ガチャの話

 ガチャガチャを回している少年が目に入った。

 ガシャポンとも、ガチャとも呼ばれるそれは数百円入れてレバーを回すとカプセルトイが手に入る小型自動販売機の一種だ。


 少年は透明のプラスチックの丸い玉を器用に開けて中のオモチャを眺めている。


 人生もこのガチャと同じだ。

 最近、若者の間で〇〇ガチャなる言葉が新しく生まれた。それは、自分の努力ではどうしようもない事に対する言葉で、産みの親だとか、学校のクラス、クラスメイト、担任の先生、など半ば強制的に割り当てられるものに〇〇ガチャという言葉は使われ、親ガチャ、担任ガチャ、クラス分けガチャなどと言われた。


 私はこの春大学を卒業し、兼ねてより勤めたかった企業で仕事をすることになった。


 同期と共に研修を受けていたときだ。

「研修が終わったらさ、配属先決まるじゃん?私地元から離れたくないんだよね。はぁ……配属ガチャどうなるんだろ?」と、仲の良い同期が言った。


 それを聞いた別の同期も「配属もだけど、上司も気になるよね。上司ガチャも良くないと……不安だよね」


 私はそれを聞いて、世の中には沢山のガチャがあるのだなと、関心してしまう。


 私は運良く第一希望の地域だった。


 隣にいる同期はどうやら希望通りに行かなかった様で、落胆の表情を浮かべ「配属ガチャ失敗だ」と、嘆いていた。


 その同期が仕事を辞めたのは配属されてからすぐの事だった。どうやら、慣れない環境に適応出来なかったようだ。


それから少しして別の同期も仕事を辞めた。理由は上司との関係が上手く築けなかったそうだ。彼曰く「上司ガチャ失敗だ」とのことだった。


 私は……、というと正直なところ、順風満帆に進んでいるとは言えず、仕事を何度も辞めたいと考える機会があった。けれど、ずっと働きたいと思っていた会社で仕事が出来ている事と、数年働いて、やり甲斐も少しずつ感じてきていた。上司や先輩にも恵まれたのだろう。失敗しても責められる事はなく、なぜ失敗したのかをアドバイスしてもらったり、失敗を恐れず挑戦を幾度となくさせてもらい、それなりに仕事をこなす事ができるようになっていた。


 辞めた同期の言葉を借りるならガチャで当たりを引いたのだろう。が、私は思う。環境が良かろうが悪かろうが、そこで太刀振る舞うのは自分自身なのだ。いくらでも環境や、人のせいにする事はできる。しかし、それは学生までの話だ。ガチャガチャを回して一喜一憂するのは子供までなのだ。

 社会に出たら理不尽の連続だ。持っている手札でその場を乗り切らなければいけない。

 仮に手札が役不足だったとしても、だ。ズルやイカサマをしてでも、それがズルに見えないようにこなすのだ。

 人によっては辛い思いをする必要はないと言う者もいるだろうが、少なくとも社会人を数年経験した私は、それが大人になる事なのだと自分に言い聞かせ理不尽を受け入れ、最近ではそれを楽しんでいる節がある。きっとこれをやり甲斐なんて呼ぶのだろう。


 そして、後輩社員が配属された。


「ウッス、よろしくお願いしまーーす」

 私は愕然とした。目の前の後輩社員は、言葉遣いが社会人のそれではなく、風貌もあまりよろしくなかった。よくウチの面接を通ったものだとある種の関心を覚えてしまう。


「えっと、私が貴方の教育係となりました。よろしくお願いします」私は彼の教育係を任されていた。


 まずは、言葉遣いから。上司からも社外で活躍してもらう人材を育成してほしいと指示され、外に出しても恥ずかしくない社員にする為、取り急ぎ社会人マナーから指導する事にした。


「あ、俺、そういうの大丈夫なんで、それよりもっとちゃんとした仕事教えてもらえます?」

 

「え……」

 空いた口が塞がらなかった。


「えっと、まずは正しい言葉遣いが出来ないと仕事事態できないのよ?」


「いや、俺コミュニケーション得意な方なんで、簡単に案件とか取れると思うんすよ」


 コミュニケーションが得意……それは彼の狭いコミュニティーでの話だろう。少なくとも私は彼と話していて気分がいい訳ではなかった。


「今後の貴方の為を思って言ってるのだけど」


「俺、そういう説教じみたの嫌いなんすよね」


 その日の仕事終わり彼のスマホには、先輩ガチャハズレだった。と、書いてあった。

 私はまたガチャかと、うんざりする。


 私はその日の出来事を上司へ報告した。


「あぁ、今年の部下ガチャハズレかな」

 上司は言った。

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