第5話 探検~遭遇
探検
「――よーし、じゃあ捜索開始だな」
直が意気揚々と声を上げる。
秋と花もさっきまでとは違い、興奮気味に旧校舎の中を見回す。いつもの日常から、非日常へ入り込むというのは、秋たちを特別な気持ちにさせた。
山中先生たちとは玄関口ですぐに別れてしまったが、今も鉢合わせてないということは、きっと別方向にいったのだろう。
ということは、図書室はこっち側じゃないのか。
「わあ。こうやって見てみると、もったいないよねー」
花は目をきらきらさせて緑色の校内掲示板に手を添える。以前はここに給食表や、学校便り、保健便りなどが貼ってあったのだろう。
しかし、今は画鋲と日焼けの跡を残してあるだけで、何も貼られてはいない。
「ほんとだね。こっちを現校舎にすればよかったのに」
秋も同意する。
「こっちは木造だから耐震の問題とかあるんだろ。あと、小学生のやつらに合わせないといけないしな。ほら、階段の段差とか高いし」
直が階段に片足を載せて言った。
「・・・あんまりホコリ臭くないね」
花がくんくんと鼻を動かして言う。
「うん、ちょっと湿気っぽいけどね。あと涼しさが全然違う。ここ、めっちゃ涼しい」
秋たちは長く続く廊下を歩きながら、思い思いの感想をもらす。
歩いていく内に、中央玄関らしき広い所に着いた。そこには下駄箱がたくさん置かれており、玄関横には階段がある。
とりあえず秋たちはその階段を上がることにした。階段途中の壁には、何かが掛かっていたのか、長方形の日焼け跡がいくつも残っていた。
「校長の像があるとしたらどこだと思う?」
直は意味もなく天井を見上げながら聞く。
「体育館とかかな。今の体育館にも放送室に変な置物がいっぱいあるでしょ?」
花が足元を確認しながら応じる。
「その可能性はあるな。秋はどう思う?」
「俺は・・・校長室だと思うよ。王道だろ」
秋はそう答えながらも違うことを考えていた。
先ほどから、各教室のドアの上をチェックしているのだが、「職員室」とか、「一年三組」などの、クラス札と呼べるものが一つもかかっていない。それらを掛けるためのフックみたいなものはついているのだが、どうやら札は回収されてしまったらしい。
そうなると、目当ての部屋を探すには結構な労力を消費するだろう。
それともう一つ、根本的な問題がある。
「なあ、そもそも全部の扉に鍵かかってるんじゃないか?」
「あ・・・」
秋の言葉に直が立ち止まる。そして、目についた教室の扉を開けようとしたが、予想通り、扉はがちゃがちゃと音をたてて直の入室を拒んだ。
「おい、マジかよ」
直はがっかりするように溜め息をついて、扉を軽く蹴った。
「うーん、まさか最初でつまずくとは」
花はあんまり気にしてない様子で、のんびりと呟く。
「ま、でも何とかなるだろうけどね」
そう秋が言うと、げんなりとしていた直の顔に光が差した。
こいつ、本当に楽しみにしてたんだな。全く、大人っぽいのか子どもっぽいのかわからない奴だ。
秋はそんなことを思いながら苦笑する。
「どういうことだよ?」
「だって、先生と森下先輩は図書室に行くって言ってただろ?」
「あ、そっか」
花がぽんと手を打つ。直もその言葉だけで理解したようだ。
「なるほど。山中センセが鍵を持ってんのか」
「そゆこと」
秋は親指を立てる。
「お前、それなら早く言えよ。俺を一喜一憂させやがって」
直は秋の親指を握って上下に振った。秋がからかっていたことに気づいたようだ。
「じゃあ、まずは図書室探しからってわけだ」
「その前にさ、玄関から入った時にまずあるのって職員室じゃない?そこに鍵あるかもよ」
花がふと思いついたように発言した。
「でも、そもそも職員室に鍵がかかってるだろ」
「あ、そっか」
花は恥ずかしそうにぺろりと舌を出した。
「いや、もしかしたら開いてるかも」
「何でだよ?」
「山中先生はまずここの職員室の鍵を開けて、図書室の鍵を取ったのかもしれない。そしたら職員室の鍵は開いてるはず」
「あー。私達ってすぐに歩き出しちゃったから、先生達がどうしたかなんて見てないもんね」
「でも、それって旧職員室に各教室の鍵が回収されずに残されてるのが前提だけどね。それよりも先生は現校舎から旧図書室の鍵を持ってきてる可能性の方が高いもん」
「まあ、試してみる価値はあるな」
