな質問を投げかける。桜子はすでに腰が抜けて立ってはいなかった。
「自分たちはあなたたちの心に語りかけているっす」
サッカー部のキャプテンらしきその子は仰々しく手を胸に当てて答えた。
「うおえ・・・気持ちわりい!」
直の表情が思いきり歪む。
「それより、うちの監督とバスケ部の監督が呼んでるっす。これから君たちには、自分たちがやるゲームに付き合って欲しいっす」
「こ、断ったら…?」
秋が控えめに聞いた。
「うす。残念ながらこれは強制っす。あしからず」
そう言うと部員たちが秋たちを一斉に担ぎ始めた。秋や直は必死に抵抗したが多勢に無勢、簡単に胴上げスタイルにされてしまった。
その中でも、桜子と花には特に部員が集まっていた。
「ああ、女の子って柔らかいっす。いい匂いがするっす」
「ちょ、ちょっと!変なところさわらないでください!あ、そこだめ!」
花が叫んだ。
桜子はというと、人形のように無言のまま固まって動かない。ただ為すがままにされている。
花の桃色の声に、秋と直が素早く反応した。
「おい!てめえらだけ触ってんじゃねえよ!ふざけんな!俺も・・・・」
狙ったわけでもないのに二人の声が合わさった。「二人ともへんたい!」と言う花の罵声が響く。桜子は無反応だ。
部員たちは「わっせ、わっせ」と掛け声を上げながら、おもむろに巴と茜を校門の外へ投げ込んだ。
「え、うそ・・・・」花が呟く。突然のことに秋は言葉を失った。
まさか、まさか・・・・。
「ちょ、ちょっと待て!ストップ!」
直が叫んだ。
「らっせい!」
もちろん直の言葉は部員たちに届くことはなく、まるで荷物のような乱暴な扱いで巨大な穴に投げ落とされた。
直の断末魔の叫びが響いたが、すぐにその声は遠くかすれて聞こえなくなった。
「次はかわいい君たちっす」
そう言われた花と桜子は、文字通り花を扱うかのごとく、優しく投げられた。
花は、「きゃあああ!」と叫びながら落ちていったが、桜子は最後まで無言のまま、静かに投げられていった。もしかしたら目を開けたまま気絶していたのかもしれない。
「ほい、最後はあんたっす。あんた、いい首してるっすね」
そう言って部員たちは秋をぽいっと投げ捨てるように門の外に放り出した。
秋は叫びながら深く暗い、巨大な穴の奥底に落ちていく。
そして、自分の意識がすーっと遠のいていくのを感じた。
桜子
――暗い空間に私はいた。今まで私には欲しいと思ったものがない。いや、あるにはあったが、どうしても、と思えるほど欲しいものがなかったのだ。だから、私はいつも相手に先を譲ってしまう。
暗い空間にかわいい消しゴムが出てきた。ピンクやオレンジのハートやお菓子のイラストでかわいくデコレーションされたうさぎの消しゴム。私はそれに見覚えがあった。
これは、小学生の頃に親戚のおじさんがおみやげに持ってきてくれたものだ。私は、その消しゴムが欲しかった。だけど、それ以上に妹の桃子がその消しゴムを欲しがっていた。
だから、私はそれを妹に譲り、代わりにありふれたデザインのキャラクターの消しゴムをもらった。でも、それでも良かったのだ。妹が喜んでいたから。妹と喧嘩にならずに済んだのだから。
次に、素敵なデザインのワンピースが出てきた。家族で買い物に行った時に、洋服屋で見つけたものだ。妹は上手にねだって、スカートを買ってもらっていた。でも、私にはそれができなかった。一言、欲しいといえば買ってもらえたはずなのに。
さっきまで暗かった空間には、いつのまにかたくさんのものが溢れている。
大きなクマのぬいぐるみや、和風のクシ、ヘアゴム。小物入れ。あの時食べられなかったケーキ。お菓子。お祭りの出店で売っていた甘い味のする笛。最後に一つだけ残ったリンゴ。
それは今まで私がねだらなかったり、譲ってきたりしたものだった。しかし、私はそれでも良かったのだ。それで世界は上手くまわっていたのだから。
――でも、本当にそれで良かったのかな。
私は現実感のない空間で、自分の頬を撫でた。
そうだ。私だってそれらが欲しかったのだ。でも、自分で勝手にあきらめてしまっていた。あの時、ああしていれば。こうしていれば。後悔が溢れる。
ふいに、あの人の姿が現れた。私がずっと好きな人。妹も、そして私の大事な友達も好きな人。そしてその中で、やはり私は、一歩引いてしまっている。
怖い体験の連続だけれど、私はあの人と一緒にいれるのが嬉しかった。
――お姉ちゃんも、少しはわがままにならないと。
面倒くさがりやな妹の言葉が、頭に響く。
まだ、間に合うだろうか?
