第113話 福音か? 破滅のラッパか? 神殺しの槍を夢見る者たち

<放送中>


 待ち合わせの場所に一向に現れない大石大五郎に気を揉みつつ、重なる精神的な疲労から積極的な連絡を取らずにいた先町テルミ。


 彼女が大五郎の端末から受けたのは、彼が負傷しているため04基地の治療室に運んだという、他人事のようなメッセージだった。


 端末自体はアドレスから大五郎の物らしいが、その文章の最後には送信者として『玉鍵たま』の名が記されており、テルミはやや混乱しながらも基地へと急行した。


「大さん!」


 テルミにとっても馴染みのある04基地の治療室の待合室には、ちょうど治療を終えたらしい大五郎が頭に包帯を巻いた姿で座っていた。


 そしてその周りには、つい先ほど学園で会っていた面子。


 どういう経緯か分からないが、彼女たちのほとんどはしょうがなく付き合っている感じで大五郎の近くにいた。


 目つきのややキツいツインテールの才女は、テルミを一瞥すると不貞腐れたような顔でマズそうに飲み物を飲んでいる。


 だらしない格好の2年生は端末を弄る手を休めると、テルミを興味があるのか無いのか微妙なラインで見てきた。


 メガネとショートボブの1年は、やっと怪我人のお守りから解放されるとでも言いたげな顔でほっとしている。


 ただその中にあって、たったひとり親身な眼差しで怪我人に寄り添う少女の姿もあった。


「……テルミしゃん」


 テルミの声に顔を上げた大五郎は、ここ数日の張り詰めた感情からくる険しい顔から、まるで憑き物が落ちたように元のおおらかな顔立ちに戻っていた。


 赤黒い顔で怒り狂う年上の男から、テルミが頼りにしている縁の下の力持ち。心優しい大石大五郎に。


「迷惑かけましたかけもした、すまん」


 彼は気が付いたのだ。自らの拘りから先町テルミを辛い場に限度を超えて引き廻してしまったことに。

 ほかの二人が捕まらない事に苛立ちを覚え、無意識にテルミを彼の謝罪巡りへ組み込んでしまったことに。


 きっと辛かったのは彼とて同じだろう。しかし、優しい自分を取り戻した大五郎は、まずテルミをおもんばかって謝った。


 幸い怪我は見た目より軽傷で、さらに大五郎の超能力である治癒ヒーリングもあって大事は無いと聞くと、テルミはその場に静かにへたり込んだ。


 そしてこれまで耐えてきた自分の中の重たい何かに、ピシリとヒビが入り砕けたのを感じると、小さく嗚咽を漏らして泣いた。







<放送中>


 気持ちが少し落ち着き、玉鍵の手で待合室の椅子に座らされたテルミは事の経緯を聞かされた。


 彼が負傷したその理由に、いくらなんでもあんまりな対応だと、遺族相手とはいえ暗い怒りを感じてしまう。


「1人で行くなんて。そんなに私、頼りない?」


 また大五郎が気を遣ってくれたと理解しつつも、その無茶を少しだけ彼に抗議した。


 確かにテルミは弱り切っていたし、大五郎がこんな目に遭うような敵意をぶつけられたら、自分では耐えられなかったとは思う。


 しかし、二人であればされるがままにはならずに場を治める方法を模索しただろうし、相手もここまでしなかったかもしれない。


 抵抗しない大五郎だったからこそエスカレートしてしまったのかもしれない、テルミはついそう思ってしまったのだ。


 世の中には下手に出る相手こそ、とことん痛めつける人間もいる。それが身内の死で狂っていたからだとしても、テルミだったらそこまでされては耐えられない。もし運悪く出会ってしまったなら、大五郎を引き摺ってでも逃げただろう。


 もちろん批難する気持ちより、怒り狂っていても自分を気遣ってくれた彼への感謝の気持ちのほうが大きい。だからこその不満でもある。


 結局、大五郎はチームに頼るのを諦め、たったひとりで何とかしようとしたのだ。


 それはテルミにとって、残りの情けない二人と同類に思われたようにも感じた。


 責任から逃げる、反省の無い、弱い人間に思われたと。


 ……けれど、それは客観的に見てどうしようもなく事実で。だから先町テルミという少女は、約束の場所に現れなかった大五郎の行先をあえて調べなかったのだ。


 端末という連絡を取れる手段を持ちながら、自分からは取ろうとしなかった。


 ――――それは心のどこかで、この辛い謝罪行脚が勝手に終わってくれないかと思っていたから。


 突きつけられた本心に羞恥心を感じて、発作的に大五郎を批難してしまったテルミは途中で後悔した。


 これでは罪を突き付けられたときの蟹沢ユージと同じではないかと。完全な逆ギレだと。


「っ……ごめんなさい。わたし、大さんを責める資格なんてないのに」


「ええんじゃ、おいもどうかしてたき。付き合わせてすまんかった」


 ギクシャクしていた二人の間に、やっと暖かい空気が流れる。それまで粉々になってしまっていた『仲間』の空気が戻ってきたと感じて、テルミはさっきとは別の涙が出てしまった。


