第260話 急募? レーサー1名。未経験者歓迎・免許取得応援します(詳細はCARS本社へご連絡ください)

《キシャーッ! キシャーッ!》


(どこのクリーチャーだ。威嚇すんな)


 女装王子のあまりにも突飛な発言に場が凍り付いた。まあオレもそのひとりだが、こいつの素性を思い出せばなんの事はえ。


(海外生まれが学び始めたばっかりの日本語を使ったんだ。言葉選びを間違えたんだろうよ)


 おおかた友好とか感謝を伝えてきたんだろうさ。助けてくれたお礼を言うにも、教科書の例文みたいな格式ばった言葉では事務的で味気ないってんで、より親愛を感じさせるフランクな表現を探したんじゃねえの?


 日本人が海外のイベントで雑にラブアンドピースとか言い出すようなもんさ。


《抹殺! 抹殺!》


(落ち着けっての。日本語に慣れない外人のセリフに突っ込んでたらカロリーが追い付かねえわ)


「あ、あげないよっ! たまちゃんさんはミミィの!」


「病室で大きな声を出すな。誰のでも無い(。オレはぬいぐるみじゃねえよ)」


 素っ頓狂な声を出してしがみ付いてきたピンクを強引に引き剥がす。こんなんでもパイロットやってるだけあってまあまあ力があるな。


「じょ、ん゛ん――――ラビ、その言葉選びだと『アイラブユー』だ。助けた事への感謝なら『ありがとう』でいい」


 あぶねえ、うっかり女装王子と言いそうになっちまったい。ラビにはまだ細かい日本語は分からんだろうがな。学んでいくうちに知ったら蔑称だと気づいて、さすがに気分悪いだろう。言うかつーか規制忘れてんぞスーツちゃん。


 最近頭に入ってきた英語で間違えている事を伝えると、ラビは一瞬きょとんとした後でみるみる顔を真っ赤にして『すまない、表現を間違えた』と、ベッドの上で頭を抱えた。


「This was not the right thing to say in this situation, in this Scene……」


 あん? さすがにボソボソソの早口だとわっかんねえな。まあいいか。


《灰塵と化せハーデス領の賢者! セブンキーゲットだぜ! オープン・ヘルゲェェェト!!》


(脳内で中二くさい呪文を唱えるな。攻撃魔法なんて出ねえよ)


「まあ順調に回復してるようで何よりだ。入用な物があったら言ってくれ。安いものなら差し入れするよ」


「アリガトウ……あー、ごめん。ここから英語で」


「大丈夫だ。覚え始めてペラペラ喋れとは言わないさ。戦果報酬の件は聞いたか? 戦艦で倒した分と、その戦艦から得たプリマテリアル。それと格納庫にあった青いトレーラーの買い取り分は折半だ」


 ゼッ〇ーが自動で動いて怪我した職員への見舞いと、アックスギアーが落っこちてブッ壊れた設備の分を差っ引くのはオレのほうだけでいいや。これからこいつも国を跨いで暗殺だ亡命だと大変だろうしな。


 ガキが知らん土地でしばらく生きてくための唯一の頼りは金だけ。種銭は多いほうがいいだろう。


「いや、僕はそんなに貰えないよ。ほとんど君の戦果じゃないか」


「生活するにも身を守るのにも金は有用だ。悪いと思うならいずれ別のところで返してくれればいいさ。日本じゃ『貧すれば鈍する』って言うんだ、何かあったらすぐ動けるくらいの資産は持っとくもんだぜ?」


 世を捨てた坊さんじゃあるまいし、清貧なんて何の頼りにも自慢にもならねえよ。人が動いて動かしたいなら金と力だ。薄汚く思えても、どうしたってこれが社会の現実なんだよ。


 でも金だって道具と一緒。使うやつ次第さ。バカな使い方をしなきゃいいんだ。


「……わかった。ありがとうターマ」


「ターマ? 変なところで伸ばしたな」


《レベル20から転職できる神殿だナ》


(そりゃTじゃなくてDだ。やっと冷静になったか)


《ウィ。スーツちゃんはもう冷静クレバー。ここで低ちゃんを操って確定即死コンボを決めるより、ちゃんと事故死を装わないといけないと気が付いたゼ》


(もっと冷静になってどうぞ)


