クレーム

 ミャー

 猫のサンがゲージから出て、リンダの膝に飛び乗る。

「あんた、最近重くなった?」

 ミャ

 リンダの言葉に気を悪くしたのか、サンはコンソールの上に飛び乗る。

「こらこら。そこはダメよ」

 リンダは、サンを再び膝にのせ、コンソールに手をのばす。ちょっとした小競り合ったものの、無事星系を脱出することができた。ここから数時間は、しばらく休めるだろう。

 ブリッジに残っているのはリンダと、猫のサンだけ。

 リンダは、メールボックスに通信が入っているのに気が付いた。

──エリンからね。

 送られたのは、ほぼ一日前。二回目のジャンプに入る前だったようだ。

 リアルタイムの画像を伴った通信より、メールによるテキスト通信の方が当然、傍受される心配が少ない。急がないのなら、そちらを利用すべきなのだ。

 そもそも、メールはサーバーを通じてのものなので、直接つながっているわけではないし、暗号化も簡単だ。

『プラナル・コーポレーションに内部抗争あり』

 要点だけのテキストメールは、そっけない。ただ、エリンがこれだけのメールをわざわざ送ってきたということは、かなり確信を持っている情報だろう。

──海賊の情報源は、内部犯かもねえ。

 リンダは髪をかきあげる。

 ラスカラス星域での襲撃は、『ラマタキオン』を狙っていたという確信はない。ただ、普通に考えたら、『猫丸号』は海賊船が襲う船ではない。必ずしも金めのモノを持っているわけではない便利屋家業だ。それは船籍の識別信号ですぐにわかる。

 彼らが何を思って攻撃をしかけてきたのか、ハッキリとした理由はわからない。

 そもそも『猫丸号』がどのコースを航行するかは、エリンにすら連絡していないのだ。

──やっぱり情報が流れているのね。

 少なくとも『猫丸号』だと認識して襲ってきたのは間違いないと思われる。

──この分だと、エレメン星域では、絶対に狙われる。

 契約では、エレメン星系の第三惑星に、ラマタキオンと、イリア・サンダースをおろせば契約終了だ。

──つまり、届けれさえすれば、そのあとはどうなってもいいと言えばいいんだけれど。

 惑星改造が必要なのは第三惑星ではないが、惑星改造をする際の運搬については、三毛猫商会のあずかり知らぬことだ。

──とはいえ、届けられるかどうかも厄介だわ。

 リンダは思わずため息をつく。

「社長」

 不意にダラスの声にリンダは振り返る。

 ミャー

 ダラスの顔を見たサンは一声鳴いて、ぴょんとリンダの膝から飛び降りた。

「今、戻りました。食事に行ってください」

「ありがとう」

 リンダは頷いて、食堂へ向かった。



「だから、どうしてあんな危険なコースを通るのよ!」

 食堂に近づくと、イリーナの大声が聞こえてきた。

「安全なコースを選んで航行すべきでしょう? なんであんなに警報音ばっかりなるわけ? 下手くそ。そもそもなぜ、最短コースを飛ばないの? 迂回して宇宙海賊に襲われたり、小惑星群に飛び込んだりなんて、あり得ないわ」

「……普通に考えれば、この船を襲う海賊は滅多にいませんよ」

 デュークの声はかなり疲れている。

 リンダが食堂に入ると、普段着のイリアが目に入った。座ってコーヒーを飲んでいるらしい。

 デュークはイリアの前の椅子に座って、食事をしている。

 うんざりとした顔を浮かべていて、リンダに気が付くと軽く首を振ってみせた。

 話が通じないと言いたいのだろう。

 デュークは人がいいせいか、こういう理不尽なやりとりに巻き込まれやすい。

 ブラック企業で、酷使されたのもそのせいだ。

「サンダースさん」

 リンダはにこりと笑い、デュークの隣に腰を掛けた。

「今回の航路についてのご不満があるのなら、彼でなく私にどうぞ」

「社長」

 何か言いたげなデュークを、リンダは目で制する。

「最短コースを飛ばない理由は、最短コースの星域には、海賊の出現率が高いからです」

「でも海賊と遭遇したわよね?」

 イリアは不機嫌な顔を崩さない。

「彼も言いましたけれど、普通に考えればこの船を襲う海賊は滅多にいません。商船や客船と違って、金目のものは滅多にありませんし、そもそも武装もしており、ちょっとした海賊船なら振り切れる性能も持っています」

 リンダは息を継いだ。

「それなのに、この船を襲う理由は、『ラマタキオン』があると知っているからです。情報がどこかから漏れたに違いありません」

「どういうこと?」

「プラナル・コーポレーション内に、プロジェクトに反対されている派閥があるのでは?」

 リンダの指摘に、イリアの顔が険しくなる。

「そもそも、プラナル・コーポレーションなら本来、護衛船の一つもつけて、輸送すべきものをうちのような便利屋に依頼するということ自体、このプロジェクトの特殊性を感じます。あなたは惑星開発のプロフェッショナルですが、このような『隠密』状態で、お仕事をなさったことはありませんよね?」

「それは……」

「警報音が鳴り響く状態で、スペースジャケットを着ていないなんて、本当に世間知らずだわ。危険な目に遭ったことのないお嬢さまなのね」

 リンダは首を振った。

「ただ、うちのメインパイロットの貴重な食事中にクレームをぶつけるのはやめてもらいます。あなたには意見を言う権利はあるかもしれないけれど、今後は全て私に直接言うこと。これは船長命令です」

「な、なによ」

 たじろぐイリアに、リンダはため息をつく。

「うちの社員はみな超一流です。そもそも命を預かるパイロットにいらぬストレスをかけるなんて愚の骨頂ですよ。頭の良いお嬢さんなら、おわかりだと思うけれど」

「社長」

「デューク、食事が終わったのなら、一休みしてきなさい。私はあんたに命を預けているのよ」

 ニコリとリンダが笑うと、デュークは慌てて顔を背けた。耳が赤い。ブラック企業勤めが長かったせいで、デュークは気遣われることに慣れないのだ。

「お嬢さんも、そんなに不安ならスペースジャケットを着るくらいのことをしてから、物をおっしゃってください。たいして危機を感じていないのに、いちゃもんをつけたいだけのように見えますから」

「……わかったわよ」

 イリアは頷く。不満は残るようだが、反論は出来ないらしい。

「わかった、ではないですよね?」

「悪かったわよ」

 イリアがしぶしぶデュークに頭を下げると、リンダは満足そうに微笑んだ。


 



 

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