第21話
「ねぇ……」
彼女が声をかけた瞬間、僕は我に帰る。
冷静に考えれば、付き合ってもいないのに手を繋いでいた。
「ごめん」
「嫌とかじゃなくて、」
「そうなの?」
「うん。最近、成峻くん変わったよね?」
僕が、変わった?
道井杏にだけは言われたく無いのだけど、確かに変わったのかもしれない。
「そうかな?」
「うん。でも、良くなったと思う」
「それならいいのだけど。でも、道井さんの方が変わったと思うけど」
彼女は微笑みかけた。
初めて会った時とは違い、どこか優しい感じのする血の通ったような笑顔。
「君のおかげだよ?」
「なんかその感じ懐かしいね。そう言えば、もしかしてご飯食べた後だった?」
彼女の笑顔に僕は持っていかれそうなのを、誤魔化す。彼女の事は以前からかわいいと思っている、だけどそれは造形的な意味だった。だけど今、僕は一人の女の子として意識し始めているのだと思う。
「今日はまだだよ」
「本当に?」
「うん。パパが帰り遅くなるからご飯買いに行こうかなって思っていた所」
「それなら良かった」
そう言えば、以前武明との話で彼女が父親と二人暮らしというのを思い出した。優しいお父さんで仲が良さそうなのは知っていたが、仕事で遅くなる事もよくあるのだろう。
僕は、そんな彼女の事を何も知らない。
もしかしたらいつも一人でこうやってコンビニでご飯を買ったりして過ごしていたのかも知れない。
友達が居なかった僕が言うのもおかしいのだけど、彼女も人付き合いは得意な方では無いと思う。そんな中、記憶も曖昧で一人で過ごす寂しさは僕には予想も出来ない物なのだろう。
知りたい。
彼女の事をもっと知りたい。
恋というものがあるとするならば、興味とは違う共感や親近感と言った感情が集まったものなのかも知れない。そうやって積み上げてきた感情、僕はそれを『恋』と呼ぼうと思う。
ファミレスに入り、席に案内される。アッシュがかった髪と小さくて綺麗な顔。ラフなスウェット姿の彼女が地味で制服の僕と二人でご飯を食べに来ているというのは異様な光景なのだろう。
周りの人がチラチラと彼女を見るのがわかる。
「道井さんって好きな食べ物とかあるの?」
「え? あるよ」
「なんか、カレーとか牛丼とか食べているのが想像出来ないなって思って」
「一人でお店では食べないかな。成峻くんは?」
「僕は、カレーとか牛丼が好きだよ」
「なにそれ、」
そう言って彼女は笑った。
メニューを見ているとパスタのページで止まる。少し彼女は悩んでいる様だ。
「やっぱり女の子はパスタが好きなんだね」
「違うの。食べてみたいと思って」
「食べた事ないの?」
「パパも食べないから……」
彼女のお父さんは、どちらかというと僕に近いというか趣味に没頭するタイプだと思う。このタイプはあまり食べ物には興味が無い事が多い。
「そっか。なら頼んでみたら?」
すると彼女は僕にメニューを向けた。
「君が選んで?」
「僕が?」
「だって、どれが美味しいとかイメージに合っているとかわからないもん」
「ええ……僕もあんまり食べた事ないしなぁ」
少し膨れた顔で早く選べと言わんばかりに見つめてくる。その表情に僕はドキドキした。
「こ、これかな?」
僕はバジルとトマトのソースみたいなパスタを指さした。
「えー、なんか苦そうだよ?」
「苦くはないんじゃないかな? 女の子ってこういうオシャレそうなのが好きなんじゃ無いの?」
バジルがオシャレなのかは置いておいて、女の子の好きそうなメニューを選んだつもりだった。
「じゃあそうする」
「じゃあって無理にする必要はないけど」
「でも、選んでもらったから」
少しだけ、道井杏という女の子がわかった気がした。僕を信じてくれているのか、女の子のイメージというのに反応したのかはわからなかったが、彼女はそのパスタを頼み、僕はハンバーグを頼んだ。
緑のパスタがすぐに届くと彼女はそれを口にする。予想していたより美味しかったのか表情が柔らかくなるのがわかった。
「美味しい?」
「うん……」
「美味しい時は美味しいって言えばいいと思うよ」
そう言うと道井杏は小さな声で「美味しい」と言う。すると店員さんが僕のハンバーグを持ってきて、僕もそれを「美味しい」と言って食べた。
「それ、僕も食べてみたいかも?」
「食べた事ないの?」
「うん……」
自分自身、どうして言えたのか分からない。ただ彼女の食べているものが美味しそうだったからじゃなく同じ事を体感したかったのかも知れない。
すると、道井杏も、
「じゃあ私もそれ、貰っていい?」
「うん、もちろん」
同じ様に思っていてくれたらいいな。
外は暗く、いつも通りポツポツと人や車が行き交っているのがわかる。世界は何も変わらないのに、目の前の景色が君が中心に回っている様に見えた。
小さく取り分けられた小皿に、バジルのパスタがある。ハンバーグも小さく切って皿に乗せる。たったこれだけの事が僕には特別な瞬間に思えた。
「楽しいは今だね」
彼女の言葉に気づかされる。【楽しい】を実感できる時は少ないと武明は言っていた。こうやって共有出来る時間は後どれくらいあるのだろうか。
今年が終わり、来年にはクラスも違うかも知れない、再来年には学校だって違うかも知れない。僕は同級生から同じ学校の友達、その次は?
ふと彼女と離れてしまう様な気がして胸が苦しくなってくる。
「美味しかったね」
そう言った笑顔を独り占めしたい気持ちが止まらなくなってきた。そして僕は店を出ると覚悟を決めて彼女を止めた。
「道井さん……」
「ん?」
「あ、いや、」
「どうしたの?」
彼女の綺麗な目に吸い込まれそうになる。もうチャンスは二度と無い……
「あの、僕と付き合って下さい!」
少しはにかんだ様にコクリと頷きかける。その瞬間、背後に人影が現れファミレスの光でその人物をはっきりと見る事が出来た。
彼は、あの時の……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます