第253話 発射カウント? 好奇心だけの暴力!

<放送中>


 衛星軌道に浮かぶ人工衛星や宇宙ステーションとは、地球の丸みに沿って常に『落ち続けている』人工物である。


 その地球の衛星軌道上を秒速7.7キロメートルで落ちていく研究所にて。彼女・・はここに来てから今日も飽きずに未知の技術について研究と実地、そしてささやかな調べ物をしていた。


 しかし過去に前例が無い事象をいくら調べようと推測しようと、それはどこまでも予想であって確定した事実ではない。


 外見はともあれ、遺伝子的な意味において彼女・・と銘打たれるべき性別のその存在は、本日もかねてのから疑問を解決するべくとある実験に着手する。


 衛星軌道に存在するラボラトリーに居ながらにして、彼女は眼下に見下ろす惑星の多くに干渉する手札を持っていた。


「都市での核ミサイルの爆発は間違いなく問題になぁるだろう。パイロットを巻き込む惨事は確実にあれ・・粛清の対象になるに違いなぁい――――でぇぇぇも! それが都市以外・・ならどうだろぉうねぇぇぇぇ?」


 核の炎にパイロットが巻き込まれればその行為は間違いなく『F』の逆鱗に触れる。これは確実。


 だがしかし、たとえ核爆発であろうと直接の被害を受けぬ場合はどうなるか?


 例えばいずこかの地の、海の。自然のみの放射能汚染では? それはパイロットへの攻撃となるだろうか?


 過去から延々と汚染された水を飲まされている底辺層のパイロットたちはどう判断された? 浄水装置の不備とその管理者たちの怠慢から、一般層のパイロットでさえ上質の水を飲めていたとは言い難い。


 食べ物は? 空気は? どこまでの汚染なら『攻撃』なのか?


 その日、彼女はふとした事で見つけた疑問に答えを出すべく躊躇いもなく重要で大事なはずの手札を切った。


 元より己のしたい事だけをして生きてきた彼女にとって、労力を割いて作った手札の価値も失敗の後に待ち構える破滅もどうでもよい事。ふと思いついただけの自らの疑問が解消されるならそれでよかった。


 この行為を咎めてあの存在が出てこようと、本当に知ったことではない。


 ――――いつ死んでもいいのだ。生まれてから今日まで、生になんの未練もない。


 では自らに降り掛かるとてつもないリスクを承知として、世界にとてつもない被害を出すことも承知で、いかな重要な理由から彼女はこの凶行に及んだのだろうか?


 人類の命運を決めるような大事な任務なのか? それをしなければ生まれ住んだ星が砕けるのか? 未来に託す生命が死滅するのか?


 否。否否否。これは本題を進めている間に思いついたただの気分転換だった。


 ――――都市に熱と爆発の影響が及ばぬ場所で核兵器を炸裂させて放射線をまき散らした場合、もしその影響からパイロットが不利益を被ったなら『Fever!!』は出てくるのか?


 それがたまたま知りたくなっただけ。知的好奇心が刺激されただけ。


「どぉぉぉぉなるかねぇ? まさかこれだけ許さないなんて言わないでほしいなぁ。これまで間接的にパイロットを苦しめていた多くの出来事は、放射能汚染なんてお呼びじゃないくらいあるだろうぉ?」


 これはちょっとした暇潰し。旅行先の待ち時間の中で、なんの興味も無い雑誌のページを暇に任せて捲るようなもの。


「早く来たまえエースパイロゥ。oh、パイロゥ! こちらの歓迎の準備はもう700パアセェント! 完了だよ! ……早くしないともっと暇を潰しちゃうぞ? あーはーっ! はぁーっっっっ、ゲボっ! お゛え、んん゛ このレトロな宇宙食、味噌サバ味のペーストは喉にくるな」


 無重力下における食事として用意されている非常用の栄養ペーストを詰めた袋。それをコシコシと指で最後まで出し切ったピエロはむせつつもすべてを吸い取る。


「いや悪いねぇ、若者にこんな食生活は物足りないだろう?」


 場所が場所だけに他を用意しろというのも難しいが、ピエロはさも心配するように問いかける。もちろん不平不満を言おうとどうしてやる気も無いのだが。


 何より問いかけた相手に彼女の声は届いていないだろう。


 顔を分厚い包帯で巻いた少女の前歯はすべて折れている。骨折した鼻とヒビの入った頬骨も口でペーストを吸い出すだけでも痛むだろう。


 だが少女は無言で力を蓄えるのみ。


 いや、耳を澄ませば包帯の隙間から見える口元から、かすかな呟きが聞こえるだろう。何度も何度も。


 殺してやる、イエロー。と。







<放送中>


 一足早くサイタマ都市で待っていた加藤は、棄民制圧に使った重い歩兵用装備を脱いでいつものスーツ姿に戻った釣鐘つりがねに派遣先で起きた事態の報告を行った。


「本当にお疲れ様でした。明日から2日間の完全休暇を与えますのでゆっくりしてください」


 加藤はサガ都市に派遣されていた際に大石大五郎・先町テルミというサイタマのパイロットである少年少女と出会っている。そこで事情を相談された釣鐘つりがねの判断によって、加藤が未成年保護のために付き添っていた。