私は自分に問いかける。そしてやっと、自分の気持ちがすとんと落ちるのを感じた。
この人だけは誰にも譲りたくない。たとえ結果がどうであっても、自分からは諦めたくない。
私は自分に宣言する。
――うん、まだ間に合う。
P・K
桜子はゆっくりと目を開けた。すると目の前には、心配そうに桜子の顔を覗き込む直と茜の姿があった。
「大丈夫かよ、センパイ?」
信じられないことに、桜子にそう問いかけた直の吐息が白い。
「ええ、何とか」
桜子がそう答えた時、自分の口から出る息も白くなっていることに気づく。真夏だというのに寒くて舌が上手くまわらなかった。
桜子はぼんやりとする頭に戸惑いながら何とか起き上がろうとする。体中がひどくだるい。私は、どうしたのだろうか。
「私は・・・・」
桜子がそう言いかけると、直が寒さで震えながら状況を説明する。
「俺たちはグロ部員たちにでっかい穴に落とされたんだよ。で、意識がぶっ飛んで・・・・気がついたらここに倒れてたってわけ」
「ここは・・・・どこですか?」
「グラウンドだよ」
茜が答えた。
辺りを見回すと、桜子たちはなぜか真っ暗なグラウンドの真ん中にいた。しんとした校庭は真夏にも関わらず異常に冷えている。広いグラウンドは不気味な闇に包まれ、より一層の恐怖感を煽った。
「秋くんと花ちゃん、それに巴くんがいないですね」
そう話した桜子は、次第に自分の頭の中がはっきりしていくのを感じた。
「俺たちが起きた時にはいなかったぜ。きっと違うところに飛ばされたんだよ」
「・・・・正直、死ぬかと思いました」
桜子が改めて感想を漏らした。
「そりゃあ、あんなとこに落とされたらな」
直も同意した。暗いのでよくわからないが、その顔は青白い。寒さもあるが、未だ あのショックから立ち直れないのだろう。それは桜子も同じだった。
「それよか、早く移動しようぜ。ここにいたらアイスキャンディーになっちまう」
直が急かすように言った。どうやら桜子が目覚めるまで恐怖に耐えながら待っていてくれたようだ。
「そうですね。遠藤君、ありがとう。ごめんなさい」
桜子がお礼を言うと、直は顔を背けて、「だって、凍ったセンパイなんて見てらんねえだろ」とぶっきらぼうに返した。
「あんたも、門の外が見られてよかったじゃない。見たい見たいってアホみたいに言ってたもんね」
茜が寒がる様子もなく直を皮肉った。
「まあな。でも、さすがに落ちたいとは思ってなかったぜ」
――突然、笛の音がグラウンドに鳴り響いた。桜子たちは驚いて耳を塞ぐ。
「しゅーごおおおおっ」
そう叫んだのは先生らしいやけに青白い顔の男だった。気づくと周りには首のないサッカー部員が集まっている。
「うすっ!」
部員が号令に応える形で整列する。
「うわあ・・・・またかよ」
直がげんなりするように毒づいた。
「えー。どうもお、こんばんは。私があ、サッカー部顧問のお、轟(とどろき)でえすっ」
轟と名乗った先生は、変な語尾の伸ばし方で自己紹介をした。
「えー。今から君たちにい、ちょっとしたゲームをしてもらいまあすっ」
「ゲーム・・・?」
「はぁい。それはPKでえすっ」