「タマ、もう心配いらなさそうよ。この辺でいいでしょ?」


 だから帰りましょうよぉー。そんな才女のイメージとかけ離れた甘えた声を出したのはアスカ。


 背後から玉鍵の頭にのし掛かるフロイトの秘蔵っ子に、思わずテルミの涙が引っ込んだ。


「ちょっと遅れたけど訓練時間は十分ある。玉鍵さん、見てくれるだけでいいから少しだけ付き合ってくれない?」


 メガネの1年、学業成績優秀者として中等部では有名なベルフラウという少女が指でメガネを持ち上げ、スッと立ち上がる。


 おそらく彼女はこの中でテルミたちの事に一番興味が無いと、超能力でなく一般的な感覚としてテルミは直感した。


「えー? さすがに悪いよ。玉鍵さん昨日まで寝込んでたんだから」


 その露骨な態度を無言で諫めるようにしつつも、ペアを組んでいるミズキという少女も席を立った。


 この面子に囲まれてはどうにも印象が薄くなる少女だが、学年違いでもパイロットとして名前くらいは聞く1年生である。


 玉鍵とフロイトの天才コンビの戦果の前では目立たないが、ベルフラウとミズキは元エースパイロットである訓練教官の天野和美の弟子。

 その薫陶を受けた腕前は確かであり、先の戦いでも10メートル級の機体で危なげなく40メートル級を倒している。


 さらに言えばあの現場で秘匿基地を見つけたのもこの二人であり、ジャリンガーチームの勇み足から混戦となった戦場からいち早く退避して、隕石を背後に背負うことを最初に提案したのもこのコンビだった。


 その戦術眼とパイロットとしての技能、いずれもテルミから見て確かな資質を感じる2人。


 もし玉鍵たちと生まれる時代がズレていれば、あるいはこの2人がエースと呼ばれていたかもしれないと思うくらいに。


「今日から軽く流すつもりだったから、いい」


 頭に乗せられたアスカのアゴを片手で持ち上げ、ベルフラウにそう快く答えたのは玉鍵である。彼女は大五郎とテルミに目礼をしたあと、スカートを押さえて静かに立ち上がる。


(この子、ホントに何もかもがきれい……お人形、ううん。人形さえ目じゃない)


 とても自然に生まれたとは思えない恐ろしいほどの美形でありながら、造形美のような不自然な美形でもない整った顔立ち。それだけでなく、まるで体のパーツひとつひとつが特注品のような少女だとテルミは思った。