 しかしそこでタイミング悪く、あるいはタイミング良くサガ都市のクーデターに巻き込まれたために、サイタマから派遣されたエージェントと共に鎮圧とその後の平定にも協力することになってしまった。


 勝手の違う場所で未成年を守りながら立ち回る事になった加藤に対し、上司は疲労抜きとちょっとしたご褒美を兼ねて臨時の休養をくれるという。


 これに対して加藤は申し訳ない気持ちになって首を横に振った。S課は慢性的に手が足りない状態である。


 実際、加藤がサガから戻ってきた道中においてもS課は治安と共に働いている。加藤たちの襲撃を狙っていた武装棄民たちに先制攻撃を与えて鎮圧し、その集落を壊滅させたのはつい先日の事だった。


「いえ、問題ありません。移動中に十分休みましたので。このまま仕事に――――」


「ワーカーホリックは個人の問題ではありません。いずれ因習として組織を疲弊させます。休めと言ったら休みなさい」


「……はい。ではお言葉に甘えて」


 得物に近づくコブラのような目つきをさらに鋭く光らせた上司に、加藤は内心で委縮しつつ頭を下げる。


 顔や眼光こそ重犯罪を繰り返したサイコパスのような釣鐘つりがねだが、行動や言動は徹底して部下を労う良心的で模範的な上司だった。


 ただし成果主義なので無能にはいささか厳しくなる傾向があるが。逆に言えば加藤のように成果を出していれば正当に評価してしっかり報酬をくれる人物でもあった。


「こちらトカチとサガの名物です。急だったのであまり吟味していないのはご容赦を」


「はははっ、後でコーヒーとでも頂きましょう――――サガは言わずともあれですが、トカチの方の印象どうでした?」


 手渡された土産の都市銘菓に上司は素直に顔を綻ばせる。課の者しか知らないが、これで結構な甘党なのだ。


 普段の彼の笑みは凶顔と言って差し支えないが、サガ銘菓の和洋菓子を見るその顔はいつもより少しだけ嬉しそうだった。


の議員を中心として急速に組織を再構築し、思いの外スムーズに派閥固めが出来ている印象です」


 大日本の暫定総理大臣を伴ったトカチの一団が実力行使に出たブリテンにすり寄った揚げ句に人質にされ、最後は転落死させられたその末路は一口で言って『間抜け』。


 ルールや道徳という話ではなく、一国の指導者として判断が甘く迂闊だ。


 時に指導者とは国を存続させるためには世界に批判される犯罪行為さえ辞さないもの。それが国の行く末を導く者の、多くの民の命と財産を預かる者の務めだ。


 人とて獣の一種。お行儀よくなりふり構っていたら腕力のある大国に、あるいは狡い小国にさえ食い殺されてしまう。


 指導者には強さとしたたかさが必要だ。


『それがルールだから』と唯々諾々と大国の決めた不平等な取り決めに従うだけの者では民は不安になるし、まして相手の危険性や時勢を読めずにあっさり殺されている間抜けではそれこそ支持できないのである。


 もちろんそんな指導者を推した党もだ。


 以前であればそれでものらりくらりと都市民を誤魔化して存続していったかもしれない。だがこの島国の情勢はもはや彼らのような古い政治の手を離れている。


 若く美しき指導者、サイタマ大統領ラング・フロイトの登場によって。


「神輿だった暫定総理大臣が死んだ経緯がトカチに広まるにつれ、あの大臣を押していた党の影響力を排除する企業が続出したようで」


「対比として同行していた老婆の株が上がりましたか……いや、老婆という言い方は失礼ですかね。彼女の行動は立派なものです。自分の命が掛かっている場面で本当に身を顧みない決断をしたのですから」


 ハワイでの惨事で唯一株をあげたその老議員はフロイト政権に肯定的で、極めて早い段階で大日本に反旗を翻しサイタマへの賛同の意志を示した。これに倣って多くの支持者が老婆を中心とした新党の支援に流れている。


