第268話 敵はスナイパー? 悪意の弾丸!!
※今回主人公パートはありません。
<放送中>
サイタマ学園の中等部2年、先町テルミは
この力はテルミ自身が自在に操れるほど便利な能力ではなかったが、的中率の高さは驚異的と言ってよい精度を持つ。
そんな予知能力者の放った『事故』という言葉は重く、アスカたちに事態の深刻さを理解させるのに十分だった。
「す、すぐに玉鍵しゃんに教えんと!」
まず狼狽えたのはテルミともっとも付き合いが長い大石大五郎。
同じロボットのサブパイロットを勤めたチームメイトでもあり、彼自身も
「待って。先町先輩、まずコースのどの辺り? その予知の前後も教えて」
ここで慌てる大五郎に待ったを掛けたのは1年のベルフラウ・
テルミの予知能力で見る映像は『確定した未来』ではない。予知した未来に対して適切な対策を講じれば外すこともできる系統の能力である。
このままでは事故が起きるとしても、予知でそれを知ったベルたちが対策を行えば未然に防ぐ事が出来る可能性がある。
ただし、予知の回避のためには闇雲ではいけない。
何故ならこうして未来を知った自分たちが余計に動いた結果、それが原因で別の事故に繋がる可能性もあるのだから。
この持論を持ってベルに諭された面々は、はやる気持ちを抑えて再度テルミの言葉を待った。
「この直線の道路の先……ええと、ここからずっと行って最初のカーブ、その壁だと思う」
「ホームストレートからのカーブっスね? つまりここ、第1コーナーが事故現場」
レース用語に詳しくないテルミからの説明を同じ2年の春日部つみきが補足する。
つみきの叔父はスクラップ屋を営んでおり、適切な値段での買い取りのために車両を始めとした機械全般の業界に詳しい。それもあってモータースポーツにもある程度の知識がある。
店に入り浸るつみきもまた、雑談の中で叔父の知識をよく吸収していた。
「どんな感じの事故ですか? 玉鍵さんがこんな緩やかなカーブで曲がり切れない事は無いと思います。機械側が故障でもしない限りありえません」
テルミの予知を疑うわけではない。しかし何よりも玉鍵の技量を信奉する初宮由香がどうしても納得が出来ずに疑問を口にした。
状況把握のためにつみきが広げた観客向けの電子パンフレットに映るのは、サーキットの全容を俯瞰で現したホログラフマップ。
問題となる第1のカーブはそこに至るまでのストレートの速度を生かせるような緩めの角度であり、どんなヘボレーサーでもよほど無謀な速度で侵入しない限り事故を起こす難所では無かった。
「曲がる直前で車の挙動が急にフラフラッとするの。そしてそのままカーブで横転する感じ……よろける直前、車のすぐ近くの路面に変な火花が見えたわ」
「火花? 車に対して位置はどこです?」
眉をひそめた花代ミズキの言葉にテルミが指したのは車の手前。
「すぐ前に別のマシンはいました?」
「近くには見えなかった。玉鍵さんの車だけ」
数名が顔を見合わせる。それは鬼教官、天野和美の師事を受ける面子だった。
車体の底と路面が擦れたり、レース中に脱落した金属部品を跳ね飛ばした事で火花を上げる事はごく稀にだがある。
だが、それらの現象は決してマシンの手前で起きるものではない。
「――――狙撃?」
路面に起こった不自然な発光。それを人工的な現象として考えるなら、パイロットにとって銃弾の着弾による火花が馴染み深い。
特に日頃から生身でも戦えるよう、天野教官によってエージェントとしてのトレーニングスケジュールも組まれている面々にとっては。
「CARS! 車を出しなさい! ストレートの先にある、このサーキットを照らすライトの上が狙撃地点よ!」
数少ない情報をその天才的な脳内で練り上げ、真っ先に解答に辿り着いたアスカ・フロイト・敷島はCARSの案内用ドローンに叫んで立ち上がった。
自分の中で完結してしまって説明を省いたアスカに仲間たちから疑問が飛ぶが、それどころではないと取り合わない。
「候補地点は他にもあるけど、高速で動くレースマシンの狙撃ならまず正面からのはずよ。そして前に別の車が見えないなら、ちょうど前を抜いてトップ集団を追いかけ出したこの1、2周が狙撃のタイミングに見えるじゃない! 急いで!」
「ちょ、まず運営に連絡を」
「走りながらすればいいでしょ!」
常識的な意見を述べたテルミに対し、アスカはそれでは遅いとNOを突きつけ走り出す。
テルミの能力をよく知っている自分たちでも一抹の疑念が
しかもCARSに負の感情を抱いているらしい運営にだ。悠長に事情を説明してから動いては間に合わないと、考えるまでも無くアスカは直感していた。
〔車を回しました。お早く〕
駆け出していく面々の中でもっとも速かったアスカ、ミミィ、ミズキがCARS
〔敷島様、他の狙撃地点の可能性はございませんか? 別の候補があるなら
「サーキットの構造を見る限り他の位置は厳しいわ。射線が取れなかったり、撃ててもタイミングが難しい上に外から目立ち過ぎる箇所ばっかりよ」
狙撃は静止した目標を狙うのがもっとも容易いのは周知された事実。
では素早く目標に対して狙いやすい位置条件はと言えば、それは正対か背面だ。特に正面からの撃つのが一番楽とされる。側面からは射線が重なるのが一瞬のみのため狙い辛い。
この条件に合致するはホームストレートの前後だが、秘密裏の工作なら観客席やピットレーンから遠い第1コーナー側が有力だとアスカは推測した。
「状況を聞く限り使ったのは
また大型ライフルの発砲音は拳銃の比ではない。人の近くで撃ったら間違いなく気付かれてしまう。
そもそも世界的に中継もされている場面で迂闊に発砲したら、映像のどこかに自ら証拠を残す事になる。
「
それはサーキット周辺を照らすため高い位置に設置され、まるで群れを成すかのように連なる大型ライト。
昼は陽射しによって無数の反射光を放ち続けるその場所は、スコープを使う
「CARS、急いで! そろそろABADDONがストレートに入る!」
CARS車内のモニターから中継を観察していた面々は、トップの5台が13周目のホームストレートでブースターを展開し急加速を行った場面を観て言いようのない不安を覚えた。
……もし玉鍵がこの周回でトップ勢と同じくブースターを使用し、そこを狙撃されたらどうなるか?
