第30話
鍵を握りしめると、僕は武明に電話をかけた。正直こんな時、僕に頼れるのは彼しかいない。
「もしもし……」
「よう、どうした?」
「あのさ、武明は道井さんの家ってわかる?」
「杏ちゃんの? いや、行った事は無いけど」
「そっか……」
行った事があると言われた方が驚いてしまう。
「なんでそんな事聞くんだよ? もしかして、喧嘩でもしたのか?」
落ち着いた口調で話す武明。僕は隠す事なく彼に告げた。
「いなくなっちゃったんだ。鍵を置いたまま」
「は? どこにいくんだよ?」
「だから、家に行ってみたいんだ」
「まぁ、アテが無い事は無い。ちょっと待ってろ、調べてやるから」
「うん、とりあえず一旦帰るよ……」
「わかった、こっちに着きそうになったら連絡くれよ! 俺もわかり次第連絡するから!」
電話を切ると、僕は駅に急いだ。
いつ出たのかはわからないけど、始発までの時間が出てないとすれば、可能性があると思った。
不安と焦る気持ちで乗り場を迷いながら、それでも着実に帰りの電車に向かう。たった二日間だけど、バイトをしていた事もあり奮発して新幹線に乗る。彼女は何で戻っただろうか? バイト代は貰っていたのだろうか?
新幹線の中、僕はそんな事ばかりを考えていた。行きしなは八時間以上もかかったのに、かえりはたったの二時間で予定の駅に着く。乗り換えてもあと30分以内には最寄りの駅だ。
そんなに日は経っていないのに、地元の街はどこか懐かしく感じる。世の中はいつも通り回って居たのだと思った。
武明にLINEを送る。やはりまだ杏へのメッセージは既読さえつかない。するとすぐに返事が来た。
「早いな。ちょっと待っててくれ!」
「わかった、適当に近くにいる」
正午前、武明はまだ授業中のはずだ。学校が終わり次第来てくれるのだと思い僕はあらかじめ目星をつけていた場所を歩く。
あの日、杏とファミレスに行ったあたりの場所。夜ご飯を食べる為、あのあたりを歩いていたのなら家も近くにある筈だと思った。
元々通っていた学校からは二駅ある。だが、道井パパと会った場所からだとそんなに遠くはない。多分、転校に合わせて引っ越したのだと考えれば別におかしくはない。周辺に家が有ったなら鍵の無い杏が近くにいるかもしれないと思った。
探し始めてすぐに、スマートフォンが鳴る。
杏からかと薄い期待を寄せて開いて見ると武明からの着信だった。
「成峻、どこにいる?」
「あれ? 学校は?」
「そんなもん、早退してきたんだよ。思ったよりも早かったから、少し遅れたけどな!」
彼はすぐに学校を出たらしい。僕が帰るのを知って朝から体調が悪い演技をしていたとの事だ。
「旭も、終わったら合流するからとりあえずそっちに向かうわ!」
そう言って、ファミレスの近くのコンビニで待ち合わせる事となった。彼は走って来たのか、少し息を切らしながら直ぐに現れた。
「よう、久しぶり」
「うん。元気だった?」
「そんなに経ってねぇけどな!」
「確かに」
なんとなく、久しぶりな感じがするのは普段見る事の無い世界を見たからかもしれない。まさか数日で戻って来る事になるとはお互い思ってはいなかった。
「それでさ。杏ちゃんの家なんだけどさ、前の家は引っ越してたみたいなんだよな」
「やっぱり……」
「まぁ、二駅離れて通うとは思って無かったけどな!」
引っ越しして居る事は確定した。綾香さんを紹介してくれた友達が引っ越した事を知っていたらしい。
「それでだ、俺はそれくらいじゃ諦めないぜ?」
「もしかして見つかったの?」
「おうよ、しかも結構簡単にな!」
そう言って、武明はスマートフォンを見せる。そこには住所らしきものが書かれていた。
「一体どうやって?」
「こう見えて、先生の印象はいいんだぜ?」
「武明は印象はいいでしょ」
クラスのまとめ役でもあり、男女それぞれから人気もある。先生だって頼りにしている事くらいは側から見ていてもわかる。
「そうか?」
そう言った彼は謙遜とかでは無く、本気でそう思っている様だった。だが、問題はそこじゃない。話の流れ的に先生に教えてもらったのだろうけど、今はそれを話している場合じゃない。
「それで、杏の家はわかったの?」
「わかったにはわかったんだけどなぁ……」
何やら言葉を濁す武明に、僕は嫌な予感がした。
「もしかして、もう無いとか?」
「いや、あるぜ? でも、住所的にはあそこなんだよ」
そう言って指さした先は、武明と逃げるきっかけになったビルだった。
「まさか……」
「そう。これを知った時、俺なんとなくわかったんだよなぁ」
「あの時に包囲され捕まったのが、」
「そう。多分な」
杏のパパだというのは言葉にしなくても理解し合えた。だとしたら道井パパは間違いなく組織のターゲットだったという事になる。
「もしかしたらその鍵、使えないかもな」
彼女のパパがあの事件に関わっていたというのもショックなのだが、それ以上にその事を杏が僕に言ってくれなかった事の方が僕にはダメージがでかい。
「武明、杏は知ってたのかな?」
「多分な。でも、杏のパパさんが先に逃したのかも知れないし、あんまり気にすんなよ」
そう言って、武明はビルに歩き出した。僕は周りを見渡し怪しい奴がいない事を確認しながらそれについて行く。
「階段は上がらないの?」
「いや、この奥じゃないか? 1Bって書いてあるし……」
空き家になっている一階のテナントの横に細い道が見える。スタッフ用の入り口の様な所に、マンションのドアの様な扉が顔を出した。
「鍵、使ってみろよ」
「うん、」
僕は、多脚戦車のキーホルダーがついた鍵をだし鍵穴に近い形の鍵を選ぶ。恐る恐る鍵穴に差し込むとカチャッと鍵の開く音がした。
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