第28話

"器物損壊の罪で逮捕された道井忠容疑者が──"


  一瞬道井という言葉に反応する。彼女の苗字自体はそれほど珍しいものでは無い。だが、その言葉を聞いてから食い入る様に画面を見る姿に僕は確信した。


「杏……もしかして……」


 彼女はコクリと頷く。


「パパがそんな事するはず無い」


 僕もそう思う。多分彼は"あの組織"に嵌められたのだ。本人に会った事や周りの状況を知っていれば容易に予想は出来る。だが、ニュースだけで知った人には凶悪な犯罪者にしか見えないだろう。


 奴らが刻一刻と、杏を追い詰めているというのを実感するには充分な内容だ。


「僕もそう思う、やっぱりあの組織が関わっていると思う」

「成峻、どうすればいい?」


 どうにかしたいのは僕も一緒だ。だが、この国で銃まで使える組織にどうやって対抗すればいいんだ。杏の心配そうな表情に胸が痛い。


「とりあえず何か考えるしか無い」

「何かって?」


「僕だって考えてるんだよっ!」


 そう言うと、杏は驚いた様に黙る。怒るつもりなんて無い。本当ならこんな事したくない。


 だけど、どうしようもないじゃないか。


 それから、彼女と話す事なく僕はスマートフォンを眺めていた。警察などにも話してみる事も考えたが、そんな事をしたら杏がどうなるかわからない。


 結局何も思いつかないまま、次の日を迎える事となった。


 朝、ホテルを出ると変わらず必要以外の荷物を置き、ファーストフード店に向かう。ただ違ったのは彼女と最小限の会話しかしていない。


 彼女は不安で不満といった表情をしている。無理もない、そもそも僕らは喧嘩なんてした事がない。だから仲直りね仕方も分からなかった。


「杏……」

「何?」

「ごめん。昨日、怒ったりして」

「仕方ないよ。私もどうすればいいかわからないし。……無理な事言ってごめんね」


 お互い、何が悪いかは分かっていた。なんとなくぎこちない仲直りを終えると僕は仕事に向かう事を告げた。


「出来るだけ何か考えてみるから」


 そう言って別れた。

 僕は、現場にむかう電車の中で考えが甘かった事を後悔した。東京に出て、組織にバレない様に暮らせればいいと、二人の事しか考えられていなかった。


 銃が有れば……いや、あった所で訓練を受けている様な奴らに抵抗出来るはずがない。武明ならどうしただろうか?


 ふと、メールをしてみると意外な答えが返ってきた。


『無理するなよ。帰って来ていいんだぜ』


 確かに誰かに言われて来たわけじゃない。武明もただ僕がしたい事に協力してくれただけだ。


 彼は共にあの状況を見た。だからこそ、奴らの危険な雰囲気は痛いほど分かっているのだろう。


『もう少しだけ足掻いてみる』


 そう、メールを残して僕はスマートフォンを閉じた。本当はどうしようもないなんて事は分かっているんだ。ちょっとばかり上手く行ってだからってどうにかなると思っていただけなんだ。


 それでも僕は、一日だけでも杏を。彼女を守ると誓った筈だ。


 現場についた僕はその怒りの感情を吐き出すかの様に作業を進めた。少し多く運んだからって何かが変わるわけじゃない。だけど、何もせずにはいられないんだ。


「ちょっとちょっと、なんで昨日より気合い入ってんだよ。そんなやり方だと燃え尽きるぞ」


 昨日と同じ社員のお兄さんは慌てた様にそう言って僕を止めた。


「いいんです。やらせて下さい」

「だから、理由があるのかわかんねぇけど、そんな全力でやっても意味ないって」

「じゃあ僕はどうすればいいんですか!」


 昨日と同じだ。

 また、気まずい雰囲気になってしまうんだろうな。もう、呼んでもらえないかもしれないな。


「ちょっとこいよ」


 お兄さんは、そう言って僕を引っ張った。

 僕は忘れていた。杏とは違い、お金と労働力の関係だ。作業に必要無ければ外されると言うドライな関係だ。


「あ、いや……すみません」

「すみませんじゃねぇよ」


 杏は状況を理解してくれているからあれくらいですんだのだ。明らかに空気の変わったお兄さんは、そのまま自販機の前で止まった。


「ほら、飲めよ」


 そう言って缶コーヒーを一つ僕に渡した。


「えっ、でも」

「奢りだよ、いいからそれ持って座れ」


 膝丈位の塀に座ると、僕の前に立ち缶コーヒーを開けた。間違い無く説教が始まるのだと僕は悟った。


「それで、何荒れてんだよ?」

「別に……荒れてないです」

「いや、荒れてんだよ。あんまり聞くとおっさんに怒られるから嫌なんだけど、そのままじゃ仕事になんねーからな」


 そりゃそうだ。ちゃんと指示を守れない奴は出来ない奴よりタチが悪い。それでも話そうとはしない僕に痺れを切らしたのか隣りに座った。


「俺も別に出来た人間じゃねぇよ。気が立つ時なんて今でもあるし、訳ありな時期もあったからな」

「お兄さんも?」

「その呼び方やめろよ。古澤雅樹ふるさわまさき、古澤さんでも雅樹さんでもどっちでもいいけど、後輩っぽいから雅樹さんかな?」

「古澤さん……」

「なんでだよ!」


 以外にも雅樹さんは柔らかい表情だった。どちらかと言うと親近感があるのか近所のお兄さんといった様にも感じる。


「雅樹さんも、訳ありだったんですか?」

「まぁな。よくある話なんだけど、やんちゃして捕まって高校退学になったりとか彼女に子供出来たりとかな」

「結構重いですね……」

「お前が言うのかよ。それより大した事ないならなんとかなるから気にすんな」


 彼は多分励ましてくれているのだと思う。だけど雅樹さんの問題とは方向性が違う。だけど、経歴に似合わずいい人なのはわかった。


「なんだよ。俺は腹割って話したんだぜ?」

「そうですよね……」

「なんだよ、もっとヤベェのか?」

「……まぁ、ヤバいと言えばそうかもしれません」


 僕はどの程度話せばいいか悩んだ挙句、彼女と組織に狙われている事、彼女の父が嵌められて捕まった事を話す事にした。


「ヤクザか? 狙われているって何したんだよ?」

「僕らは、何もしていないと思います。」


 そう言うと雅樹さんは下を向き、コーヒーの缶をギュッと握っているのが分かった。

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