第26話 俺だけじゃねえんだぞ?

「む……? どうやらミト殿達がやったようだな」


 まるで煙のように姿を消していく魔物達を見て、関羽が呟く。

 かなりの激戦だったのだが、青龍偃月刀の石附を地面に突き立て自慢の顎鬚を撫でつける姿は、微塵も疲労を感じさせない。

 そこへ、ブリューナクの穂先の汚れを拭い取りながらジャンヌが近付いて言う。


「関羽殿も、獅子奮迅のご活躍でしたよ?」

「なんの、ジャンヌ殿も。それに、あの二人が多くの魔物を屠った故な」

「確かにそうですね。お二方の連携は強力でした」

「うむ」


 普段は犬猿の仲のように見えるリチャード一世とサラディン。しかし、いざ戦闘となると絶妙の連携を見せる。

 互いの手の内を知り尽くしている故か、ある時は不足を補い、またある時は長所を掛け合わせて力を倍増させる。特に事前に示し合わせている訳ではないのだが、その場で何をすれば最適解を導き出せるか、頭で考える前に本能レベルで身体が動いているかのようだ。


「名コンビですね」


 ジャンヌが二人をそう評すると、口を尖らせたサラディンがやってきた。


「止めてくれんか、ジャンヌ殿。あ奴は儂がフォローしてやらんと隙だらけ故、仕方なしにやっておるのよ」

「ぬかせ、爺い! よぼよぼの貴様に負担を掛けぬよう、余が頑張っておるのだ!」


 さらに向こうから、リチャード一世も不満をぶちまけるために近付いてきた。


「なんじゃと? ちょうど魔物も片付いたところじゃ。白黒付けるかの?」

「望むところよ!」


 二人が数歩下がって距離を取り、互いの剣を抜く。


「名コンビですね」

「うむ」


 ジャンヌが先程と寸分違わぬ言葉を吐くと、関羽もそれに短く相槌を打つ。その表情は子供がじゃれ合っている、そんな微笑ましい光景を見ているかのようだ。

 

 ――ゴォォォォォォォ


 丁度そのタイミングで、空から音が聞こえてきた。音を探って空を見上げるが、そことはズレた場所に銀色に輝く機体を認める。そして、その飛翔してきた物体の先端が光った。


「ぬおおおっ!」

「な、なんじゃっ!?」


 対面していたリチャード一世とサラディンの丁度真ん中に土煙を上げて弾痕が走る。そして上空を通過した『銀色』が旋回して戻ってくると、ほぼ真上で停止し、そのまま垂直にゆっくりと降下してくる。

 着陸したソレのキャノピーが開くと、そこから三戸が飛び降りた。


「本当にVTOL垂直離着陸機になったんだな」


 三戸が機体にそう声を掛けると、その機体が光に包まれ、それは銀髪の美少女へと姿を変えた。両手で20mm機関砲を吊り下げている。


「はいっ! マスターの為に、これからもどんどん便利に進化していきますよ! で、それはそれとして……」


 輝くような笑顔で三戸に進化宣言をしたアンジーが、リチャード一世とサラディンに向き直った。その目は据わっている。


「あ、いや、これは違うのだアンジー嬢!」

「そうじゃ! これはアレじゃ! えーと、その、剣舞をしようかと思うての!」

「へえ……」


 必死で言い訳を考える二人に、目だけが笑っていない氷の微笑を浮かべるアンジー。だがそこで、ふと思い出したようにサラディンが言った。


「嬢ちゃんのその力は、ミトの『相棒』としての能力じゃろう? 救世者メサイアの能力は救世者メサイアには効かないのではなかったかの?」

「そうであったな。余がこの爺いに引導を渡そうと思った時も、エクスカリバーの能力は効果が無かったわ」

「という事は、嬢ちゃんのその力も恐れる事はないという事じゃな?」

 

 その事に気付いた二人は、好戦的な笑みを浮かべた。今まではアンジーの大火力に委縮していたが、自分達に効果がないと分かれば話は別である。


「……やめておくのだな。ミト殿はそのアンジーの力で、敵に回った救世者メサイアを一発で屠ったのだ。お主らも身体に風穴を開けられたくなくば、自重するがいい」

「そうですね。ミトは私達とは違って、どこか特別な感じがします」


 関羽とジャンヌの警告を聞いた二人は、何やら考え込んでしまった。確かに、本来の目的を忘れ己の力に酔うような事があれば、この世界の誰が自分達を止められようか? 


「なるほどの。ミトは我らの誰かが暴走した時の抑止力という訳じゃな」


 ジハードを鞘に納めたサラディンがそう言うと、同じくエクスカリバーを納めたリチャード一世が言う。


「しかし、そのミトが暴走した時、誰が止められる?」

「マスターが暴走などッ!」


 ジャキン!と銃口をリチャード一世に向けたアンジーを、三戸が制した。


「まあ、その懸念は分かる。だが俺は目的を忘れる事なんざ絶対にない。なにせ、俺は神のヤツに妻子の魂を『人質』に取られてるからな」

「なんじゃと!?」

「それはまことか!?」


 十字軍遠征は宗教戦争。信じる神の為に戦うという一面がある。そもそも神を信じる者にとって、その存在は基本的に善性だ。その神が人質を取っているという。それだけに、三戸の発言はサラディンとリチャード一世にとって驚愕すべき内容だった。


「もっとも、もしあんたらにも大切な人がいて、その人達が輪廻の輪の中で転生の時を待っているとするならば、俺と同じだよ。大切な人の魂はヤツの人質だ」


 こちらの世界を救わなければ、輪廻の輪から解き放たれた魂が生きるべき世界が滅んでいるかもしれない。それが嫌ならこっちの世界を救って歴史を変えろ。つまりそういう事だ。


「ふむ。済まなんだな、ミトよ。いささか戯れが過ぎたようじゃ。我らにも愛すべき子孫くらいはいるじゃろうからな」

「ミトよ。お主の時代でも、我がイングランドは繁栄しておるのか?」

「ああ。世界の中でも強国の一角として繁栄しているよ」

「ならば我が子孫の為にも、世界を終わらす訳にはいかぬな」


 そんな二人の反応に、ミトは黙って頷いた。


「さすがマスターです! この大きな赤ん坊のような二人を説得してしまわれるなんて!」


 そう言いながらアンジーが三戸の腕に抱き着いてくる。それをゆっくり引きはがした三戸は地面を見ながら言った。


「さあ、次の時代へのご招待が来たようだぜ」


 例によって、一同の足元が輝き始め、全員が光に包まれた。次に向かうはいつ、どこで、そして誰に出会うのか。今度は手が掛からない仲間だといいな。そう思う三戸だった。

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