基地 4
明かりを消して暗闇の中、リンダは扉の脇の壁に張り付く。デュークは、その隣だ。
スプリンクラーが、厨房に雨を降らしている。リンダたちにも容赦なく降りそそぐが、もともと大雨で濡れていたのだから、今さらだ。
「なんだ」
「どこだ、見てこい」
耳を澄ますと、警報に明らかに慌てているようだ。
外は嵐だ。火の気がまったくないとはいえ、外的要因で火事になることはありうる。
現在は停電中のため、彼奴等も状況を確認しづらいだろう。ただ、火元を表す非常用のパネルは生きているので、火元が『厨房』であることは、冷静に見ればわかるはずだ。
ガチャリと音がして、扉が外へと向かって開く。
「なんだ?」
不思議そうな男の声。
ライトの光が、濡れた床を照らす。
リンダは息をひそめて、タイミングを待つ。まだ気づかれてはいない。
「おい、どうした?」
もう一人の声。
「いや、スプリンクラーが」
黒い影が、中に入ってきた。男は後ろの男の方を向いていて無防備だ。服はカジュアルなシャツにズボン。腰にレイガンを下げているが、スペースジャケットは着ていない。
「ありがたいわ」
リンダは呟き、スタンガンを男の腹に叩き込む。
「くはっ」
スペースジャケットを着用していてもダメージが入る設定のスタンガンを喰らっては、しばらく動けないだろう。
そいつが身体を二つに折るのに合わせて、頭部を蹴り倒し、そのまま反対の足でその後ろにいた男の顔面に足を入れた。
そしてその勢いでもう一人の男にもスタンガンを腹にぶち込んだ。
食堂は小さなワークライトが置かれていて、部屋全体がぼんやりと見える。
部屋の壁際に手足を拘束されている状態で固まって座っているのは、おそらく捕らえられているスタッフたちだろう。
「社長!」
デュークの声に弾かれて、リンダは横に身体をひねると、頬を熱線がかすめた。
娯楽室の方から撃ってきたのだ。扉が開き、男が入ってこようとする。
薄暗い中、デュークのレイガンが火を噴いた。
「ぐぉっ」
男がばたりと倒れる。
デュークの射撃は正確だ。
「さて、と」
リンダは身体を食堂の机の下の位置に体を沈め、遮蔽をとる。そしてポケットから小型の催涙手りゅう弾を取り出した。有効範囲は広くないが、室内なら十分だ。シールをはがしてピンを抜くと、安全装置を外す。
「デューク、援護して」
リンダの叫びに呼応して、デュークはレイガンを連射を始めた。敵の攻撃が一瞬病んだ隙に、リンダは立ち上がり、扉の向こうめがけて手りゅう弾を投げた。
圧縮したガスが、吹き出る音がして、ゴホゴホと咳こむ声が聞こえる。
リンダはスペースジャケットの襟の部分に収納してある、フードを被る。フードは透明になっていて顔面全部を覆い隠し、顎の下を止めれば簡易宇宙服になる。
つまりは、短い時間なら催涙ガスも平気だ。
無論それは、傭兵たちもジャケットを着ていれば同じ条件ではある。だが、一瞬でも吸ってしまった奴らとは条件が違う。
扉の入り口にデュークに撃たれた二人の傭兵の身体を飛び越えると、熱線がリンダの脇をかすめた。
中にいるのは二人だ。せき込みつつも銃を構えている女と、部屋を出ようとしている男だ。
娯楽室の真ん中にあるのは大きなビリヤード台。右と左の壁面には大きな本棚がある。正面向かいには出口の扉だ。
「社長! どいて!」
デュークの声に弾かれるようにリンダが横に飛ぶと、デュークの放ったレイガンが逃げようとしている男の背中に被弾した。
リンダは転がりながら、女に向かってレイガンを放つ。
女の放った熱線と、リンダの撃った熱線が交錯する。
「くっ」
左腕にピリっとした痛みを感じてリンダは顔をしかめた。
もっとも、女の方はもう動けないようだ。
「社長!」
「大丈夫、かすり傷よ」
リンダは立ち上がる。スペースジャケットを着ていなければ、大けがだが、ちょっとしたやけどで済む。
ただし、ジャケットは真っ黒に変色してしまったが。
「どうします?」
「まだ、掃討戦は続きそうだけど、とりあえず、この場の安全を確保ね」
残りの傭兵は数名だろう。
まずは、スタッフを解放することと、傭兵たちの捕縛だ。
「ハンドールさん、手伝ってもらってもいいかしら?」
リンダは厨房に隠れているハンドールに声をかける。
「あの、何を?」
「まずは、全員の拘束をとることと、こいつらを縛り上げるのを手伝ってくれない?」
「この傭兵は死んでいるんですか?」
ハンドールは怯えた顔で尋ねる。
「たぶん息はしていると思うわ。心臓が悪かったらだめかもしれないけれど、ちょっと弱めの威力だから」
リンダは肩をすくめる。
「殺傷力の高いレイガンを使っていると、いろいろうるさくてね」
「……そう、ですか」
ハンドールは半信半疑のようだ。
もっとも、威力がそこまで高くないといっても、当たり所が悪ければ死ぬ。
連邦法では、海賊行為などをした犯罪者を射殺することは法律違反ではない。海賊の中には賞金首までいる。
まして辺境は法の加護をあまり受けられない場所だ。生と死の境界はあまりにも近い。ある程度のダメージを与えなければ、こちらが危険になる。
善良な民間人の正当防衛を認めてもらうために、それなりの苦労はあるのだ。
「大昔から海賊は縛り首って決まっているのだけどね」
リンダは肩をすくめつつ、拘束されていたスタッフの手錠のカギをレイガンではずし始めた。
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