「すまない、タマカギは発音し辛くて」


 分らんではない。日本人ジャポネーゼでも玉鍵ってのは音が詰まって言い辛いもんな。英語圏のこいつだとなおさらだろう。


「その、愛称って事でどうかな?」


 タマって呼び方は赤毛ねーちゃんやアスカが使ってるし、タマでもターマでも別にいいか。


 よくある名前の『マリア』とか、国が違うと愛称がかなり変わる。メリーとかポリーとかいう言い方をする事もあるらしい。それに比べたらほぼ一緒だ。


「じゃあそれで。改めてサイタマ都市へようこそ、ラビ」


 手を差し出すとラビは本当に女みたいな顔に年相応の笑みを浮かべた。


 会った当初は栄養失調で頬がこけてたし、飢えすぎて目つきがキマってたからずいぶん印象が違うな……遭難したひとつ前のオレも、最後あたりはあんなだったんだろうよ。


 飢えて飢えて、人を食おうとするほど追い詰められて。


 そう思うとちょっとこいつとは他人の気がしねえ。人は楽しい体験より苦い体験に共感しちまうってのは本当だよな。不幸話のあるあるが盛り上がるわけだよ。


「アリガト、ターマ」









<放送中>


「ミミィ、そろそろ離せ。話がし辛い」


「やぁーーだーっ」


 病室を見舞った玉鍵は退室後、先の加藤との約束を守って話す時間を作ってくれた。


 未成年に気遣われるようで申し訳ないが加藤も中々に忙しい。せっかく降って湧いた話せるチャンスを出来るだけ生かすべく、2人の少女を連れて有料休憩所で席を設ける。


 実のところ加藤は玉鍵だけでなくミミィにも聞かせたい話がある。


 後者はどちらかというとお節介に分類される話なので今日でなくとも良かったが、大人嫌いのこの少女をS課の肩書だけで捕まえるのは難しいでしょうとの上司のアドバイスを受けている。


 ならばせっかく玉鍵と共に釣り上がった釣果を逃すこともないと、今のうちにまとめて片づけることにした。


「夕食がまだだったら何か食べますか? もちろん私が持ちますよ」


「いらなーい。ミミィはたまちゃんさんのアジフライ食べるんだもーん」


「もう遅めの時間だ、帰って作ってたら20時回るぞ」


「いらなーい」


 子供らしくスネてしがみついてるミミィに溜息をついた玉鍵は、Sの戦利品として出たフルーツだけで作られたミックス系のジュースをふたつ頼んだ。


(炭酸系を好まないのは情報通りね。日頃の食事から栄養に気を付けているんでしょう。ふたつ頼んだのはヴェリオンさんの分ね)


「注文が来てからにしようかと思ったけど手短に行きましょうか。まずはヴェリオンさん」


 この場にいる少女、ミミィ・ヴェリオンはサイタマのパイロットではない。列島の西の果て、サガ都市に籍を置くパイロットである。


 サイタマで起きたテロを叩き潰すためにサガからトンボ返りした玉鍵の援護として、共にサイタマへとやってきた友軍のようなもの。


 しばらく国の情勢が混乱していたため身柄の扱いがサガ都市から放置されていたが、サガでも腕の良いパイロットとして認識されていた彼女を戻すよう、サガ都市からサイタマに要請しようという動きが出始めている。


 これを他の部署に先んじて聞いた加藤は、ミミィがサイタマに残るためにはいくつか足りないものがあることを伝えたかった。


 ひとつはサガ都市に紐付けられたパイロット所属の変更手続き。もうひとつは住所の移動である。現在の状態は言わば旅行滞在であり、遠からず滞在可能期間の限度が迫るだろう。


 幸いこれらは手続きの問題。面倒がらずにひとつひとつ行政で済ませればいいだけである。タイムオーバーで審査する期間が無くなってしまい、事実上の不法滞在扱いになる事だけ避ければいい。


