第11話 外道

「間もなく魔物と黄巾党が接触します」

「関羽さん。魔物が来るのはいつもあの方向なのかい?」

「うむ。連中はいつも西からやって来る」


 魔物と黄巾党との戦闘の口火が切られた。

 魔物の数は大した事はない。黄巾党、いや、張角の実力を見定める為に三戸は傍観に徹する事にした。そんな余裕がある状態なので、関羽と話し込んでいる。


「西に行けば虎牢関、洛陽、長安、足を伸ばせば五丈原、それらしい所はたくさん在りますね」


 アンジーの言う通り、中国全土には三國志関連の古戦場が事欠かない為、候補地を絞るのは難しい。それでも西から、という情報だけでも有難いし、三戸達の出現場所からそう離れた所でもないだろう。三戸はそう楽観視している。事実、冀州に飛ばされた三戸達は南下して官渡付近で関羽と出会い、間もなく張角とも出会った。

 もはや西へ行くのは確定事項なので、三戸達は張角らがどれだけできるのかを観察していた。


「張角の相棒は拳に巻き付けた黄巾だ。それで味方の兵を洗脳して強化してる様だが、本人もそこそこやるみたいだ」


 能力に勝る魔物を相手に一歩も引かない戦いを見せてはいる。ただし、兵士は張角の操り人形になり果てているが。


「ですが我々の戦力の前では塵芥同然ですよ?」


 アンジーはそう言うが、逆にそこが厄介だと三戸は思う。張角が敵に回った場合は、間違いなく洗脳された兵達が肉の壁となるだろう。本人の意思とは関係無く。そして肉の壁となった者は、いとも簡単にその命を散らす事になる。

 そして何より、張角の能力が自分には通用しなかったことが気掛かりだ。もしも救世者メサイアとしての能力が互いに効果がないのであれば、肉弾戦しか決着をつける方法がないということだ。

 その間にも、張角に指揮された兵達は死兵となって魔物に挑み、次々と刺し違えて死んでいく。洗脳した兵達を、まるで将棋の駒のように使い捨てていく張角の戦い方に、三戸の怒りのボルテージが急上昇していく。


「やっぱ無理だわ。こんなクソみたいな戦いがあるか。関羽さん、ジャンヌ。準備してくれるか?」

「すでに整っておる」

「いつでも出られますよ?」


 傍観を決め込むつもりの三戸だったが、張角の外道さに堪忍袋の緒が切れたらしい。


「済まないな。合図を出したら魔物の相手を頼む。俺は張角をやる。他人の犠牲を当然の様に踏みつける奴のやり方は、到底許容できるもんじゃない」

「マスター……」

「アンジー、M24対人狙撃銃を。それといつもの89式小銃を銃剣付きで頼む」


 手早く指示を出し、アンジーから武器を受け取った三戸は、M24を伏せの状態で構えて照準を定める。


(さて、アンジーの能力の一部であるこのライフルが、張角に効くかどうかだな……)


 空自出身なのに白兵戦が多い為、武装は陸自の物を多く使っている事に少々の戸惑いを感じながらも、集中してスコープを覗き込む。この距離から攻撃されるとは張角も思っていないはずだ。距離約一キロ。有効射程内ではある。あとは通用するかどうかだ。

 そもそも三戸は、こんなスナイパーの真似事など専門外だ。額から汗が流れ落ちる。

 その時、緊張する肩に優しく触れてくる手があった。


「大丈夫です。マスターなら。私のマスターは天才ですから」


 ニコリと微笑む銀髪の天使。その姿を見てふうっと息を吐き、一つ頷き再びスコープを覗き照準を合わせる。そして、ゆっくりとトリガーを引く。

 乾いた銃声が響き渡ると、張角はその場で力なく倒れた。


「よし! ジャンヌ! 関羽さん! 突撃だ!」

「はい!」

「承知!」


 さらにボルトを引き、兵に群がる魔物を狙撃する。ボルトアクション式の為連射は出来ないので、慎重に狙いを定めてトリガーを引いた。


「マスター。お見事なヘッドショットでした。あれなら張角も苦しまずに逝けたでしょう」


 張角を狙撃した事で生まれた罪悪感を察したかのような、アンジーの慰めの言葉。相変わらず、天使のような慈愛の籠った笑みを浮かべたままだ。


「ああ……そう願いたいな」


 三戸は何とかそう一言返す。

 張角の呪縛が解けた兵達は、魔物を前に逃げ出す者、腰を抜かす者、果敢に挑む者など様々であったが、統制の取れていない混乱した集団にできる事など多くは無い。

 だが、人外の身体能力で駆け抜けるジャンヌと関羽の参戦により形勢逆転する。


「さて……アンジー、俺を前線まで連れて飛べるか?」

「はい! お任せください!」


 ファントムモードのアンジーは、20mm機関砲をどこかに消し去り三戸の後ろに回り込むと、腰のノズルからジェット噴射させる。戦闘機の姿では不可能なホバリングも、人型なら可能らしい。

 すうっと三戸の頭上まで浮かんだアンジーは両手を差し出す。互いの両手の手首をお互いに握りしめたのを確認すると、アンジーが加速し始めた。


「再びマスターと飛べるなんて! アンジーは幸せですっ!」


 僅か千メートル程のフライトだが、もはや叶わぬと思っていた主とのフライトに感無量のアンジー。


「おい! 嬉しいのは分かったから降ろせ! 行き過ぎだ!」


 三戸の声で我に返ったアンジーはてへっと舌を出す。


「行きすぎちゃいました!」


 しかし、これで期せずして、三戸とアンジーは魔物の後方を取る形になった。


「これはこれでいいか。挟撃するぞ。飛んでる敵はアンジーに任せる! 思う存分ドッグファイトしてこい!」

了解ウィルコ!」


 戦闘機本来の戦い方が出来るとあって、アンジーは上機嫌で上昇して行く。対して地上に降り立った三戸は、向かって来る魔物を89式小銃の銃撃で蹴散らしながら思った。


「あー、これ、俺必要ないんじゃないか?」


 それ程に圧倒的なジャンヌと関羽。

 ブリューナクが煌めけば魔物は炎に包まれ、青龍偃月刀が閃くと魔物は両断される。両者とも一振りで複数の魔物を屠って行く。

 ブリューナクを振るうジャンヌが爆炎ならば、青龍偃月刀で薙ぎ払う関羽は暴風。二人の前に立ちはだかった者の運命は死あるのみ。


「あ? 俺の出番がきた?」


 ここでジャンヌと関羽の力に恐慌を来したのか、魔物が撤退を始める。逃げる方向にいるのはそう、三戸だ。


「マスター!?」


 上空の敵を楽し気に撃ち落としていたアンジーだが、魔物の群れが三戸に向かって行った事で焦りを覚える。


「問題ない」


 アンジーによって無限に補充される弾丸。弾切れの心配をしなくても良いなら、敵に向かって乱射するだけだ。魔物は三戸に接近する事すらできずに倒れていく。


「アンジー! 一匹逃がして泳がせろ!」


 地上の敵を殲滅した三戸がアンジーに指示を出す。恐らく生き残りは巣穴・・に戻るだろう。尾行して叩き潰す。


「アンジー! 車だ! ジャンヌ、関羽さん。乗ってくれ」


 一行は高機動車に乗り込み、尾行を開始した。

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