第78話 夢の中での再会
「パパ、もう起きなきゃ! 遅刻しちゃうよ?」
「そうよ、ハナ君。私達はもう行かなきゃいけないの。早く起きて準備しちゃいなさい」
―――ちょっと待て。行くって何処へだ? 準備って、何の準備だっけ?
三戸は懐かしい二人と再会していた。
娘はベッドの上で眠る三戸の手をぎゅっと握りしめ、妻はその後ろから三戸の顔を覗き込んでいる。娘は三戸をパパと、妻はハナ君と呼ぶ。世界広しと言えどもこの呼び方をするのは妻子だけだ。
「ねえ、パパ。パパは全然悪くなかったよ?」
「そうよ、ハナ君は日本の空を守ってたんだもの。仮にあの時ハナ君がいたって、結局は……だからハナ君だけでも生きててくれて、私達は嬉しかったの」
―――は? お前達、何を言ってるんだ?
「パパと離れるのは寂しいけど、ママが一緒だから大丈夫!」
「そうね。私達は少しの間ハナ君と離れて眠りにつくけど、ハナ君はちゃんと自分のやるべき事をやらなきゃダメよ?」
――だから待ってくれって! どこに行くんだよ? それに俺のやるべき事って!?
「パパ……私、またパパとママの娘として生まれたいな……えへへ。じゃあね、パパ! 頑張ってね!」
「ハナ君。また生まれ変わっても、私をお嫁さんにしてね?」
――待て! 待てよ! 行くな! 行かないでくれ!!
三戸は背を向けて立ち去ろうとする二人に必死で手を伸ばす。今ここで離れてしまったら、もう二度と会う事はない。そう直感的に分かってしまう。だから三戸は必死に追いかけた。
二人は三戸の叫びにも反応せず、ゆっくりと歩いている。三戸は必死で走っているのにその距離は離れるばかり。それでも三戸は手を伸ばす。
――行くな!
三戸の思いが届いたのか、彼が伸ばした腕は二人を抱き寄せた。
「パパ……」
「ハナ君……」
二人が優しい笑顔で振り返る。
――お前達は、俺が守るから……
二人は笑顔で何か答えたが、彼にはそれが聞こえる事はなかった。
*****
「マスター……マスター……?」
「見かけによらず大胆ですね、ミト」
夢うつつ。靄がかかったその向こうから、自分を呼ぶ声が聞こえて三戸は目をさました。
「マスター? 泣いていたのです? 怖い夢を見たのですか? 大丈夫ですよ? アンジーはここにいますからね?」
やけに近い場所からアンジーの声が聞こえた事に気付いた彼は、そっと瞼を開く。
――泣いていた? 自分が? そうだ……なぜか懐かしくも悲しい夢を見ていた気がする
両脇に感じる柔らかい感触に気付く事もなく、三戸は夢の中身を思い出そうとした。
「……あの、ミト? そろそろ離してくれませんか? 情熱的なのは嫌いではありませんが、やはり段階というものを踏まないとですね……」
アンジーとは反対側から聞こえる声に顔を向けると、しっかりと抱きかかえられたナイチンゲールが顔を真っ赤にしてモジモジしていた。
三戸の背筋に冷たいものが流れる。恐る恐る反対側を見れば、やはりアンジーも抱かれながら頬をピンク色に染め、潤んだ瞳で三戸を見つめていた。
彼はゆっくり手を離し、深呼吸する。一回、二回……
「あー、すまん。ちょっと夢を見てた」
ゆっくりと上体を起こすと、ペコリと頭を下げる。
「まあ、今日のところは許してあげます。ところで、身体の方はどうですか?」
ナイチンゲールが場を取り繕うようにそう言った。
「身体……?」
三戸は落ち着いて今までの事を思い起こしてみる。確か、黒翼の天使との空中戦で不覚をとって撃墜され、間一髪のところで脱出したがF-2の爆発に巻き込まれ……
「マスター、生きてるのが不思議なくらいの重傷だったんですよ? ナイチンゲール様が必死に治してくれたんです!」
「そうだったのか。すまない、助かったよ。ありがとう。アンジーもな」
ナイチンゲールとアンジーに礼を告げながら、三戸は自分の身体を確認してみる。ベッドから起き上がり、力を込めたり関節を動かしてみたり。
(問題ないな。というか、今までより力が溢れているような……?)
「問題ない。いつでも行けるぞ。それで、戦況は?」
三戸が確認を取ると、アンジーが説明してくれた。サラディンが覚醒し、リチャードが復活したことで当面の危機は逃れたが、戦況はいいとは言い難い。
そして決め手に欠けているジャンヌと関羽の救援にサラディンが向かい、リチャードはヘキサゴン下部の瘴気の穴を移動させた後、地上部隊の掃討に加わっている事。
「で、あの黒翼の天使は玉の中で回復中か」
10式戦車の砲撃で大ダメージを与えたが、あの状態で回復に入ってからはその砲撃も通らない。引き続き砲撃を行っているが、現状はどちらも打つ手なし、といった状況だ。
「それならイフリートの方を先に片付けるか」
「はい!」
三戸が方針を決め、アンジーが元気よく返事をする。しかしそこにナイチンゲールから制止が掛かった。
「いえ、その必要はなさそうですよ?」
その声に反応して彼女を見るが、当のナイチンゲールは東の方向を見ていた。その視線の先を追うと、地面にぽっかりと開いていた瘴気の穴が消滅していった。
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