直は腕を組んで頷く。今から場所のわからない図書室を探すよりも、少し戻って職員室に行ったほうが楽だと思ったのだろう。
「じゃあ戻ろっか」
花が仕切り直すように明るく言った。
「――あ。開いてるぜ」
直が喜びの声を上げる。
「やった!」
花も小さく歓声を上げた。正直、秋はそれにはあまり期待していなかったので、思いがけない結果に少し驚いた。
職員室はがらんとしており、やけに広く感じられた。教員用の机や、ロッカー、戸棚などの備品はそのまま残っているが、引き出しの中身などは空っぽで、それがかえって淋しさを際立たせていた。
さきほど廊下を歩いていて、校舎内が広いと感じたのもそれが原因の一つにあったのかもしれない。何も余分なものがないのだ。ここには学校を学校たらしめている要素がごっそりと失われている。
「あったあった」
直が入ってすぐの壁に取り付けてある鍵置き場から、小さな鍵を二組取り外した。鍵にはプラスチックのプレートとスペアキーがくっついていて、その一つのプレートには「校長室」と書かれている。
秋はもう一つの鍵に目をやった。
「…美術室?」
「おう。そこにも俺たちの探しているものがあるかもしれない」
直はそういってにやりと笑った。
「ふーん。それじゃ、時間もないし行こっか」
花が職員室のドアにもたれながら言った。
「そうだね」
秋もそれに同意して、二人はさっさと歩き出そうとしたが、「ちょい待ち」と直が片手を挙げて二人を制した。
「なんだよ?さくさく行かないと、時間なくなるぜ?」
「そうそう、俺が言いたいのはそのことについてだ」
秋と花は首を傾げる。しかし直はそんな二人を意味深に見つめているだけだ。黙っているあたり、こちらの反応を待っているようだ。
「えーっと…どーゆーこと?」
花が空気を読んで尋ねた。こんなじれったいなあと思う場面でも、花の話し方は変わらずおっとりとしている。
「つまり、俺たちがこうやって一緒に探していても、効率がわりーんじゃねえか?」
秋は直が何を言いたいのかがわかった。
「・・・ふむ、つまり一人ずつ分かれて探そうということか?」
秋の言葉に花は「ええっ」と過敏に反応した。
「いやだよ。こわいよ。こんな誰もいない広い校舎を一人で歩くなんて」
改めて旧校舎のさみしさに気づいたのだろう。花は怖気づく。
「まだ明るいじゃん。大丈夫だって」
直はなだめるように両手を前に掲げた。
「いや、絶対にいや」
それでも花はその提案を拒否する。
「ぱぱっと目的だけ果たしてさ、後はみんなでのんびり探索しようぜ」
「いやったらいや。そしたらなおくんのこと、けーべつする」
花は全く譲ろうとしない。直も花から軽蔑されるとなっては強くは言えなくなってしまったようだ。
秋は溜め息をついた。ここは一肌脱ぐか。その方が自分にとっても助かるし。
「直、スペアキーちょうだい」
「え?」
「俺は一人でまわるよ。別に平気だから。校長室を見つけたら携帯に連絡すればいいんだろ?」
「マジかよ?いいの?」
直が遠慮がちに聞く。秋に気を遣わせているのが申し訳ないようだ。それとも花から拒絶されて結構へこんでいたのかもしれない。
「いいよ。その代わり、後でジュースおごれよ」
秋は直に気を遣わせないように軽い口調で言った。
「おう・・・。でも、それなら別に俺が一人でも・・・」
直がそう言いかけるのを、秋は途中で制した。
「直は今日のことすごい楽しみにしてたじゃん。それなのに、その言いだしっぺが一人で校舎をまわるなんてつまらないだろ?」
それに、一人の方が都合良いしね、という言葉を秋は飲み込んだ。
「えー。せっかくなんだから秋ちゃんも一緒にまわろうよ」
花が恨めしそうに呟いた。きっと自分のせいで秋が校舎を一人でまわることになったと思い、自責の念に駆られているのだろう。
「なに言ってるのさ。花が一人はやだーって鼻水たらして泣くから、こうして妥協案を出してやってるんだろ」
秋はあくまで厚意で言っている、ということを強調した。
「鼻水たらしてないし、泣いてないもん」
花はぶーぶーと文句を言う。
「そうだよね。花ちゃんはみんなを困らすようなわがままな子じゃないもんね」
「うあー」
秋がそう言うと、花はそう唸って黙り込んだ。どうやら一応は引き下がってくれそうだ。
「よし、じゃあここは秋にありがたく甘えようぜ。それっぽい部屋を見つけたら片っ端から鍵を差し込んでくれ。んで、見つけたら俺か田中のケータイに連絡な。30分探しても見つからなかった場合も連絡してくれ」
