第263話 サプライズ? 心強いサポーター!
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日曜早朝。
CARSからの提案でニュー富士岡サーキットに向けて出発した初宮由香は、広大な荒れ地ばかりだった土地に突然整備され尽くしたコースが広がっている光景にやや複雑な気分を味わった。
戦争で荒れ果てた土地をここまで整地するマンパワーがあったなら、地下都市からいくらでも人を上げることが出来るだろうにと。
お金はあるところには沢山あり、それを人々の救済よりレースなんて道楽めいた事にだけ全力で投じる事が出来る人物や組織がいる。
一般層出身の僻みと言われたらそれまでだが、会場が立派であればあるほど酷く空しい気分になるのは止められなかった。
「何よ、辛気臭いわね? 車酔いでもした?」
チームの関係者枠として車に乗ったままノンストップで専用の入場ゲートへ向かっていく車内において、隣に座っているアスカ・フロイト・敷島から怪訝な顔を向けられた初宮は軽く首を振って平気だと示した。
「サイタマからここにくるまで荒れ地や廃墟だらけだったから。急に立派な施設が目に飛び込んできて驚いたの」
「ああ、トーキョーね。完全にポストアポカリプスの世界観よね、あそこ。棄民でも住んでないんだっけ?」
アスカが話を振ったのは同乗している初宮たちではなく、この車の制御を行っている運転AI『CARS』。
車種ナンバーは
他にも単純にアスカたちの送迎を担当することが多いのもあるだろう。
アスカや初宮はCARSと契約を行っている顧客ではないのだが、最高級プランのカスタマーである玉鍵たまの同乗者登録に名を連ねていた。
そのため玉鍵が許可するかぎり、初宮たちもCARSの送迎を利用することが出来るのだ。
ただし今回はCARSからの招待という形でCFSレースの観戦に来ている。なので玉鍵のおまけではなく正式なゲスト扱いであった。
〔左様です。他のどの土地よりも地雷原や汚染地帯が目白押しになっております。またトーキョー24区近辺は復興不可能と言われるほど壊滅的な状態であるため、暫定的にハイウェイのみを通したような状態です。あの区間では窓などは開けられないためご不便をおかけいたしました〕
「明らかに色がヤバいスモッグがあちこちから出てたもんね」
「中身が漏れた化学弾頭や爆弾の名残でしょうね。大気中での無毒化が早い局所仕様じゃなかったら、いまだに地表には住めなかったと言われているわ」
トーキョー近辺を通過中、窓の外からの眺めにうっすらとした恐怖を感じていたのは花代ミズキばかりではあるまい。横に座る相方のベルフラウ・
事実としてホラーのよう。かつては世界有数の大都会のひとつであった場所が、今も人の死体をそのままに完全に放置されているのだから。
自分たちの生まれる前に起きた『都市間戦争』の爪痕。地表に住むミズキたちでもここまで間近で見たのは初めてだった。
「って、ベル。そんな飲んだらトイレに行きたくなるよ」
車内でサービスされた上等なレモンティーを飲む相棒のに注意を促す。スライスされた新鮮なレモンを浮かべた緋色の液体がベルの喉に消えるのはこれで3杯目だった。
「だっておいしいんだもの。さすがCARSだわ、お茶菓子も素晴らしいし」
「フルーツサンドおいしいよね!」
ベルの言い訳にならない弁解を拾ったのは食パンに生クリームとフルーツを挟んだ軽食をモリモリと食べるミミィ・ヴェリアンである。
道中でCARSに軽食を進められたミズキたちだったが、外に広がる壊滅し切ったトーキョーの景色を見て食欲を無くしてしまい、ここまで食べていなかった。
「「ねー」」
見かけによらず食いしん坊で人との付き合いを損得で考えているベルにとって、同じくよく食べて遠慮の無いミミィはちょうど良い同調者である。
なおミミィは朝食もしっかり食べている。大会前日にサーキットに泊まる事にした玉鍵が、土曜の朝に作り置きとして用意してくれたものだった。
〔あーしも朝食食べ忘れたから助かるぅ〕
いかにサービスとはいえ恥ずかしいなぁという顔を見せたミズキを余所にして、後続車CARS
余談だが、
〔大さん、春日部さん、私のもどうぞ。酔っちゃってダメ……〕
〔車はもうすぐ停まるき、あとちょっとだけ堪えてくんしゃいテルミしゃん〕
〔到着まであと3分ほどになります。席にエチケット袋がございますので、最悪の場合はぜひそちらをご利用ください〕
乗り物酔いをしてシートに寝そべっているためモニターに映っておらず、スピーカーから声だけ聞こえるのは春日部と同じ2年の先町テルミ。
そのテルミを気遣う柔道家体系の男子は3年の大石大五郎。