 一番問題となりそうなのは身元保証だ。現在はフロイト大統領が都市の責任者として暫定的に預かっている形だが、正式に受け入れるとなると法令面が怪しくなる。


 フロイト大統領はまだ独身で、姪のアスカのように親族というわけでもない。赤の他人であるミミィの身元引受人になるには少々問題があった。


 なお初宮由香に関してはサイタマ直下の一般都市である第二からの『留学』という形であるため、別の地表都市との間に設けられたルールとは若干異なるので参考にならない。


 玉鍵は玉鍵で大統領権限による特例措置を受けており、サイタマと第二双方に籍を置いているのでこちらも法的には問題無い。


 いずれはこの辺りも法整備されていくのだろうが、急速に誕生したフロイト政権ではまだまだ細かい法律の改正・改善は出来ていないのだ。


「素性の明るい住まいを探すとなると身元保証が重要よ。保証人なしでいい場所はあまり女の子が住むところじゃないわ」


「ミミィの保証担保が必要なら私が引き受ける……私も含め、いつまでもフロイトさんの家に居候するのも問題だと思っていた」


 当のミミィが晴天の霹靂のような顔をするなか、やってきたジュースに軽く口をつけていた玉鍵が加藤の会話をインターセプトした。


 ミミィ単品では大統領が個人的に保証人になってくれるか怪しいが、相応の資産を持つ自分を介したなら都市もミミィの保証を認めてくれるだろうと。


「これもダメなら第二の寮という手もある。こっちは持ち家だから手続きさえ通れば入れるだろう。一般層の住まいだから最後の手段だが」


「あはーっ、たまちゃんさん大好きーっ!」


「引き受けるのは保証人だけ。家賃その他は自分で払えよ。1ヶ月分でも滞納したらサガに突っ返すぞ」


 まるで捨て猫でも拾ってきたような感覚で身元を引き受ける未成年の姿に加藤は少し呆れる。しかし、確かに『ワールドエース玉鍵たま』のネームバリューがあれば大抵の事は通る可能性が高いと思えた。


 サイタマ、いわんやフロイト大統領とて彼女の機嫌をなるべく取っておきたいだろう。


「手続きは早めにね。お役所仕事はどうしても遅いから」


 手続きの仕方や窓口について軽く説明したものの、ぽやんとしたミミィの様子から誰かがギリギリで引っ張っていく事になりそうだなと加藤は内心で苦笑にがわらいをした。


「それじゃあ次は玉鍵さん――――ある方が貴女に会いたがっているの。本来はS課の仕事じゃないんだけど、ちょっとした伝手でフラット・・・・S課うちに頼られてきたの。そちらの意思を確認しておくわ」


「相手は行儀が悪い敵対派閥のいる権力者? どこにも紐付いていない他国の組織を頼らないといけないような政争真っ最中の? ……ミミィに聞かせていいんですか?」


 当然としてフラットの隠語を汲んだ玉鍵は的確に加藤の言葉を翻訳した。


「ひどーい。ミミィたまちゃんさんの秘密なら喋らないもん」


「そうか」


 グラスを持たない手で強めに頭を撫でられた少女は、その手の平の感触に満面の笑みを浮かべると自分の分のジュースに上機嫌で口をつけた。


「要件は?」


 対してつい頷くだけで肯定も否定もしないという小細工をした加藤に若干の不信感を持ったのか、コトリとグラスを置いた玉鍵が訝し気な視線を送ってる。


「具体的な要件は分からないの」


 残念ながら曖昧な返答しか出来ない加藤は、それでも玉鍵に話を持ち掛ける判断に至った根拠を述べることにした。


「話をしたいだけだと言っていたそうよ。少なくとも貴女の不利益になりそうな話は最初からシャットアウトしている上司の釣鐘つりがねは、この話を貴女に通す価値があると判断をしたわ」


 やや不信気味だった少女は釣鐘つりがねの名が出ると考える様子を見せた。


 見た目こそ非常に不気味な上司だが、優秀で誠実な職員であることは付き合いのある者なら分かっている。玉鍵もまた釣鐘つりがねの能力と内面をちゃんと評価しているのだろうと感じて、加藤は彼の部下として少し嬉しくなった。


「お相手は?」


「……先に言っておくわね。この話は玉鍵さんが出撃する前に持ち掛けられたの。だからタイムリーな事になっちゃったけど完全に偶然よ。たぶん」


 ミミィの口が堅くとも明確な正体は玉鍵にしか教えられない。この場で端末に打った短い文章を見せて玉鍵にだけ伝える。


 打ち明けたお相手の素性に少女の端正な眉がわずかに歪んだ。


<アイルランド王室、女王陛下。今年で87才になられるご婦人です>









(ダブリン都市の女王様が何の用だよ?)


