追放されしビーストテイマー〜でも女王個体をティムできるので余裕です〜

濱野乱

猛虎襲来

第1話 獅子を狩れない兎


 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。逆に考えると兎はすごい。獅子に本気を出させるんだから。


「成果の報告、始めよっか」


 ジェシカが紅唇についたエール泡を色っぽく拭き取る。パーティーの紅一点、ミニスカートに黒のガーターストッキングが艶めかしい。


 酒場に集まった仲間たちは、我先に口を開きたくてうずうずしている。顔を見ればすぐわかる。


「俺はトロール三匹だ」


 ガタイのいいリーダーのクランツが、成果を自慢し始めた。力自慢だが動きの遅いトロールか。まあまあじゃないか。


「……、ガンビツバメの巣から卵を見つけた。しかも相場の三倍で売れた」


 次の報告で、おお、と感嘆の声が上がる。ガンビツバメは岸壁に住む鳥で、卵は高値で取り引きされる。


 利益を上げたのは黒ずくめの陰気な男だが、腕の立つ忍だ。卵は縁起物として喜ばれる。めざとく結婚が近い家を見つけて売りつけたのだ。足で稼ぐ。天晴れじゃないか。 


「で、スミスはどうなの? 大物、見つけたんでしょう?」


 俺に視線が集まる。顔、上げられねえ……、汗が首を伝う。


「ハーメルウサギ、一匹」


 重いため息が、テーブルを覆う。同時に忍が席を立っていた。クランツだけはケラケラ笑って俺の肩を叩く。


「誰でも調子の悪い時ってあるよな。ま、今夜は奢りってことでよろしく」


 丸一日の成果を競い、ビリが奢る約束だ。二言はねえ。でも辛い。


 俺たち四人は冒険者パーティーだ。でも不公平じゃないか。クランツは戦士、忍はそつがないし、ジェシカは魔法薬の調合で稼げる。


 俺はクラフトハンター。罠を作って、魔物の動きを制約するのが主な仕事だ。クランツの言うとおり、運にも左右される。


「あーぁ、スミスには期待してたのになぁ」


 この勝負の発起人、ジェシカにだけはかっこいい所を見せたかったのに、失望された。このパーティーに入って半年、目立った成果を上げてないのは俺だけだ。


「一番の人にはご褒美あげたのに。次は頑張ってね」


 ジェシカの重そうな胸がテーブルに乗せられ揺れる。見たくなくても見てしまう。いや見たいが。


 クランツが散々呑み、俺の財布が軽くなる。ちくしょう、人の金だと思って気持ちよく呑みやがって。


「おえらたちなら、ニーズヘッグの双頭竜だって討伐できろ!」


「飲み過ぎ、クランツ。世話焼けるなもう」


 クランツとジェシカが同じ方へ帰る。俺は反対方向だ。宿のランクも働きによって違う。格差がある。文句は腹のうちに納め、足下を見ると、光るものを見つけた。


 石畳に金時計が落ちている。表面には燃え盛る炎のレリーフ。ジェシカの家の家紋だ。


 拾って二人の後を追いかける。酔っぱらいや、人相の悪いのを避けて、狭い通りを歩く。


 いねえな。明日でいいか。どうせ嫌でも会うんだし。きびすをかえす。そのまま帰ればよかったんだ。


 でも俺は裏路地の彼方に見入ってしまった。目がいいんだ。そして耳も。


 壁際にジェシカがいて、クランツがもたれ掛かるように立っている。彼女の胸に顔を埋め、荒い息を吐いている。


「ジェシカぁ、早くごほうび」


「せっかちさんね。宿に着いたら一杯してあげるのに」


 濃密な空気、二人の関係は容易に想像がつく。その時、ジェシカが俺に気づいた。目が合うと、唇に指を当てしーっ♡と合図してきた。


 俺はとぼとぼと自分の宿への道を歩いた。人気がなくなると、時計を地面にたたきつけた。カラカラと回りながら時計は暗がりに消える。


 俺は多分ダシにされた。被害妄想かもしれないがそんなところだろう。


「全然悔しくないもんね!」


 ジェシカなんて胸が大きいだけで、優しくてボディータッチしてきて、良い匂いがするだけのただの女だもんね。


「考えてたら泣けてきた。しょんべんでもするか」


 道が二股に分かれている。分岐路でしようと思ったが、中央の空き地に石が置かれていた。二本の円柱と小さい丸石だ。両方とも手で握れる大きさだ。


 なんか意味ありげだ。しょんべんがかけづらい。座って石を並べ直した。二十四にもなって何してんだ。試行錯誤の末、円柱を立て、その上に石を乗せた。その瞬間、風が止み、空気が一変していた。やけに静かだ。眠る寸前みたいに。


「感心感心」


 俺の背後にいつの間にか紫色のローブ姿の人物が二人いた。背丈は子供みたいに小さい。


「最近の者にしては信仰心がある。それはそうとこれはそなたのものか」


 喋っていない方が金時計の鎖をぶらさげた。俺は意固地になって突っぱねる。


「いや、違うけど。あげるよ君に」


「おまけに正直。これは褒美をやらねば。どうじゃ、これと交換では」


 代わりに示されたのは、不恰好な塊だった。よく見ると動物の骨や牙などを適当にまとめたブレスレットのようだ。


「ああいいよそれで」


「交換成立じゃ。返品はきかぬゆえ。ではの」


 二人は去っていった。なんなんだいったい。

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