 これは老婆が政治家として有能だからというだけではなく、他に反対意見を唱えられるほどの強い対抗馬がいないのも大きいだろう。


 つまり企業からも都市民からも、彼女と敵対する党と議員たちは本格的に見限られたのだ。


 もちろん一族経営の大企業や地元に根付いたコミュニティなど、昔からの組織票を確保する畑はまだトカチの大日本残党たちにも残っているだろう。


 だが加藤は現地に行ったとき、なんとなくそれも瓦解する印象を受けていた。


 フロイト大統領だけならまだそうではなかったろう。長年国に巣くってきた狸たちが簡単に絞め殺されるわけもない。


 だがしかし、そのフロイトはとてつもなく切れる剣を持っている。


 それもただ切れるのではない。清浄なるひと振りで魔を打ち払う、斬魔の剣。


 ハワイで起きた事件にも、サガで起きたクーデターにも。白く煌めく剣は振るわれた。


 あの天の日輪の如く輝く少女がフロイトを見限らない限り、トカチもハワイもサイタマに賛同を続けるだろう。そしてサガも。


「同じくサガで天野女史とも話しましたが、信用できそうな御仁を見つけました。生憎と政治家ではないのですが……それでも影響力はかなりのものです。サイタマとのパイプ役になってくれるかと」


 仕事がら天野和美と加藤は以前から顔見知りではあったが、今回の事で話し込むうちに仲良くなった。

 そのため彼女やその背後にいるフロイトの活動がうまく行きそうなのは個人的に嬉しく、ついそんな言葉を漏らしてしまう。


 今やフロイト政権の立場は揺るぎない。そしてそのほうが加藤たちS課にとっても仕事が楽になるだろう。


 加藤に限らずS課のメンバーたちは大日本時代に政治たちに事あるごとに仕事に干渉されて、内心ウンザリしたものだった。


 それでもこの国のS課がS対策チームとして正常に機能していたのは、彼らに媚びることなく戦い続けたこの爬虫類顔の上司の功績であろう。


 だからこそ加藤たちは釣鐘つりがねを尊敬し、同時にここまで悪辣な国の矢面に立たされてきた彼の負担が減っていく流れを歓迎していた。


 しかしその考えにわずかに眉を寄せた釣鐘つりがねは、立場を超えて浮ついてしまっている加藤に釘を刺す。


「加藤君。我々はS関連の案件を手掛ける一部署でしかありません。こちらの縄張りと被らないなら政治に干渉してはいけません」


「す、すみません」


 S課が国際的に通用する強権を持つのは国を超えてS犯罪から人と土地を守るため。国や立場を超え、人類には強力すぎるこの力を偏った思想の団体・個人の欲望から遠ざけるため。


 そんな初歩的な心構えを注意された加藤は恥ずかしくなる。これでは研修生時代に逆戻りだと。


「まあケースバイケースですけどね。私も早々にフロイト政権側についたのは過分に個人の好き嫌いがあります。民主とは名ばかりで銀河に汚染され切った大日本の政治家たちより、独裁者でもあの赤毛のほうがマシかなと」


 委縮した部下を見て哀れに思ったのか、釣鐘つりがねは軽い口調でフォローを入れてくれた。


「今のところ思想弾圧などはしないようですが、フロイト大統領は今後どうするつもりでしょう?」


「当面は微調整をしながら現行政策をなぞるつもりに見えますね。なんであれ、こちらにいらぬ忖度を求めない限り資本主義でも社会主義でも構いませんよ」


 そう締めるとすでに報告を終えている加藤に対し、今日は事務仕事だけをして終わる様に命じて上司は別の現場に出向いていった。


「……上司に率先して休んで頂かないと休み辛いんですけど」


 部下には休めと言いつつ自分は現場を飛び回るっている釣鐘つりがねという上司。だからこそ尊敬している面があるとはいえ、やはり少しは休んでほしいというのが加藤たち部下の本音であった。


 ――――しかして数分後。加藤を含む部下たちは、蛇の頭を持つ邪神のような恐ろしい形相をした釣鐘つりがねから通信を受けることになる。


<緊急連絡! シェルターへ! 制圧した棄民の集落がアウト・レリックの戦闘員に襲撃を受けました。これをS案件として我々も動きます>


 続いて端末に送られてきた情報に加藤たちS課全員の顔色が変わる。しかし訓練された職員たちは困惑の中でも命令された通りにシェルターへと向かっていた。


「すでに核ミサイルの発射体勢!? も、目標は――――」


 端末から流れてくるのはアウト・レリック名義の世界中に向けた『核ミサイル発射宣言』。


 だが宣言されている予定目標地点に加藤は困惑した。


 そこはトカチのさらに向こう。かつて連邦と呼ばれた国家に占拠された島々であったから。


 連邦という国家が大陸ごと完全に破壊されて以後、かの島々もまた人が住まなくなって久しい。なぜそんな人も都市も無い場所を目標に選ぶのか?


