エレメン星系
「三、二、一、座標点到達、光速飛行に切り替えます」
「重力反応なし、周囲はオールクリア。艦内の照明点灯。ダラス、位置を確認」
ブリッジの消されていた照明が点灯する。
「エレメン星系近郊、座標位置、間違いないと思われます」
星系の引力圏外なので、周囲にはほぼ何もない。恒星エレメンは他の星よりやや明るい程度である。辺りは漆黒だ。
「慣性航行で、エレメン小惑星群まで進行」
「了解」
デュークは操縦かんを握る。
エレメンの星図は、プラナル・コーポレーションから提供されたモノなので、最新と思って間違いない。ゆえにイレギュラーな小惑星にぶち当たる確率は低いが、海賊がどこかに潜むという危険はある。
「エレメン星系小惑星群まで、五分」
星図の精度が高いなら、星図にない浮遊物は、敵とみなしていい。レーダーと星図を突き合わせ、出来るだけ早い段階で対処すべきだ。
「レーダーと星図を照合しながら進むわよ」
「了解」
デュークとダラスは頷く。
「前方D四時の方向、小惑星四十八番、距離三キロ」
「進路そのまま、小惑星二十一番を目指して飛んで」
リンダが星図を見ながら、航路計算をする。
「了解」
小惑星二十一番は、小惑星群の中では比較的大きい。もっともそこに隠れて、様子を見るには、第三惑星はかなり遠い。
「可能なら第四惑星に隠れて接近したいところだけれど、今は公転周期的に遠いから無理ね」
リンダはため息をついた。
「海賊がうちを沈めようとはしないと信じて、突っ込むしかないですかね」
デュークは肩をすくめる。何の気休めにもならないが、ラマタキオンが必要なら船を沈めては手に入らない。猫丸号が有利だとすれば、そこだけだ。そもそも海賊がどれだけいるかもわからない。
「これだけ警戒しても、全く海賊がいなくて拍子抜けするって未来はないですかね?」
ダラスがぼやく。
「らしくないわね。ありえない願望を言ってる暇はないわよ」
もちろん、海賊などいない方がいいに決まっている。普段リンダが荒事を好むようなことを言っているのは、あくまでもどんな曲面でも乗り切るという自信があるだけで、何も進んで火の中に飛び込んでいるわけではない。
ただ、あるべき危機を見ない『楽観主義』は、リンダのもっとも嫌うところだ。
「前方A八時小惑星五十六番、距離十キロ」
「星図が正確で、助かるよ」
デュークとしては、ちょっとばかり暇ではあるが、手を抜けるところではきっちり手を抜いた方がいいことはわかっている。常に緊張していれば、必ずどこかで切れるものだ。デュークにその糸の緩めかたを教えてくれたのは、リンダである。
「小惑星二十一番まで、三十キロメートル」
「ダラス、周辺に船影は?」
「第四惑星の軌道円まではいないと思われます。それ以上はわかりません」
ダラスはレーダーを見ながら答えた。
「前方F三時の方角に、彗星があるわね」
ずっと星図を見て計算していたのだろう。リンダはコンソールをせわしなく動かす。
「ついてるわ。あと五時間後に第三惑星すれすれを通過しそうよ」
「でも、ここからでは随分遠いのでは?」
「最接近時前に追いつけるわ。尾の後ろから追いかけて行けば、多少はカモフラージュになると思う」
あくまで多少である。とはいえ他に代案はない。
「了解。どこから尾にくっつくか、座標を教えてください」
デュークは星図を睨みながら、角度を調整する。惑星ももちろんそうだが、彗星は動く。綿密な計算が必要だ。
「座標、二〇二、八の六。今から四時間半後ね」
リンダは計算した座標を読み上げる。
「了解。速度そのまま、角度五十度修正」
彗星に追いつくのは、第四惑星の軌道を越えた後だ。彗星のそばを飛んでも隠れられるとは限らないが、遮蔽物が全くない状態で行くよりはマシだ。
「しかし、彗星の尾はどれくらいですかねえ」
「わからないわ。天体の周期計算で上がってきているだけで、尾の観測予測まではまだ計算できてないから」
リンダは肩をすくめる。
プラナル・コーポレーションから渡された星図は非常に正確だが、個々の彗星のデータを全て網羅しているわけではない。
彗星の尾は、彗星によって違うだけでなく、その恒星から吹く太陽風の影響もあって簡単に予測ができないのだ。
「尾が長すぎても短すぎてもやりにくいわね。ほどほどってところにしておいて欲しいものだわ」
リンダは計算をしながらため息をつく。予測するには、観測データが不足しているのだ。
「航路に乗りました。何事もなければ、目標時間に到達可能です」
「了解。では、ドンパチの前のティータイムをするわよ」
リンダはチョコバーを取り出すと、デュークとダラスに向かって投げてよこした。
「またこれですか」
「あら、甘いものは世界を救うのよ」
不満げなダラスに、リンダが得意げに微笑む。
「ティータイムなのに、ティはないじゃないですか」
「細かいことを気にしていると、老けるわよ、デューク」
「細かいんですかねえ」
デュークは苦笑しながら、チョコバーをかじる。
世界を救えるかどうかはわからないけれど、甘いチョコの味がした。
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