直は花の気が変わらないうちにと思ったのか、急いで説明する。そしてスペアキーをリング状の金具から外すと、秋に投げて渡した。
「おっけー」
秋はそれをキャッチし、軽く返事をして歩き出す。花が名残惜しそうにこちらを見ているのが背中越しにわかった。
――確かに、俺だって花と一緒にまわりたいさ。
秋は心の中で愚痴を言う。
でもとりあえず、まずは校長室をみつけないとな。あそこに行くついでに見つけられたらいいんだけど。
そんなことを考えながら秋は歩く。
――しかし、そんな秋の後ろを、何かがこっそりとついて来ていることに、当の本人はまだ気づいていなかった。
遭遇
「――あ」
秋は半開きになっていたドアを開ける。
「まさか、本当に見つかるとは」
思わず秋は呟いた。確かにここを見つけることが本来の目的であった。
それでも一応は校長室を探す名目で校内をうろついていたので、予想通りとはいえこうしてここにたどり着けたことに秋は少し驚いていた。
「・・・何がですか?」
きょとんとした顔を上げて桜子が尋ねる。ちょうど桜子は、やけに大きくてぶ厚い本のケースを外そうとしている最中だった。
「いや、ここも体育館に特別教室があるんだなあって」
秋はそう言いながら図書室のドアを閉めた。どこか湿ったような図書室独特の匂いが秋の心をくすぐる。穏やかで静かだけれど、どこか気持ちが高揚する図書室の雰囲気が、秋は大好きだった。
桜子は十人くらいなら余裕でノートを広げれそうな大きな円形の机に、様々な本を高く積んでいた。そしてその横には、桜子が既に選別したのであろう数冊の本が綺麗に重ねられている。
そんなところでぽつんと座っている桜子は、まるで図書室にいる妖精のように見えた。
「あれ?先生は?」
秋は貸し出しカウンターを指でなぞりながら聞く。不思議とほこりはつかなかった。
「少し前にお昼ごはんを食べに行くって出て行きましたよ」
「自由な人だなあ」
「確か秋くん達は、校長室を探しているんじゃないんですか?」
桜子はそう言って自分の隣の椅子を引いた。ここに座ってもいいという合図だろう。
秋はそんな桜子の心遣いに甘えて座らせてもらうことにする。
「うーん、そうなんだけど、探してる途中でたまたまここを見つけちゃって」
秋はする気のない言い訳をする。
「たまたま、この体育館に?」
「そう、たまたま」
「さすがに校長室は体育館にはないと思いますけど」
桜子がいたずらっぽく笑う。
「まあね」
秋は苦笑する。
「ということは、校長室はまだ見つかってないんですか?」
桜子は本に目を落として話を続ける。
「うーん、多分そうだと思う。もし見つかったなら直から連絡くるだろうし」
秋は積んである本を手にとって答える。桜子が選んだ本はファンタジー、童話、ノンフィクション、児童書、ホラーなど、様々なジャンルがあるが、その中でも哲学書が多いのは、単純に桜子の好みだろう。
「中学校の図書館に、こんなに大人向けの本がたくさんあるなんて思わなかったなあ」
秋は持っている本を置き、しげしげと本棚を見回した。
「色々なところから寄贈されていたらしいですよ。ほら、私達が小学生のときに図書館があったでしょう?」
「あー。覚えてるよ。小さかったけど、児童書がたくさんあったからよく通ってた。夏は冷房が効いてたから地元の人がよく集まってたよね」
「そこが閉館してしまったときに、状態の良い本は保管目的でここに移されたそうです。値打ちのある本は残念ながら売られてしまったそうですけど」
「そうなんだ。桜ちゃん、その本読みたかったでしょ?」
「ええ、まあ」
桜子は恥ずかしそうに微笑んだ。
森下姉妹はそろって本が好きなのは周知の事実だ。とはいっても桃子はインドア派ながらも多趣味で、読書以外にも色々なことをしている。
しかし桜子は、完全な本の虫で、いつも暇さえあれば本を読んでいる。
前に、秋が森下家に遊びに行ったときに、桜子が「新しい本を買った」といって高校で使う日本史の教科書を見せてくれたことがあった。
あのときはさすがの桃子も、「あれには、ついていけないわ」とぼやいていたっけ。
「秋くんも気に入ったのがあれば、先生が来るまでに選んでおいた方がいいですよ」
「うん、そうしようかな。桃子にも教えてあげたいし」