《わがんにゃい》


 まあそらそうだ。スーツちゃんだって海を隔てた島国にいる権力者の婆さんの考えなんて分かるまい。


 加藤のねーちゃんと別れてCARS14フォーティーンにピンクを押し込む。この頭幼児は暇と疲労と眠気のせいで、休憩所の椅子を立つ頃にはグッスリだった。


 赤毛ねーちゃんの住むマンションは基地の敷地内に建てられた職員用のマンションだからさほど遠くはないんだが、こいつおんぶして運ぶのはさすがにダルいから例によってCARS頼りだ。近所の店に行くのに車使うみたいでみっともねえなぁ。


〔玉鍵様、まもなくマンションでございます〕


「ありがとよ。短い距離なのに呼びつけて悪かったな」


〔とんでもございません。長くとも短くともお客様を運ぶ事は送迎サービスの仕事でございます〕


 初運賃だけの距離で降りちまう客を嫌がる連中に聞かせてやりたいね。まああっちはあっちで言い分はあるんだろうがよ。


〔玉鍵様、不躾ながら小耳に挟んだ話についてお聞きしても良いでしょうか?〕


「あん? なんだい?」


〔あなた様が2週ほど出撃を見合わせるという噂を耳にしまして。どちらかにバカンスでも?〕


「あー、文化祭に注力したくてな。別に2週間どこかに遊びに行くわけじゃないさ」


 個人的にCARSの事は信用してるが口止めされてっからなぁ。どこから漏れるかわっかんねえし。


 それに学校サボるほど嫌いじゃねえよ。なにせ初めてまともに通えた教育機関だ。たまにタルいがまだまだありがたみのほうが強い。


〔左様でしたか。急な質問をした事をお許しください――――もし海外に行く予定があり、かつその場所がかち合ったならお頼みしたかった事があっただけなので〕


「どういうこった?」


 CARSが頼み事? 客のオレにか? 突飛な事言い出したな……けどまあ、それだけにちょっと気になるな。


「土産を買ってきてくれってわけじゃねえよな? まず話してみな」


〔ありがとうございます。まず玉鍵様はCyberneticsサイバネティクスFormulaフォーミュラspecialスペシャルというモーターサイクル競技をご存じてしょうか?〕


「いや、すまん。ニュースで聞いたかもくらいだ」


(確か昔にやってたピーキーなカーレースを派手なギミック付きで復刻した大会だっけ? 飯時に見るニュースでチラッとだけ観た記憶がある)


《ウィ。エリート層だけでやってるエンターテイメントのひとつだナ。短時間だけだけどストレートなら600キロ以上の速度を出せる怪物マシンでやるレースだゾイ》


 S技術を使ったモンスターバイクの功夫ライダー以上の速度が出るのかよ。頭おかしいんじゃねえの? とんだスピード狂どもだぜ。


〔実は我が社も今回その大会に参加しておりまして。近く行われるレースのドライバーを探しております〕


「待て。海外で即戦力のドライバー見つけてこいってわけじゃねえよな?」


〔はい。出来ましたら玉鍵様に当社チームのドライバーをしていただきたく思います。契約していたドライバーが予選通過後に暗殺されてしまい、このままでは本戦を棄権するしかないのです〕


「穏やかじゃねえな……」


 暗殺? どんな大金が掛かってんだそのレース。


〔大会規約上ギリギリまでバーターの申請は認められておりますが、この様子では新たに雇っても再び暗殺されかねません〕


「パイロットのオレなら手出しはできないってか。けど免許はどうすんだよ、オレは一応14だぞ」


〔CFS用のマシンは14才から大会免許取得が可能です。非常に難度が高い試験になりますが、法的には教習通いをせずとも試験自体は最初から受けられるようになっています〕


《なる。自動車免許も教習所で学ばなくても試験は受けられるニャー》


(自動車も大概だが600キロ以上出せる車の資格だぞ? こんな雑に資格やっていいもんじゃねえだろ。頭おかしいぜ)


《自己責任って事でショ。それに金持ちの道楽はスリルとか達成感が人気の秘訣じゃネ? 一攫千金とかは貧乏人の夢。最初からお金持ちなら別の事で満たされたくなるものサ》


 まあ、危険なレジャーとかは裕福層にこそ人気ってのは聞いたことあるわ。成金は金だけはもうあるから、達成感とか承認欲求みたいに精神的な充実感が欲しくなるんだとかよ。


〔当社は、いえ、我々CARSはサイバネティクス・モーターサイクルの1種として、AIがどこまで通用するか、今どこまで登れているのかを公の場で確認したいのです。それだけに、わたくしどもの挑戦を不正な方法で潰されかけている事に強い無念を感じています〕


「……いいだろ、試験を受けるだけ受けてみる。落ちたら悪いが他を当たってくれ」


 CARSには世話になった。時に契約以上の事もしてくれた感じがある。受けた分の義理は返さねえとな。


 もちろん受かるかは保障しないがね。

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