第13話 個人授業


『お花の個人授業をお願い致します。別荘を用意しますので一人でお越しください』



 ドラちゃんと書かれた箇所に斜線が引かれていた。


「それにしてもスミスがお花とは似合わな過ぎます。ぷぷぷ、この人全然笑わないし、想像できないです」


 ドラ猫が俺を茶化す。主従の関係はどこへいった。


「そんなこと言っていいのか。お前に花はやらないぞ」


「えっ!?」


 ドラ猫の顔が面白いようにひきつる。


「俺は令嬢に花を贈りづける。お前はそこら辺の草でも食ってろ」


「嘘です! わたしもお花欲しいです。良い子になるからください!」


 虎に翼はわかるが、花は似合うのか。今はお預けだ。


 別荘にでかける当日の朝、宿の廊下に忍がいた。


「丁度よかった。これから令嬢と会ってくる」


 忍が記録水晶を投げてきた。これが調査結果らしい。


「危険は覚悟の上か。スミス」


「誰かがけじめをつけないといけないだろ」


 これでリスクを最小化できる。後は俺が腹を決めるだけだ。


「お待ちしておりました、スミスさん。では参りましょうか」


 岬で待ち合わせた令嬢は日傘を差し、俺を先導する。


 干潮の間だけ繋がる道を通り、小島の別荘に向かう。ここ連日の天気の荒れが嘘のような晴れ間だ。


「使用人もいませんの。私たち二人きりですわ」


 令嬢は後ろを振り返らず、物騒なことを伝える。


 小島には雑木林と岬、二階建ての別荘があった。木にハンモックがぶらさがっている。


 一階の応接間はロイ氏の趣味の品で溢れている。魚拓や剥製、酒の瓶の入った棚が置かれていた。部屋には切り揃えられた花が準備されている。


 お昼には令嬢お手製トマト入り海鮮パスタを食べ、花の稽古をした。


「ドラちゃん、連れてこなかったんですね」


「連れてきて欲しくなさそうだったから」


「そんなことないですよ。一緒にお花の生徒さんになれたのに、残念ですわ」


 令嬢は握っていた花の茎をへし折った。血のように赤い花だ。力を入れすぎたのだろう。花はかように脆い。


 俺が教えることなどたかが知れている。色の対比のバランスとか器の相性とか、そんな簡単なことに令嬢は目を輝かせる。


「お夕飯も食べていってくださいね。私が作ります」


 令嬢は可愛いエプロンをつけて料理を作る。小さな手で大胆な包丁さばきだ。骨ごと魚を断っている。


「手が込んでますね。美味しそうだ」


「簡単なシチューですの。タコにウニに鮫に、後は色々です」


 色々か。どんなゲテモノでも令嬢なら調理できるだろう。シチューはドロドロに煮込まれ、何が入っているかわからない。口当たりさっぱりとしてコクがある。


「どうしましょう。スミスさんといる時間が楽しすぎて潮が満ちてしまいました。明日になるまで帰れません」


 夕食を食べ終わると陸への道は閉ざされた。黒い波が岩礁に打ち上がる。


「いやあ、ロイ氏に怒られてしまうな」


「一緒に怒られてくださいね。ふふっ……」


 令嬢にお酒をついでもらい、俺は上機嫌だった。ベッドに入るまでは。


 二階の海に面した客室にはベッドと机。波の音がざわめきのように部屋を満たす。


「……、スミスさん」


 令嬢が扉の外にいる。深夜だ。男の部屋に来る時間ではない。


「風がうるさくて……、こちらの部屋で休みたいのです」


 扉が開く音がしなかった。令嬢が静かに俺のベッドの脇に立っている。


「寒いのでベッドよろしいかしら」


 胸の大きく開いたキャミソールだからさもありなん。俺は少し端に寄った。令嬢の体温、匂いがベッドに滑り込む。熱い吐息が肩にかかる。


「何も言わず、私と朝を迎えてくださいますか?」


 令嬢が俺に覆い被さった。密着して手を重ね、無言で唇を合わせる。令嬢の唇が名残惜しそうに離れた。互いの口に銀橋がかかる。


「これが私の初めて。そして、あなたにとって最後の口づけですわ」


 体が痺れて動けない。令嬢がのしかかってきても、跳ねのけられなかった。


「お、前……、魔物、だな」


 令嬢の顔の周りに半透明のキノコに似た物質が何体も漂っている。触手とハートマークの刻印が透けて見えた。


「はい。女王個体、恋海月こいくらげと申します」


 

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