秋は立ち上がり、本棚を物色し始める。図書室にある本は、破れていたり日焼けしていたりしているものから、新品みたいな状態のものまで様々だった。
しかし、秋は小さい頃に愛読していた児童書を見つけ、足を止めた。
とりあえず、一冊。
そう呟いて、秋はその本を脇に抱える。
次に、これもまた小学生のときに読んでいた「噂の学校の怪談シリーズ」なるものを見つけ、その内の一冊を取り出した。そして目次に目を通した後、いまいちと思いそれを本棚に戻す。
それから少しの間、秋はその作業に没頭した。そうしながらも、覚えている話や面白そうな話が載っている巻だけよけていく。
これで、四冊。
秋がそんなことを言いながら本を選んでいると、桜子がふふ、と微かに笑い声を漏らした。
「え?何?」
秋が振り向いて聞く。
「いえ、秋くんがまるで図書室の女の子みたいなことを言うから」
「え、そうなの?」
「はい。誰もいないはずの図書室で、女の子がそんなことを言いながら本を何十冊も選んでいるそうです」
「へえ。そうだったんだ」
秋は興味深く相づちを打つ。
「でも、それだけじゃ怖くないね」
秋がそう言うと、桜子はまた微笑む。
「確かにここまでは怖くないですね。でも、この話には続きがあるんですよ」
「続き?」
すると、桜子は真面目な顔をして秋の方に体を向けた。思わず秋も身構える。
「もしその途中で女の子の邪魔をしてしまったら――」
「…してしまったら?」
秋はこくりと喉を鳴らして聞く。
「――その女の子に、とっても怒られてしまうそうですよ」
「…それだけ?」
「はい」
そう言うと桜子はまた机に向き直り、本を読み始めた。秋はぽかんとしてそんな桜子を見つめる。すると、桜子が笑いを堪えるように下唇を噛んでいることに気づいた。
「…もしかして、俺のことからかった?」
「いえ、実際に伝わっている話ですよ」
桜子は真面目に返しながらも、ついには堪えきれずに吹き出した。しかし、それは まるで、たんぽぽの綿毛を飛ばすかのような程度のささやかな笑い声だった。
「あー!やっぱり」
秋は非難するように言うが、思わず一緒に笑ってしまう。
思えば、桜子はみんなが見とれてしまうほど美しい容姿に、優しくて穏やかな性格の持ち主だ。そしてそこに今みたいな茶目っ気も加わったら、まさに鬼に金棒だろう。向かうところ敵なし。
――この人に言いよられたら、落ちない男はいないだろうな。
そんなことを秋は考える。
「そういえば秋くん、今日うちへ遊びに来るんですよね?」
桜子はこほんと咳払いをし、気を取り直して聞いた。
「うん、そのつもり。たまには桜ちゃんも俺たちと一緒に映画とか見ようよ」
「そうしたいけど、桃子が怒るから」
桜子は読んでいた本を選別した本の上に重ね、積んである本を一冊とってぱらぱらとめくる。秋は変に意識してしまう気がして、何となくそれ以上は聞かないことにした。
「えーっと。あ、桃子は最近どう?あのことについてだけど」
秋は話題を少し変える。
「大丈夫みたい。あの子、最近は調子が良いから。きっと秋くんのおかげですね」
「そんなことないよ」
「あの子、秋くんと遊ぶようになってから本当に明るくなったの。父と母も喜んでます。秋くんのおかげだって」
「いや、そんな・・・・」
秋は照れくさそうに頭を掻いた。そしてその後に髪の毛を整える。
「秋くんなら桃子の彼氏になっても文句はないって。秋くん、うちの家族のお気に入りだから」
「それは、光栄ですなあ」
「でも、あの子もそろそろ夏の疲れが出てくる頃かもしれないから、気をつけないといけないかも」
そう言うと桜子は読んでいた本をぱたんと閉じ、目頭を押さえる仕草をした。そしてふっと小さく溜め息をつくと、少し緊張した表情で秋の方を向いた。
「ねえ、秋くんは――」
桜子が言いかけると、突然、机に置いてあった秋のカバンの中から連続した振動音が響いた。携帯電話をカバンの底に入れてあった為、その振動が机を直に伝わり意外なほど大きな音を出した。
「あ、直からかな」
秋はカバンをまさぐりながら、ちらりと図書室の時計を確認する。しかし電池が切れているのか、秒針と長針、短針が止まっていた。
――なんか、気味の悪い時間で止まってるな。
そう思いながら、秋は携帯電話の通話ボタンを押した。
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