<すでに発射のカウントダウンです。サイタマの上空を飛翔するコースですので、万が一を考えシェルターに避難を>


 棄民集落から押収したミサイルサイロについては加藤も情報を共有している。あんな骨董品を撃ち上げて、はたして予定通りの地点に飛ぶかどうか。


 どこかの国がひっきりなしに撃ちあげては失敗し、それでも成功したと国内外に叫んでいた時代でもあるまいし。


「何がしたいの、あのピエロ!」


 走りながらも思わず愚痴った加藤の言葉は、まさしく同僚たちの代弁であった。


 世界中に発信されたミサイル発射予定まで、カウント7分22秒。








 咳きこんだことで目を覚ました女装王子を連れて艦橋ブリッジに戻り、アックスギアーに備わった通信機を試す。金庫の目盛りみたいなやつをクルクル回して周波数を合わせる古臭いやつだ。


(実際のところこんな電波無線で届くもんなのかね? シャトルが来るのは別空間からだろ)


 行きのシャトルと同じく帰還シャトルも『ゲート』から現れる。別空間から飛んでくる何かにこっちの世界で使う電波なんて受信できんのか?


《こないよりええやん。受信する側が色々な連絡報を拾えるようにしているんでショ。電波だけじゃなくモールス信号とか手旗信号とか狼煙とか。変わり種だと満月にコウモリの影を映したりとかでも来るかも》


(狼煙……それも大概だが、最後は金持ちの道楽ヒーローがコウモリ型の飛行機で飛んできそうだなぁ)


 雑音こそ酷いがこっちの発信に対してのシャトルのコールサインは問題なく受け取れた。これで5分ほど待てば乗っているロボットが乗れるサイズのシャトルが飛んでくるはずだ。


 後は敵が来ないのを祈りつつ、アックスこいつを飛ばしてシャトルに乗せるだけ。


 ただしジャンプの加減を間違えると低すぎて乗れなかったり、逆に高いと今のアックスの上体ではシャトルに接地した拍子に足が壊れかねない。失敗したらたまんねえな。


 基地の降下地点も考えないといけないだろう。なんせ120メートル級の大型機だ。変なところに降りると片付けるのが大変になる。


「(女装、っと。)ラビ、寝てていいぞ」


「せめて周囲警戒くらいはするよ。むせたら目が覚めたしね」


 砲台で伸びてそれっきりだった女装王子だったが、劣化したガソリンの排気を吸って盛大にせき込んだのが気つけになったようだ。まあ緊急時の空元気だからあまりもたんだろうが。


(そういやこの場合どっちの基地に出るんだろうな? サイタマ基地かダブリン基地か)


《わがんにゃい。でもダブリンに出たら向こうのSSが何かちょっかいかけて来るかもナ》


(暗殺され掛かった女装王子の権力なんざ当てにならんだろうしなぁ。まあガキに頼るのも情けねえし、自分でなんとかするか)


《シャトル出現の予兆。空間の開口を確認》


「来たか。ラビ、索敵はもういい。どっかに掴まってろ」


「えっ? ……あ! ゲート! ゲートだぁ!」


 うるせえなぁ、気持ちは分かるからいいけどよ。2週間の間に夢にまで見た帰るチャンスだ。そりゃテンションも上がるだろう。


「エンジン吹かすぞ」


《ジャンプ用ぉぉぉ意。カウント10から》


 浮かれる女装王子を無視してエンジン出力を上げる。アックスギアーが馬鹿みたいな騒音を立てて跳躍のためのエネルギーを蓄積していく。


《――――3、2、1》


「GO!」


「これで帰れ、ぐえっ!」


 大地の赤と空の青。荒野を包み込む大空に向かって再び巨人が飛ぶ。


 見下ろす赤茶けた大地には泥臭い交戦の跡。いくつものスクラップから漏れた燃料が燃えあがり、もうもうと上がる黒い煙。


 その中でひと際大きい煙の下には、討ち取ったもうひとりの巨人の亡骸が無言で横たわっている。


 ……遠く空からかすかに見えた大地の溝。角度が悪くてオレと共に戦ってくれた緑の巨人の姿は見えなかった。 


 すまねえな、ギャリー。懲りずにプリマテリアルになって戻ってこいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る