轟が指差した先を見ると、そこにはゴールポストがあった。更にそこには手袋をした首のないゴールキーパーが肩のストレッチをしている。
「はいはあい!」
轟は手をぱんぱんと打ち鳴らすと、説明を始めた。
「ルールは簡単。君たちがぁ、一人一回づつシュートを打ち、一人でもぉ、ゴールを決めることができたらぁ、君たちの勝ちでぇすっ。その時は見逃してあげまぁすっ」
轟は咳払いをして続ける。
「しかしぃ、もし君たちが負けたらぁ、君たちの首をもらいまぁすっ」
はあ?と直が素っ頓狂な声を上げた。
「何だよそれ!それじゃあ、あまりにもあまりにもだろうが!ペナルティが重いんだよ!ゲームの意味わかってんのか!」
なあ、センパイ?と直は隣にいる桜子に声を掛けたが、桜子はショックで無言のまま固まっている。首無し部員はやはり刺激が強すぎたようで、もはや意識がこっちにあるのかも怪しい。
「要はぁ、勝てばいいんです勝てばぁっ」
それに合わせるように部員たちが体全体で頷いた。頷くことでその首の断面がはっきりと見て取れた。
どうやらやるしかないと悟った直は、思い切り舌打ちをして地面に唾を吐いた。
「勝ちゃあいんだな。やってやんよ。ただ、一つだけ納得できねえのが、何でてめえだけ首があるんだよ!」
「それは、俺が先生だからでぇすっ。ちなみにキーパーも先生がやりまぁすっ」
「理由になってねえよ!じゃああのキーパーの意味ねえじゃねえか!」
直はゴールポストでストレッチをしているキーパーを指差して叫んだ。
「あ。足、腕、首のストレッチはしておけよぉ。ま、こいつらには首がないけどな。その分、ストレッチは君たちより楽でお得だよなあっ」
首のない部員たちからどっ、と笑いが起きた。しかし、キャプテンと轟以外の部員は声を出せないようだ。無音でも場が沸くのがわかるということが、とても滑稽に感じられた。
「・・・ボールはどこだよ?」
直はそれに一切笑うことなく話を進める。
「あ、ボールはこれだぁっ」
そう言うと轟は自分の首をゴキゴキと鳴らし始めた。すると次第にブチブチと音を立てながら皮膚がちぎれ、轟の頭が自分の首から離れていく。不思議なことに血は出ていない。
そしてずるりと轟の頭が取れた。轟はそれを自分のお腹の前に持ち直す。
「先生の頭だからといって遠慮なんかせず、思い切り蹴ってくれぇ。もちろん蹴られたら痛いが、大丈夫だぁ。先生・・・・マゾだからっ」
自分の腕に収まった、轟の顔がにやりと笑って言った。部員たちは、顧問の言葉に腹を抱えて笑っている。
「うるせえ!大体サッカー部の奴らは髪の毛をいじり倒すのが生きがいだろうが。バカみたいにベタベタと頭にワックス塗りやがって。それなのに頭が無いってアホじゃねえのか!」
直が怒声をあげて一喝すると、部員たちは悲しそうに肩を落としてションボリとした。
「おいおい、うちの子たちをいじめないでくれよなぁっ」
轟が諭すように言った。
「夢なら醒めてくれ・・・・」
直は自分の頭を抱えてそう嘆いた。
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