第二章

第7話第二章2-1傭兵

2-1傭兵


――  2342年8月末 ――


 ホリゾン公国の本国から補充で送られてきた兵の数おおよそ五百。

 その中の半分以上が傭兵や奴隷戦士だった。



 「分かった、ではこいつらは今後俺が引き受ける。ご苦労だった」


 バッカス隊長は書類にサインをして名簿の一覧に目を通す。

 ペラペラとその書類をめくりもう一度目を通す。

 そしてニヤニヤしている傭兵たちの前でいきなり大声を出す。



 「いいか! 死にたくない奴は俺に付いて来い! 俺の言う事を聞かなければ見捨てるぞ! ここは最前線、本国の様な軽い気持ちでやっていると死ぬぞ!」



 その剣幕にニヤニヤしていた傭兵たちは驚く。 

 まあいきなりそう言われれば誰だって驚くだろう。

 やって来た連中は途端に雰囲気が悪くなる。

 地面につばを吐き悪態をつくが、上司となるバッカス隊長の話だけは聞く。


 「よし、俺の話を聞く気がある者はこれから編隊を組むから指示に従え。俺たち傭兵と奴隷戦士の部隊は前座だ。敵の雑兵を足止めして本陣の進行を補助するのが目的だ。なので死ねとは言わん。必ず生き残れ!」


 そう言ってリストの名を呼び点呼する。

 中にはそれに歯向かう奴もいたがそう言ったやつはリストに印をつけ他の隊に回してもらう。



 この辺の対応についてはバッカス隊長は信頼できる。


 そしていくつかの質問をしながら人員を分けていく。

 魔法が使える者、対人経験の有無、冒険者家業だけで人間を切った事の有無の確認など的確にその経験を見抜き人員の振り分けをして行く。

 その辺は流石に手慣れているもんだ。

 元冒険者らしい傭兵たちはだんだんと仕分けが進むにつれ悪態をつかなくなってきた。

 多分、この人選が的確である事を理解し始めているのだろう。



 俺たち傭兵部隊は全部で百名ほど。

 それを三十くらいの小隊に分ける。



 「いいか、この小隊はこのアインが小隊長だ。お前らはアインの指示に従え!」



 「ちっ! 奴隷戦士かよ? 大丈夫なのか?」


 早速傭兵の一人が俺を見て悪態をつく。


 見れば冒険者上がりのなりをしている。

 身軽に動けそうな最低限の装備、体の所々に仕込んでいるナイフや道具。

 そこそこ経験を積んでいる者のようだ。


 しかし。



 「戦場では魔獣との戦闘とは違う。普通の連携だけでは戦えない」



 俺がそう言うとこいつはむきになって突っ掛かってきた。



 「ふざけんな! 戦う事しか能の無い奴隷戦士が俺に指図するだとぉ!? てめえなんざ俺の足元にも及ばねえ! これでも喰らえ!!」



 そう言っていきなり殴りかかって来る。

 コンパクトな動きは悪くないが動作が見え見えなので容易に避けられる。


 しかしそこは元冒険者、俺が避けると懐からすぐにワイヤーを引っ張り出し俺の首に投げつけ巻きつけようとする。

 器用なもんだ。



 「取ったぁ! 動けば首が落ちるぞ!」



 「何が落ちるって?」


 しかしそのワイヤーは俺の持つ短剣がすでに切り落としていた。

 臨機応変に仕掛けるのは流石だが動作が見え見えだ。

 俺はこいつの懐に飛び込み打撃と投げの組み合わさった技をぶち込む。


 

 拳で顔を狙うのはフェイク。

 手で防御しながらよけようとする相手を押しながらさらに一歩踏み込んでかかとに足をかけ上体を不安定にさせ倒れる所にそのまま拳の手を引き戻し肘を入れながら押しつぶす。


 本来ならこれで内臓をつぶすのだが殺すのが目的ではない。

 なので俺の体重が乗る前に肘をこいつから外し体全体をこいつの上に落とす。



 「ぐえっ!」



 「俺が肘を入れたままならお前の内臓や心臓はつぶれていたぞ?」


 ゲホゲホ言いながら地べたを這いつきまわっているこいつをそのままに俺は立ち上がる。


 「他に意見のある奴はいるか?」


 俺はそう言いながら残りの連中を見る。

 与えられた部下となる連中は今の一連を見て地面につばを吐いたり面白くもなさそうにしているが何も言わない。


 まあこれで良いだろう。

 力の差は見せつけた。

 預かったからにはこいつらを死なせない様にしなければだ。


 俺は総勢三十名の傭兵と奴隷戦士を従え小隊の編成を始めるのだった。



 * * * * *


 

 「勢いに乗ったんでいよいよ海峡を渡ってウェージム大陸にまで出るそうだ。そしてサボの港町を占拠した所で交渉を始めるらしい」


 バッカス隊長は小隊長たちを集め今後の作戦を話す。

 日も暮れ薄暗いテントの中で静かにそう言うバッカス隊長を見ながら俺はテーブルに置かれた地図を見る。


 もともとその昔はサボの港町あたりまではホリゾン帝国の領土だったらしい。

 しかし昔の戦争でその領土は奪われホリゾン帝国は公国となり、自体もガレント王国の傘下に入り実質支配されていた。


 女神教が全世界に浸透してその発生たるガレント王国は女神の教えを忠実に守りながらそれと同様に緩やかに世界を支配していった。


 だがどんなに理想をかかげようとも人間には欲がある。

 だからいろいろと問題も出るし腐っても来る。


 ホリゾン公国は極寒の地。

 ガレントからの食糧援助が無ければ国民は生活が出来ない。

 

 だが数年前からの異常気象のせいで世界の穀物庫であるガレントで不作が続き援助が途切れた。

 更に腐った官僚たちの横領や腐敗が進み援助が欲しければ多大な代償を要求してきていた。


 結果世界はガレント王国に対して不満を持ち始め真先に生計の立たないホリゾン公国が声を上げたのだ。



 「ウェージム大陸か‥‥‥ あそこには食いモンが沢山有るらしいからな、せめてウェージムの北側さえ押さえられれば本国も少しはマシになるってもんだがな‥‥‥」


 他の小隊長がそう言う。

 それは真実であの辺の土地があると無いとではかなり状況が変わる。


 「海産物も更に捕れるようになるからな。これがどれだけ重要な作戦か分かったか? 出発は二日後、それまでに部下どもを手なずけろよ」


 バッカス隊長はそう言ってとっておきの葡萄酒を俺たちの杯に注いでくれた。

 俺たちはその杯を手に取りかかげる。



 「これが上手く行けば部隊全員にいっぱいおごってやる。気合を入れろ!」



 『おうっ!』




 俺は杯をぶつけ合ってからその葡萄酒を一気に飲み干すのだった。


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