事故とは物体の速度があるほど被害が甚大となる。そんな事は誰でも知っている事だろう。
初宮はABADDONの性能を詳しく知らない。そのためトップ勢と同じタイミングで玉鍵もブースターを吹かす可能性を考えて青くなった。
ただ、初宮以外はむしろブースターを使用した方が二つの点で安全だと判断している。
ひとつは玉鍵がパイロットであり狙撃が原因で死傷するような事故となった場合、狙撃手はおろか依頼者を含めて『F』の粛清を受ける危険性が極めて高いからだ。大事故に繋がる加速中を狙うリスクは犯人側にも計り知れない。
いまひとつは単純に速度があると狙い辛いからである。射手の技量、使用している銃器・弾丸の性能によって難度は変わるだろうが。
レース場の外から第1コーナーに向けて、先行して走る形でレトロフューチャーなCARSの車。だがそれ以上の速さでレーシングフォルムのABADDONの白い車体はあっという間にホームストレートを駆け抜けていく。
「「「あっ」」」
車内のモニターで中継を見ていた初宮たちの声が重なる。
ABADDONのライン取りに不自然な揺れ。テルミの言った火花こそ見えなかったが、全員が直感する。
今、玉鍵が狙撃されたんだと。
カーブに差し掛かったABADDONの車体が速度と慣性に引っ張られて、ついには片輪が浮き上がる。
CARSの座席に座っている3人は、まるで自分の乗る車が浮き上がったような気分で無意識に身を傾けた。
「「「~~~~っ、っ、っ、はぁぁぁぁ……」」」
身がすくむような数秒ののち、玉鍵車はなんとか姿勢を回復して横転を免れた。
それを確認した3人もまた姿勢を戻して安堵の溜息をつく。
「CARS急いで! 次を撃たれる前に早く! いっそ全力でタワーにぶつけなさい!」
〔畏まりました。皆さま、衝撃にお備えください。このままライトタワーに体当たりを行います〕
「「へっ?」」
〔タワー上部に不審な人物を視認。玉鍵様が次のストレートに現れる予想時間を考えますと、悠長にタワーの下に乗り付けている余裕はございません〕
「いいわ、GOよ! へし折ってやんなさい!」
「「ちょーっ!?」」
とうに覚悟の決まったアスカのGOサインを受けてCARSが加速する。その特攻精神とシンクロが間に合わなかったミミィとミズキだけが、火の玉上等となった車内で悲鳴を上げた。
手始めとばかりにCARS
時速200kmまで加速した車体の、フロントバンパーがブチ当たる寸前まで。
「ん……ぐっ、さすがに効くわぁ」
さしものCARSも大形建造物との正面衝突では分が悪い。
激突によって逆に跳ね飛ばされる形となったCARSは2度ほどゴロンゴロンと横転する。それでもなんとかタイヤから着地する形で落ち着いた。
幸い車内にいる3人もCARSが誇る高性能のエアクッションによって、怪我というほどの傷は負っていない。
その中で殺人ロボとまで揶揄されるゼッターの挙動に慣れていたアスカはいち早く復帰し、萎んできたクッションを避けながら車外に出た。
鼻から出た血など怪我の内には入らない。すでにパイロットとして何度も死線を潜った少女は動揺することなく、無造作に手の甲で血を拭う。
「CARS、あんたは無事?」
〔いササかボディに損傷ハありまスが、シャフト・フレーム・エンジンなど、重要なブブンに損傷はゴザイマせん〕
「あっそ。意外と丈夫ね……いや、あんたじゃなくてこの柱の事ね」
倒すつもりで突撃したというのに、CARSからの射撃と体当たりを受けてもタワーは倒壊していなかった。さすがに傾くくらいはしていたが。
〔ミサイルはタイジン・ヒ装甲シャリョウ用の炸裂榴弾を装填してオリマシデシタノデ――――失礼、音声を再調整しました〕
「上の数は分かる?」
〔1名です。
「下りてきなさい下衆! 今度こそ柱を折るわよ! その高さからダイブしてみる!?」
後ろからCARS
できれば由香たち素人が到着前に拘束したかったが仕方ないと、戦士は考えを切り替える。
「CARS、もし逃げるようなら構わないから轢いちゃいなさい」
