LV32「間抜け落としの最後」
「おいでなすったな」
蔵人は悠然と長剣を寝かせると咆哮した。
気合一閃。
草を薙ぎ払いながら迫ってきた物体を余裕を持って打ち返した。
「来るのがわかってりゃどうってことねーんだよ、タコ」
立ち上がったとき、頭上には巨大なハサミが宙に舞っていた。
絶叫を上げながら草むらから現れたのは巨大なカニのモンスターであった。
「カニだったか。ごめん」
テツヨロイガニ。
その名のとおり全身を鉄のような固く分厚い甲羅で覆われた怪物だ。
蔵人は先ほど奇襲をかけてきた敵の正体をこのテツヨロイガニであると見破っていた。
「相手の強さのほどを見て、敵わぬと思えばギリーエイプがパーティーを分裂させるために化け、その隙を衝いてテツヨロイガニが襲う。よくできた二段構えの攻撃方法だが俺には通じねえ」
構えたまま蔵人は動かなかった。
テツヨロイガニは五メートルを超える大きさだが蔵人の放つ鬼気に圧倒されて打ちかかる隙を見出せなくなっているのだ。おまけに最大の武器である片方のハサミを切り飛ばされているので、力は半減している。
見下ろされているはずの蔵人はその場から一歩も動かずに、じりりとテツヨロイガニを威圧していた。
やがて本能が千日手を嫌ったのかテツヨロイガニを行動させた。
残った左のハサミ。
大きく振り上げると蔵人へと振り下ろされた。
無論、蔵人はカカシではない。だが、黙って突っ立っていれば最初の奇襲時のように弾き飛ばされるか、身体を両断されることは避けられない。
蔵人は後方に飛び退って楽々攻撃をかわすと地面の土に突き刺さったハサミに向かって長剣を振るった。テツヨロイガニの装甲は刃物を用意に弾き返す固さを誇るが、関節部分は別だ。蔵人はハサミのある脚部の繋ぎ目をスパリと切断するとテツヨロイガニの攻撃力を無力化した。
「あ、待ちやがれ!」
こうなるとテツヨロイガニはもう積極的に対象物相手に攻撃を行うことが不可能である。その場合に取れる行動は逃走の一択だった。
蔵人が追いすがろうとした瞬間、草むらに消えかけたテツヨロイガニが爆ぜた。
否、実際は凄まじい圧力を背の部分に加えられて動きが止まったのだ。
轟音と共にテツヨロイガニの身体は数度痙攣して口元から泡がブクブクと吐き出された。
凄まじい気の塊が青白い火花を散らしてテツヨロイガニを内部から破壊している。
強烈なエネルギーの余波が可視化されてその場に立ち昇る。
ついにヨロイガニは大きな音を立てて草むらに横たわるとシャカシャカ忙しなく動かしていたすべての脚部の動きを止め沈黙した。
パッと真っ白な光がスパークして赤い魔石が宙に舞った。
モンスターが絶命すると同時に草むらを掻き分けながら、見慣れた修道女がいつものように落ち着き払った表情で姿を現した。
アシュレイは右拳を細かく振りながら歩み寄ってきた。彼女が得意の鉄拳でテツヨロイガニの分厚い装甲を打ち砕いたのは明白であった。
「無事だったか」
「クランドこそ。怪我はございませんか」
「そっちこそ。ずいぶんと長いお花摘みだったな」
アシュレイは苦笑を浮かべながら蔵人の前に立った。彼女は幾分汚れた白手袋を差し出して蔵人の左手を押し包むと蔵人の目を正面からジッと見つめた。
「ンだよ。いまさらながら俺が男前だってことに気づいたのか」
「ん。間違いありません。クランドですね」
「なんだよそれ……」
「いえ、別に。ただ本物のクランドが到底口にしなさそうな言葉を聞かされ続けていましたので」
「ちょっと待った。実はそれ……俺なんだ」
「嘘はやめましょう」
「はい」
蔵人はギリーエイプのこと簡潔に説明した。
「どうして話をややこしくしようとするのですか」
「ストーリーに起伏が生まれるだろ?」
「あのですね――」
窘められて視線を逸らす。
奇妙な違和感に気づき蔵人は顔を上げた。
「なにか、見えないか」
「なんです?」
蔵人はその場で鋭く跳躍して破顔した。アシュレイが驚いた目で見つめている。蔵人は一瞬の隙を衝いてアシュレイの股座に頭を突っ込むと肩に載せて差し上げた。
「ななな、なにをするんですかっ」
「見ろよ」
「え……」
肩の上に乗ったアシュレイには蔵人が見たものと同じく草むらをわずかに隔てた向こう側に古ぼけた石造りの礼拝堂が目に映っているだろう。
「どうだ。いい気分だろう」
「は、早くおろしてくださいっ」
「てなわけで目標物に向かってとつげーき!」
アシュレイを肩車したまま蔵人は走り出した。アシュレイが情けない声を上げて抗議するが勢いに乗った蔵人は止まらない。
あとには誰もいない草だけが微風を受けて静かに揺れていた。
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