彗星

 彗星は恒星の熱によって、凍り付いた核が蒸発することによって、尾を持ち始める。

「かなり派手な彗星ねえ」

 彗星に近づくと、リンダは思わず感嘆の声を上げた。計算上、ある程度のものを予想はしていたが、実際は思った以上に大きい彗星だった。

「尾が結構長いですね」

 その長さは、すでに一億キロに達している。(太陽から地球の距離はおよそ一億五千万キロ)エレメンの光をあびて、長い青白い光がのびていた。そのため予定座標より、早い段階でその姿を捕らえている。

「ダストテイルが長いわ。これはラッキーね」

 彗星の尾には種類がある。ダストテイルと呼ばれる金属片や塵からなる白っぽい尾と、イオンテイルと言われるイオン化されたガスからなる青白い尾だ。

 周囲に細かい金属片が広がるのでちょっとした障壁になってくれるのと、彗星から発せられる電磁波の影響もあって、レーダーによる発見をやや遅らせてくれるだろう。もっとも、彗星に近すぎると、猫丸号の方のレーダーも効かなくなってしまうから、あくまで気休め程度だが。

「進路修正、減速します」

 デュークは彗星の尾の後ろに着く形で、速度を合わせる。

 第三惑星との最接近のタイミングで、再び方向を転進する予定だ。もちろん、その前に発見されれば話は変わってくる。ここから先は、臨機応変に動かなければならない。

「さあて第三惑星の着陸予定地は、現在は夜ね。夜明けまであと一時間か」

 リンダが呟く。

 夜間のうちに突入することもできるが、管制塔もない場所で、着陸支援は得られないのが気になるのだろう。

「宇宙港なんてものはなくて、管制塔もないわ。一応、滑走路が一本あるらしいけど。なんにせよデュークの腕次第ね」

「たとえ夜間でも滑走路があれば、楽勝ですよ」

 デュークはにやりと笑う。

 便利屋稼業の離着陸は、宇宙港の設備が整った場所ばかりではない。この会社に勤めるようになってからは、強引なことを求められることにもすっかり慣れてきたデュークである。

 管制塔がないにしろ、十分な滑走スペースがあるというだけで、ありがたいと思えてしまう。商船に乗っていたころには、考えてもみなかった心理だ。もっとも、当時は離着陸の緊張感以上に、過酷な勤務で耐えられない状態だったのだが。

 整備された宇宙港でない場所での離着陸は、胃をキリキリするような緊張感と、ワクワクするような高揚感がある。

 それを楽しめるようになったのは、リンダのおかげだ。

「地上に連絡は?」

「ギリギリまで待つわ。どのみち、滑走路が混みあうほど出入りが激しいわけじゃない。というか、わざわざ海賊さんに居場所を教えてあげる必要はないし」

 リンダは言いながら計算を繰り返している。

 夜明けとともに大気圏に突入するための航路をさぐっているのだろう。

 特定の場所に降りようとする場合、大気圏の突入の侵入角度はかなり狭い。

「第三惑星衛星軌道上明け方の方角に人工物を発見。おそらく船です」

 ダラスが叫ぶ。

 声に緊張が走る。

「三隻です。船籍識別信号は出ていません」

「やーね。突入口のすぐそばにいるじゃない。邪魔ね」

 リンダが舌打ちした。

 識別が出ていない時点で、プラナル・コーポレーション関連の船ではない。こんな辺境で船籍識別信号が出ていない船は、十割海賊船だ。

「こっちに気づいてる?」

「わかりません。まだ動いてはいませんね」

 猫丸号は現在彗星の尾のそばにいる。慣性飛行をしているから、熱源も捕らえられにくい状態だ。

 どちらにせよまだ、火器の射程距離圏外だ。今のうちにできるだけ相手の戦力を確認しておかねばならない。

 敵であるなら、どうやっても交戦は避けられないだろう。相手の方が数が多い。沈めにこないにせよ、こちらが不利だ。

「待ってください、それとは別に、夕刻側の衛星軌道に二隻!」

「全部で五隻ね。デューク、第三惑星最接近ポイントまで、七分。七分後、第三惑星に向けて転進。攻撃準備に入るわ」

「了解」

 リンダの示している航路は、最短距離のものだ。

 もっとも、進路に船籍不明の船がいる状態なので、直進できるとは限らない。

「社長、発見されました。夕刻側の二隻、こちらに向かってきます」

「仕方ないわね。ダラス、全ての船籍不明船に勧告声明を出して。五分以内に船籍を明らかにしなければ、攻撃すると」

 リンダはダラスに命じる。戦闘は先手必勝だが、先に攻撃するには、それなりの手順を踏まなければいけない。

 面倒だが、その手続きを踏まなければ、連邦宇宙法に違反することになる。逆に手続きさえ踏んでおけば、完全に正当防衛を主張できるのだ。

 船籍の識別信号は、必ず出さなければいけないという義務規定は、銀河連邦内を航行する全ての船に適用される。

 また、相手に求められたら、必ず答えなければならない。

「社長、コース変更しますか?」

 勧告を出したとなれば、正確な位置を教えるのと同じことだ。今さら彗星でカモフラージュする必要はない。

「貴方に任せるわ、デューク。ダラス、五分後に船籍が識別できなければ攻撃よ」

 リンダは言いながら、自分の席から立ち上がる。

「社長?」

「私はキジトラで出るわ。ここは二人に任せて、大気圏突入ポイントを開いてくる」

 リンダは二人の返事を聞かずにブリッジを飛び出ていく。

「社長は相変わらず血の気が多いなあ」

「まったくだ」

 デュークとダラスは顔を見合わせる。

「まあ、やるっきゃないな」

「そういうこった」

 もっとも、血の気が多いのはリンダだけではない。二人とも売られたケンカは買う主義だ。

 五分後、船籍識別信号の代わりに届いた電文は、停船命令だった。

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