ここからでもジップラインやジェットパックなどのガジェットで脱出を図る可能性を考慮し、アスカと
逃げられるくらいなら殺す、と。
玉鍵を狙撃した。それだけでアスカの中では一線を超えるに足る罪人であった。
「アスカ! 平気!?」
「鼻血っスか? ティッシュティッシュ」
「平気よ。ちょ、ああっ、いいから! 勝手に鼻に詰めんなっ。あんたたちは下がってなさい」
外に降りた初宮とつみきが飛んできてアスカの血の痕が残る顔を拭ってくる。それをやや鬱陶しく思いながら2人に離れるよう促した。
アスカやベルフラウたちは以前から天野に格闘技などの戦闘訓練を受けているが、初宮やつみきはまだ師事して日が浅い。狙撃手の捕縛要員として期待出来ないからだ。
「
「バカ言わないでください。蹴落とされますよ」
「銃があれば撃ってやるのに」
それに冷静なツッコミをいれたのはベル。アスカも上を取っている相手の厄介さは訓練で嫌というほど味わっている。出来れば下からの射撃で片を付けたいところだが、残念ながら銃は持っていない。
CARSの機銃も仰角限界が厳しく。犯人のいる高さまで銃口を上げることは出来ないようだった。
〔皆さま、射線から離れてください。このまま柱を機銃でへし折ります〕
「えっ? も、もう平気なんじゃないの? このまま投降を促せば……」
〔ボルトアクションのレバー後退音を関知しました。犯人はまだ玉鍵様を撃つつもりと判断し――――グレネード!〕
「伏せ!」
柱の上から落とされた物体に反応してとっさに動けたのはAIのCARS、訓練を受けているアスカとベルだけ。
もしも落とされたのが破片手榴弾の類であったなら、それ以外の人間は死傷する大怪我を負っていたかもしれない。棒立ちだった初宮やつみき、大五郎やテルミなどは特に。
だがこの場合、訓練を受けていたからこそ思わず反射で動いたアスカたちの素早さは悪手であったと言えるかもしれない。
『パイロットは殺せない』という慢心で動きを鈍らせないよう、天野に引退後を考慮して訓練を受けていた事が仇になった形。
炸裂したのは煙幕。電波攪乱剤を含んだ複数のスモークグレネードだった。
場が混乱するなかでホームストレートから聞こえてきたのはエンジン音。
しかし最初に通り過ぎていくトップ勢には目もくれない。
この狙撃手が狙うのはただ1台。
仕留め損ねた手負いの悪魔だけだから。
だが――――悪魔の眷属は、CARSは魔弾の発射を許さなかった。
CARSの送迎車は顧客を守る要塞の如き車。車体にはオプションとして重火器を搭載し、対戦車ミサイルを受けても耐えられるほどの耐久性を持つ。
何よりCARSには経験値があった。
高額な契約金を支払うVIPらしい、荒事が起きる顧客たちを実際に守ってきた戦闘経験という名の積み上げが。
たとえ電波攪乱を受けようと、全車その程度で混乱するような初心なAIは積んでいない。
照準なしで放たれた
いよい根元からよひしゃげ、致命的に傾き出した鉄塔にダメ押しと言わんばかりに急発進した2台は全力の体当たりを敢行した。
やがて地面に立ち昇るスモークの雲海を叩き割るようにして、柱がズシンと地響きを立てて倒壊していく。
倒れる途中で飛び降りた犯人は怪我を負いながらもまだ逃げる体力を残していたが、これは誰あろう大石大五郎によって捕縛されることになる。
彼が周囲に明かしていないもうひとつの超能力の恩恵。人のオーラを見る力。
大五郎はスモークの中でもサーモグラフのように浮かび上がるオーラを頼りに、いの一番に犯人に突撃したのだ。
中学生らしからぬ体格から繰り出した投げ技によって固い地面に叩きつけられた犯人は、煙幕の中から現れる頃には大五郎によって締め落とされた後である。
この騒ぎによって先程の通報の是非を問わず、ひとまずサーキットの警備が出動するだろう。
「タマ! こっちは仕留めたわよ! 思い切りやんなさい!」
第1コーナーの壁の上で声を張り上げる少年少女の姿は、倒壊したライト以上に報道の注目を浴びることになった。
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