この全8名はCARSによってチーム招待枠として選ばれたサプライズゲスト。ありていに言えば『玉鍵たま応援団』であった。
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「なんか独特のにおいがするーっ。ゴムの焼けたにおい?」
車外に出てすぐスンスンと鼻を鳴らしたミミィは異臭に顔をしかめた。
「スリックタイヤの焼けるにおいっしょ。ここで何十台も火花散らして走るんスから」
それに趣味の関係上スクラップの類と馴染みが多いつみきが正解を言い当てつつ、キョロキョロと遠慮なく周りを見回してお目当ての相手を探し回る。
今日のレースは終日晴天に恵まれる予報が出ており、CARSから降りた面々は朝から路面の熱を感じ取って、これからますます気温が上がる事を察する。
暦的にはとうに秋に入っているが、かつての人の業によってすっかり変動してしまった列島の気象はまだまだ暑さを抑える様子はなかった。
「CARSのトレーラーってあれよね?」
自慢のハイテク眼鏡から検索した位置情報から、社名にチームエンブレムの入ったカーゴを手早く見つけたベルフラウが目的の車両を指さす。
「他と違って人がぜんぜんいないね」
「メカニックとかはCARSの持ち込んだ整備コンテナが担当するんだって……玉鍵さんどこだろう? トレーラーの中かな?」
陽射しを避けるように手をかざして眺めるミズキの言葉に、同じく目当ての相手を探していた初宮が応える。
〔現在、玉鍵様は運営本部で最終審査を受けております。時刻的にはもう終わっているはずだったのですが――――少々問題が浮上したようで〕
「問題ですかいの?
真っ先に胸を叩く3年生に頼もしさと若干の暑苦しさを感じながら、初宮たちも口々にCARSに、厳密にはそのメインドライバーとなった玉鍵への協力を申し出る。
特に初宮とアスカは玉鍵がレーサーの真似事をすると事後に聞かされて大困惑し、先の出撃で1人で戦っていた彼女に危機感を持っていたため、パイロット業でなくとも助力したい気持ちが大きい。
……もっと言えば、チームメイトになりたい相手との間に疎外感を感じたくなかった。少しでも役に立つ姿を見せたかったのである。
〔皆様ありがとうございます。玉鍵様にとってその言葉が何よりの励ましとなるでしょう。審査も終わって戻ってまいられますので、どうかよろしくお願いします〕
CARSの合成音声は感情の波を感じさせない設定になっている。だと言うのに、
やがて白いレーシングスーツを着込んだ小柄な人物が運営本部の建物から出てくると、その場の全員の視線が釘付けになる。
ヘルメットを片手に風になびく長い髪をもう一方の手で掻いて、少女は圧倒的な存在感を放ちながらやってきた。
玉鍵は遠方からすでに自分のブースにいる面子に気付いたようで、かすかに驚いた様子を見せると足を速めてやってくる。
「驚いた」
玉鍵たま。彼女は珍しくキョトンとした顔で集まった友人たちの出迎えを受けた。
「「「「「「「〔〔サプラーイズ!〕〕」」」」」」」
ノリを合わせた7人の友人とCARSたちのリアクションに少女は小さく苦笑した。
なお大五郎だけは打ち合わせなしでも連携した女子たちとAIのシンクロにまったくついていけず、ぎこちない笑顔とポーズだけした
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「最下位?」
先程の明るいノリと一転。エアコンの効いたカーゴ内に案内された面々は、玉鍵から聞かされた状況に憤りを隠せなかった。
「ペナルティ、だそうだ」
それは諦観を感じるような静かな一言だった。しかし聞く者が聞けばゾワリとしたかもしれない。
明らかに玉鍵が怒っていると感じて。
〔予選順位は16位でした。これに5つのグリッドダウンを言い渡され20位からのスタートとなります〕
グリッド降格。それはレースに於けるペナルティ措置のひとつであり、予選で獲得したスタート地点を罰則として後方へと下げるもの。
予選結果で16位グリッドであったはずのABADDONは、『マナー違反』のペナルティとして5つの降格を言い渡され20位へダウン。
そして今大会の決勝参加台数は20台。すなわち最後尾とされてしまった。
「他選手への暴言? チンピラって言った程度で?」
CARSによって録画された映像を眺めていた先町が顔をしかめる。
体調が戻って口を付けたミントティーは爽やかであるのに、まるで苦い汁でも飲んだような顔で。
「あーっ、相手だってたまさんにガキとか言ってる! そっちはどーよ!」
「そもそも相手の選手の素行が問題でしょ。話の前後を無視して玉鍵さんの一言だけピックアップするなんて絶対に贔屓じゃん!」
つみきとミズキが同調して不満を露わにするも、すでに決定した裁定として通ってしまった以上どうにもならないらしかった。
