第5話
そう。
彼女はそう言う人だ。
最初に僕が感じた違和感。どこか人間味がないと思った原因は、感情の波が無かったからなんだ。
「成峻くんは、楽しかったんだよね?」
「うん」
「どんなところが?」
さりげなく名前で呼んでいる事に気づく。だが、今考える事じゃない。武明ならきっと「楽しいものは楽しいだろ?」とでも勢いよく言うだろうか?
「楽しいの定義か……確かにちょっと難しいかもしれない」
「私は成峻くんに嘘をつきたくない。君ならちゃんと考えて教えてくれると思うから」
道井さんは、あまり感情を表に出さない僕に親近感を覚えているのだろうか。彼女のその不気味さが、転校当初溢れかえっていた人達を遠ざけて行っているのかも知れない。
「あんまり期待されても困るのだけど。個人的な解釈としては、感情の対比……違うな、経験と共感なのかな?」
「新しい経験をしたからって事?」
「それもあるのだけど。恥ずかしい話、友達の家で集まってゲームをする事自体久しぶりだったから。なんか懐かしくなっちゃって」
すると彼女は足を止める。僕は一歩踏み出したところで振り向き言葉を待った。
「君の『楽しさ』は共感が作っているんだね。私の考えている物とは少し違うのかもしれない」
「違う?」
「うん、それだと一人で居る人はずっと楽しくはなれないでしょ?」
悲しい表情をするでもなく、いつも通りの笑顔で淡々と彼女は口にした。僕はそんな道井杏に胸の奥の方がざわついているのを感じる。
「それじゃ、宿題ね。また思いついたら教えて」
そう言った彼女は本当にアンドロイドの様な冷めきった様子で掴みどころが無い。だけどそう思う僕自身に違和感を覚えていた。
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四人で遊んで以来、大きく変わった事がある。一つは武明と成宮さんが話しかけてくる様になった。憶測でしか無いのだけど、武明に対する意識は比較的彼と近いとは思っている。
だけど、話したりはするものの『宿題』がちらついて道井杏との距離が少しだけ離れてしまった様に感じていた。
「よう成峻、こないだオススメしてくれたアニメみたぜ?」
「『悪魔の騎士』のほう?」
「そうそう。あの主人公の親友? アルスがマジでかっこよすぎてテンション上がったわ!」
「武明はアルス派かぁ」
「と言う事は成峻は主人公派か?」
「僕は敵のファラリスが信念持った悪役してて好きなんだよね」
「確かに、そう言う目線で見ると渋いよなぁ」
最近、武明とは今季のアニメの話で盛り上がっている。オススメしたのが刺さったのか思いの外ハマっている様子だ。だが、それだけじゃない
「僕も『君こえ』見たよ」
「あれ、泣けるだろ?」
君の声が聞きたい、通称『君こえ』は主人公が声が出せなくなったヒロインとの恋愛を描いた作品。普段恋愛物は見てはいなかったのだけど武明と成宮さんのオススメと言う事もあって見る事にした。
「ヒロインが声が出せなくなって叫ぶシーンが圧巻で魅入っちゃったよ」
「だろ? 伝えたくても伝えられない所とかなんか入り込んじゃうんだよなぁ……」
彼はそう言うと少し切ない表情を浮かべた。
「武明もそんな事あるの?」
「はぁ? あるに決まってんだろ? 俺をなんだと思ってんだよぉ」
「いやぁ。武明なら『好き』とか気になってすぐに言いそうだなって」
「そんな訳ないだろ、恋愛とかは慎重になっちまうんだよ」
まだまだ俺をわかってねぇなぁとでも言わんばかりに口を尖らせて教室の中に視線を逸らした。
「成宮さんの事?」
「はぁ? なんでそこで旭がでてくんだよっ!」
否定しているようで、誤魔化しているだけにも見える。予想が当たっているのかはイマイチ判断は出来そうもない。
「成峻はどうなんだよ?」
「何が?」
「恋愛とか、杏ちゃんというスーパー美少女が身近にいる訳だけど?」
「道井さんは恋愛感情はないと思うよ」
含ませた意味では無く単純に彼女にそう言った感情が有るとは思えなかった。
「別に相手はいいじゃん。お前はどうなんだよ?」
「うーん……ちょっと彼女は別次元過ぎてわからないかなぁ……」
「そうか? 別に悪くないと思うんだけどな」
噛み合っているような、いないような。
だけど彼女を別次元の存在と思っている事に偽りは無い。もし付き合ったりしたとしても、どんな風に過ごしているのかが全く予想が出来なかった。
「道井さん、恋愛とかするのかな?」
「そりゃあするだろ、人間だし。それに俺は『恋』に相手の気持ちは関係ないと思うけど?」
そう言うと、武明はホッとした様にニヤニヤしながら僕の肩を叩く。
「まぁ、とりあえずは恋する所までは自由だ。お互い頑張ろうぜ!」
何を? と言いたい所だが、僕自身あまりよく分かっていない事すらも見透かされているかも知れないと思わざる得なかった。それでもやっぱり武明は成宮さんの事が好きなのだと思った。
授業が始まり、相変わらず外の景色を眺めている。太陽が雲に出入りしているのが分かる。
『恋』とは何か?
そんな哲学的な事を考えても、フィギュアくらいにしか恋をした事が無い僕にはわからない。
武明の理論では、相手の気持ちはとりあえずは関係ない。となると、フィギュアへの気持ちは『恋』という事で合っていると思う。それなら彼が言う様に道井杏に『恋』したとしても何の問題もない。
でも、何か引っかかるんだよな。
「どうしたの?」
突然の道井杏の呼びかけに、声を上げそうになり寸前の所で飲み込んだ。彼女は普段と変わらないようすで笑顔を向ける。ただ単純にぼうっとしていた僕の事を気にしての行動なのだろう。
「いや、少し考え事をしていただけだよ」
「そう。あ、あの『宿題』の事なら気にしなくてもいいからね」
「そうなの?」
「成峻くん、もしかしたらそれで悩んでいるのかと思って……」
正直言って悩んでいた。いや、悩んでいると言うよりは考えた事もないほどに自然な感情に目を向けられた事を少し楽しんでいるのかもしれない。
あれ?
僕は楽しんでいるのか?
「大丈夫、難しい問題だけどいい経験だと思って道井さんが納得出来る様な答えを探してみるよ」
「それならいいのだけど」
僕は何かを掴みかけている。だけど、あんまり楽しい経験をした事が無い僕は一度武明達にも相談してみようと思った。
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