第12話 魅力
忍の調査が終わるまで規則正しい生活を送る。
早朝から働きに出て、午後は図書館で資料を漁った。図書館にはフェイリスも連れていく。
この地域の歴史を調べたが、飽きっぽい猫に邪魔されてなかなか進まない。
「絵本を読んでください」
字が読めないようだ。フェイリスは人魚が人間になる話がお気に入りで、何度もせがんできた。
「ありきたりなハッピーエンドじゃないか。何が楽しいんだよ」
「頑張って読んでくれるスミスの声とか顔が好きなんです。飽きないです」
人魚は王子様と結ばれて幸せに暮らしましたとさ。最後まで読む前にフェイリスは眠ってしまう。
俺は絵本の内容を改竄して伝えている。本当は魔法で人間になった人魚は、禁忌を破って泡になって消えるんだ。
つまんねえからこいつには聞かせない。
フェイリスが寝ている間に資料を調べる。百年前この付近は魔の海域と呼ばれていた。大量の行方不明者も出ている。疑念が確信に変わっていく。
穏やかだった海も別の顔を見せる。荒れた海に作業員が飲み込まれた。
「おい、誰か、英雄になる奴はいないか!」
俺は仕方なく名乗り出る。
「自分、潜水の世界記録保持者です。監督」
「ようし、新入り。助けたらボーナスだ。行ってこい」
「イエッサー!」
俺は鈍色の海に飛び込んだ。波は高くうねり、海底にあらゆるものを引きずり込む。
視界がぎりぎり届く地点でけむくじゃらの腕を捕らえた。
作業員に命の別状はなかった。彼は海中から歌が聞こえたと証言した。それ以外にも船が事故を起こしたり、異変は絶えなかった。
作業員を助けた俺は仕事を早めに切り上げた。海辺に近い公園で体を休める。
「さみい……」
身を切るような風に、寒気を覚える。遠くの海は暗い雲に覆われ、不穏な空気が漂う。
「スミスさん!」
令嬢が血相を変え、俺のベンチに駆け寄る。タオルと水筒を持っていた。
「港湾事務所に行ったら海に飛び込んだって聞いて。大丈夫なんですの!」
「大したことないですよ。お金もらえるんで仕方なくやっただけです」
「嘘」
令嬢が隣に座り、俺の体をタオルでくるんでくれた。
「私の知るスミスさんは真っ先に誰かを助ける方です。お金なんて本当は関係ないのでしょう?」
お金が欲しいのは本当だ。なんなら令嬢の父親の養子になって楽をしたい。あの自伝の出版に噛ませて頂きたい。
「お金欲しいですよ。今までいろんなバイトしてきました。素潜りだけじゃない。人に言えないことも色々とね」
クラフトハンターなんてマイナーな職業、大した需要はない。ジェシカが拾ってくれなかったら、俺はどうなっていたか。だからあいつに否定された時、俺は一度死んだのだ。
「でもその経験がスミスさんの魅力なんです。私、そんな貴方のことが……」
令嬢の顔が近くにある。黒目がちな眼がひたむきな情熱を伝えてくる。純粋さが胸を打つ。今にも壊れそうな彼女の体にどれのほどの力が秘められているのか。俺にはまぶしすぎて触れられそうにない。
「あ、いたいた! スミスー!」
聞き覚えのある声が公園に響きわたった。何故ここにいる。
間が悪いことにドラ猫が走ってきた。他人の振りしようがあいつは駆け寄ってくる。詮索される前に令嬢から少し距離を取る。
「海に飛び込んだって風の噂で聞いて心配しましたよー。今日はもう終わりですか? 早く帰ってお風呂ですね。一緒に入りましょう」
令嬢は蔑むような目でフェイリスを眺めた。主に胸あたりを。
「スミスさん、この下品な女性は誰ですの」
「……、例のドラ猫ですよ。尻尾とか見えませんか」
「絶対見えません」
令嬢は断言した。フェイリスはマントで巧妙に擬態する術を覚えたらしい。
「あれ、わたしディスられてますか。初めましてですよね」
「はい、ドラちゃん。私はアリシア・ハートネットと申します。ドラちゃんとスミスさんはどのような関係なのでしょう」
波が岩にぶつかって、激しい音を立てた。
「えっと、顎を撫でてもらったり、絵本を読んでもらったり、一緒に寝るような関係です!」
悪気なく、子供のような脳天気さで暴露しやがった。嘘つけないもんな、獣だから。
令嬢はフェイリスと文化的隔たりを感じたようだった。口元に手を当て、震えている。
「すみません、ちゃんと紹介しておくべきでした。あいつとは成り行きの旅の仲間といった所です」
俺は令嬢に弁明し、心の平定に努めた。
問題のドラ猫は木に登って何かしている。落ち着きがない。
「私の方こそ初対面の方に失礼な態度を取ってしまいました。お詫びいたします。で、でも、少し親密過ぎではありませんこと?」
「いや、普通でしょう。男女が顎を撫で合うのはよくあることです」
「では私にもしてくださいますか?」
今日の令嬢はやけに大胆だ。いたいけな胸を張る。ドラ猫と同じ扱いをするわけにはいかない。
「失礼」
断ってから令嬢の胸を左手で触った。
「ひうっ……!?」
「動かないで」
飛び上がりそうになる令嬢を制止した。控えめな胸の弾力が、俺の指を押し返す。ずっと触れていたいがすぐに離した。手には針を持つ羽虫。
「蜂です。刺される前でよかった」
令嬢は耳まで真っ赤になり、ベンチから滑り落ちた。
ドラ猫が蜂をまといながらやってくる。やはりこいつの仕業か。
「スミス! 蜂の巣を見つけました。蜂蜜を体に塗ったのでどこから舐めてもらっても構いませんよ!」
「うん、お前アホなんだな。よーくわかったよ。今日の晩飯抜きな」
「またまたー、照れちゃって」
「うるせえ。ベタベタすんだろうが。寄るなアホ」
蜂蜜まみれのフェイリスから逃げていると、令嬢が起きあがった。鋭い目で俺たちを睨む。胸を触ったのはまずかったかもしれない。
「お二人は仲良しさんですのね。私おじゃまのようですから帰ります」
機嫌を損ねたような早口で令嬢が俺の前を横切る。手に何か握らせてきた。メモのようだ。
「あれが噂の令嬢さんですか」
令嬢が帰った後、フェイリスはベンチに座って、腕の蜂蜜を舐めていた。
「お前から見てどう思う?」
「かなり可愛いですね。本妻のわたしほどではありませんけど」
真顔のフェイリスを無視し、俺はメモを開いた。
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