〔どうやら運営側に想像以上の圧力が掛かっているようです。ロビー活動に大変熱心な企業がいるようで〕
「これではスポーツでは
自身もジュードー大会に出ている大五郎は、玉鍵に不公平なジャッジが下された不満を抑えるように腕組みをして鼻を鳴らす。
「モータースポーツは特にお金の動く世界だし、建前はどうあれやっぱり利益が優先になるものよね」
リアリストすぎるベルフラウの言葉に数名から批難の目が向けられるも、別に彼女が暗躍したわけではないため視線はすぐに逸らされた。
「ジャッジがもう機能してないね。許せない」
「クソウンエーをブッ殺すの? ミミィ手伝うよ?」
「ミッシングリングとかいうクソチームが先よ。フロイト派を舐めたらどうなるか教えてやんないとね」
初宮とミミィ、そしてアスカが勢いだけでソファから立ち上がる。それに連動してミズキとつみきも。
対してテルミと大五郎、ベルフラウは座っている。外野が不満を言い募り暴れたところでただの犯罪にしかならないと分析しているからだ。
ただ強いて言えばアスカの叔母たるサイタマ大統領、ラング・フロイトが介入すればこの不正な裁定は覆る可能性があるかもしれないが。
トレーラー内の面々に若干の温度差が生じて気まずい空気になったとき、酷く落ち着いた声が響いた。
「落ち着け。問題ない」
短い言葉。だがその言葉に含まれた感情を玉鍵と交流を持つ者たちは、やはり正しく感じ取っていた。
いつも楚々とした顔をしているこの少女は、実はとても沸点が低く暴力さえ躊躇わない。
そんな彼女がこの大会そのものを『敵』と認識したと。
《低ちゃんや、なしてグリッド降格を受け入れたの?》
審査の後、淡々とした降格の通告だけを受けたオレは
提出した証拠にも抗議にもリアクション無し。『もう決まった措置』って感じだったわ。
まあこっちを見る他チーム連中のニヤニヤ顔でお察しだ。顔の外はオレらだけ。
ここはアウェーだ。公平なんざ期待するだけ無駄なんだよ。
(ああいうのは『決まった事の通知』だろ。参加選手やチームにお伺いを立ててるわけじゃねえよ。拒否しても失格にされるだけだ)
後々に国際判断されればこっちの言い分が通るかもな。けどそんな机の上で決まった繰り越しの順番やポイントじゃ、話題が事件性だけになってレース内容や車の性能のインパクトが薄くなっちまう。
趣旨を間違っちゃいけねえ。レース参加はCARSにとってあくまで『宣伝』なんだ。
ならせっかく敵がこんなおいしい場面をお膳立てしてくれたんだぜ? 乗っかってやろうや。
〔申し訳ありません。まさかこのような結果になるとは〕
「むしろちょうどいいさ。参加車ぜんぶ抜くとなりゃ最後尾スタートが一番だろ。自称プロや名門どもに赤っ恥をかかせてやろうや」
〔頼もしい限りでございます。やはり貴女様は逆境にあっても美しい〕
「変な褒め方を学習すんな」
《ホホゥ? 織り込み済みだと? それにしてはメンタルが荒れまくってるようですガ?》
……16位は前任ドライバーの友大が実力で稼いだ最初で最後のアドバンテージ。それをタコどもに
《ちょっーと入れ込み過ぎかナ? これはCARSのナイス采配になりそうじゃノゥ》
(あん? なんの話だ)
《低ちゃん推しの美少女サポーターたちが到着してるヨン》
――――あのひと際デカい男は力士君か?
《うーん、黒一点。マスコットにしても汗臭い。でもアウェーに乗り込むサポーターって燃えるシチュだし、今回だけ許して進ぜYO》
(どこの誰に対する上から目線だ)
《これで学ランにロングハチマキ、白手袋だったらむしろ男集団でも歓迎するデ。応援団はカッコイイし、背景キャラとして映えるしネ》
(基準がわからん)
《女子はもちろんチアが大好きですガ、華奢な女子が学ラン着てるってシチュってスッゲェイイじゃん?》
(同意を求めるな)
「おい
〔本日。玉鍵様のために集まってくださった心強いお味方でございます。皆さま快く応援を引き受けてくださいました〕
「驚いた(。この暇人どもめ)」
最近はこいつらだって文化祭準備で忙しかったろうに。フットワークの軽い連中だぜ。
「「「「「「「〔〔サプラーイズ!〕〕」」」」」」」
《ムフン。メンタル落ち着いたようだネ?》
(……まあな。ガキの前で苛つく大人ほど見苦しいもんは
ダイスは振られた。ならいつも通り出撃気分でシンプルに行けばいい。
ここにいるやつらがオレの味方。それ以外は運営含めてみんな敵だ。
叩き潰してやるよ。身内根性に凝り固まった運営もチームもドライバーも、二度とプロなんざ名乗れないくらいになぁ!
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