第27話
午後の仕事も終えると、終了連絡の後社員の人が声をかけて来た。
「今の時期は色々と仕事あるから、また来いよ」
「はい、是非よろしくお願いします」
「おっさんに指名する様に言っとこうかな」
なんとなくこの人の雰囲気が武明に似ている様な気がして、次もここならいいなと思う。トラックで駅まで送ってもらうと夕方の暗くなりかけている空と灯り始めた街の光がなんとなく綺麗だった。
来る時に来た電車に乗り、いつものホテルの場所を目指して乗り継ぐ。もちろん終わった事は杏に連絡している。
お金の目処が立った事もあり、ファミレスで待ち合わせする事になった。駅に着き十九時前、杏が丁度終わる頃に着いた。
しばらくして、杏が姿を見せる前にスマートフォンに見知らぬ番号からの着信を見つける。もしかして組織にバレたのだろうか。僕は逆探知を恐れ、そっと閉じる。彼女が現れるとどこか違和感を感じた。
「お疲れ様!」
「杏も、大丈夫だった?」
「お客さんも沢山来てくれて、マスターにも褒められたよ」
「まぁ、杏なら沢山来そうだね」
別に元気がない訳では無さそうだ。僕が気にしすぎているだけなのだと思い、それを飲み込んだ。
「入ろうか!」
「うん……」
トラウマとまではいかないものの、ファミレスにはいい記憶と悪い記憶がある。彼女と付き合えたのも組織に襲われたのも同じ場所というのが複雑だ。
だけど、チェーン店という事もあり同じメニューがある。
「ついこないだ食べたばかりだけど……」
「私も」
そう言って、ハンバーグとバジルのパスタを頼み二人で笑い合った。杏はこの緑のパスタが気に入っている様で、それを頼む事がどこか嬉しそうにも見える。
僕らはお互い、仕事での話やこれからの未来を話した。希望に溢れた未来なんて無いかも知れない、それでも僕はなんとかやっていかないといけないと自分にいい聞かせる様に彼女を安心させられる様にすぐ目の前の希望を話す事で勇気を貰おうとしているのかも知れない。
「あのね……」
杏が何かを言おうとした瞬間、僕のスマートフォンが鳴る。何度か来ていた親からの電話だった。
すかさず僕はボタンを押して切ろうとすると、彼女はそれを止めた。
「出て? お母さんからなんだよね?」
「いや、でも……」
「私のせいで心配をかけるのはあまりいい気はしてない」
杏もパパには連絡したと言っていたのを思い出す。お父さん思いの彼女はその事を気にしていたのだろう。僕はそっと、通話のボタンを押した。
「……もしもし」
「成峻?」
「そうだよ」
「あなた、連絡もしないで一体どこで何をしているの?」
予想通りの返答。だから僕は嫌だったんだ。
「どこでもいいだろ」
「成峻のお友達が教えてくれたわ。あんないい友達があなたにも居たのね」
「うるさいな。友達くらいいるよ」
それが、武明なのはすぐに分かった。なんで連絡したのかと聞いてやろうと思った。
「今している事は、どうしてもしなくてはいけない事なの?」
「……うん。出来ないと俺は後悔すると思う」
「そう。あなた、変な所だけお父さんに似ているのね……」
武明がどう説明してくれたのかは分からない。だけど、普段とは違う母の反応に僕は戸惑っていた。
「だから俺は……」
「うん、それ以上は聞かないわ。後悔しない様にしなさい、学校にもそのまま休む様に伝えておくわね」
「怒らないの?」
「あなたもいい年でしょ? 学校はまた行ける、方法はいくらでもあるんだから」
「ごめん、母さん」
「でも、どうしても解決出来ない時は言って。出来る事はしてあげるつもりだから」
母が何を聞いているかはわからない。武明が何と伝えているのかも、だけど何かを理解している様にそれ以上は何も聞かなかった。多分援助の話をしなかったのは僕が言わなかったからなのだろう。
「電話、したよ」
「うん。良かったでしょ?」
「そうだね……杏のパパは?」
恐る恐るそう尋ねると、彼女は首を横に振った。あれから連絡が付かないという事だろうか。
杏のパパには何かがあると思っている。多分普通の会社員とかでは無いのは間違いないだろう。彼女を作ったのか、持ち出したのかはわからないけど何かしら組織の関係者である事は間違い無いと思う。
何も無ければいいのだけど。
彼女が時折寂しそうな顔をするのは、きっとそのせいなのだと思った。
店を出ると、二十一時前。今日の分のお金を貰いにあの公園に向かう。杏にコンビニで飲み物とかを買っておいてもらう事にする。公園に着くとおじさんがベンチに座り、誰かと話しているのが見えた。
「すみません……」
「ああ、君か。今日は頑張っとったんやろ?」
「まぁ、仕事ですから」
「先方も気に入ってくれとるみたいやし、明日も宜しく頼むわ」
「今日の続きですか?」
「まぁ、数日はあるやろなぁ……」
そう言っておじさんは封筒から一万円札を取り出すと僕に渡す。サインも何も無く信頼だけで行う仕事はバイトをした事が無い僕ですら、少なくともグレーだと言うのは分かった。
この人は独立を支援しているのだろうか。いや、ただ単にこのやり方が生き方なのかも知れない。ここまで淡々としているのもそれが一番スムーズだったからに違いない。
「ほなまたLINE入れとくさかい」
「分かりました。よろしくお願いします」
おじさんと別れた後、買い出しをしている杏と合流する。お茶を二つ入れた袋を持ち、僕らは再びいつものホテルに向かった。まさか地味な僕の人生の中でこんなにも毎日彼女とラブホテルに行く日が来るとは思ってもいなかった。
僕はなんとなく母親に申し訳ない気分になる。
慣れて来たからか、この日僕は初めてテレビを付けた。そのせいもあってどこか同棲を始めた様な日常生活の様な雰囲気が出ている。だが、ぼんやりと見ていたテレビでは信じられないニュースが流れていた。
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