 磁器のような白い指の一本だけでも、ずっと眺め続けていられるような美術品。意識しないと勝手に視線を吸い込まれるような、魂に訴える魅力がある。


 けれどそれらは女の魅力ともまた違っていて、同性なのにその整い過ぎたルックスに女としての嫉妬や嫌味を感じさせない。


 小柄で起伏に乏しい、生々しいを感じさせない幼い体形のせいだろうかと、テルミは内心で首を捻った。


「それじゃ」


 なんとも形容しがたい超然とした雰囲気を持っている少女、玉鍵たま。


 けれど年相応に少しだけスカートを気にした仕草は、それまで別次元の存在のように思えたこの少女を、テルミに意外なほど親しみやすく感じさせた。


「た、玉鍵さん。みなさん、ありがとう」


 そのせいだろうか、つい玉鍵だけの名前を呼んでしまい慌てて『みなさん』と付けてテルミは頭を下げた。


 やや敵意がある他の者に比べ、玉鍵はテルミと大五郎にまるで敵意を持っていない事も大きいだろう。


ありがとうありがとうございましたもした……その、あれは忘れてくださいくんなし


 大五郎がことさら顔を赤くして言った『あれ』というものにテルミは興味が湧いたが、ひとまず彼女たちの時間をこれ以上割くのは忍びないと後で聞くことにした。


「わかった」


 軽く手をあげて大五郎に答えた玉鍵がドアに向けて歩き出す。それに伴って他の少女たちも続く。その動きはこのメンバーにおいて誰が中心かを物語っていた。


 フロイトがまるで子供のように玉鍵に纏わりつき、その周りをベルフラウとその相棒が固める。


「んじゃ、お大事にー」


 最後に玉鍵たまとAT戦でまともに戦えたことで名を挙げた、春日部つみきというテルミと同じ2年生が手を小さくヒラヒラと振って、玉鍵たちの後ろに続く。


 何人かの生徒に『織姫から玉鍵に鞍替えした』と陰口を叩かれている彼女だが、少なくともあの戦いを観戦したテルミはゴマすりしか能のない女には思えなかった。


「やっと来たか、こっちだ」


 しかし、ドアを抜けてきれいに立ち去るはずだった彼女たちの前に、のそりとした動きで黄ばんだ白衣を着た酒臭い男が立ちはだかった。


 突然に現れた男に面食らっている少女たちに構わず、男は年季の入ったデコボコのスキットルを持っていないほうの手でついてくるよう促す。


 皮脂油の浮く伸び放題の髪に手を突っ込み、頭皮をボリボリと掻く中年男。彼こそ04基地の長官にしてジャリンガー4の開発者、『水瓶元蔵』であった。








「早く来い。実験することは多いんだ」


(誰だ? このおっさん)


 不精髭にダルマみてえな三段腹。白衣が似合わないったらねえな。


 ーか、全体的に白衣が黄ばんでるぞ。まともにクリーニングに出さないでウン年目、みたいな色合いだ。もしかして半年そこら洗ってないんじゃないか? 臭うぞ。


《えーと、この基地の責任者だナ。ここに格納されてるロボットは全部このおっさんが設計したみたい。名前は水瓶元蔵》


(ほーん。ジャリンガーとか結構優秀みたいだし、技術者としては一端のおっさんなんかねぇ。底辺層よりマシとはいえ、あれを思い出す感じに臭くて汚ねえが……うへぇ、掻いた頭からフケが飛び散ってんぞ)


 酒と酸化した皮脂油、それと垢の臭いが酷い。浮浪者か何かかよ。


 たまにいるんだよなぁ、こういうどんなに不潔でも全然平気ってやつ。テメエは平気でも周りは平気じゃねぇってことを理解できないのかよ、前世が犬のクソだったんじゃねえの?


「おいっ、聞いてるのか」


(ぐえっ、気持ち悪っ)


 オレの肩あたりを掴もうと伸ばしてきた手。その爪に黒い垢が溜まっているのが見えて思わず逃げる。


 ヤベえ、ガチで気持ち悪い。こいつ絶対トイレに行っても手を洗わないし、何かというとボリボリとキ〇タマとか掻いてるタイプだろ。ブン殴るためでも触りたくねえ。


「ちょっと! あんた誰よ! この変態オヤジ!」


 とっさに横を抜けたアスカが、なおもオレに手を伸ばそうとした汚っさんの三段腹に、ドスッと遠慮の無い前蹴りを入れて庇ってくれる。


 な、なるほど。正直蹴っとばすことさえしたくないが、靴の裏ならギリ蹴っても許せるか。それさえ可能な限りやりたくないけどよ。


 これも女の体になった影響か? さっきから生きのいい油虫に素手で触れって言われてる気分だぜ。絶対ぜってー嫌だ。


 しかし、いかんせん体重負けだ。目算90キロはありそうなメタボ汚っさんは怯みこそしたものの、その場を一歩も下がることはなかった。逆に蹴ったアスカのほうが押される形でたたらを踏む。


「うひぃ!? 足にブヨって言った! ブヨって言った! キモイキモイキモイッ」


《アスカちん、ご愁傷様デス》


 勢いで蹴ったはいいが、脂肪をためこんだ汚っさんの腹の感触に鳥肌を立てて下がってくる。うん、今のオレならスゲーキツいと分かるぜ、頑張ってくれたなアスカちゃんよ。ありがとよ。


「何をするか! 女狐の姪、おまえなんぞ玉鍵こっちのついでだ、後にしろ!」


 懲りずに伸びてくるメタボの手。それを見るだけでプツプツと出てくる鳥肌はアスカに負けてねえくらいだ。けど、アスカがやってくれたんだから今度はオレの番だよなぁ……。


 脇に避けて汚っさんの膝関節を横から押すように蹴る。


 デ〇の弱点は膝だ。というか肌の見える部分には靴越しでも直接触れたくない。それでも一応、まだ事情がよくわからんから骨折はしない程度にしてやるよ。


「うごあっ!?」


 その場で派手に転倒した汚っさんから、アスカたちと一緒に後ろに下がる。


 敵ならそのまま顔面を蹴って喉を踏むんだがなぁ。でも、できればこの汚っさんは鉄パイプあたりで間接的にトドメを刺したい。直蹴りは嫌だ、せっかく訓練ねーちゃんが買ってくれたローファーが腐る。


「み、水瓶博士っ」


 突然の汚っさんの登場に戦々恐々としているオレたちの後ろで、こっちを見たままボーッと座っていた元町と力士くんが再起動してやってきた。

 この水虫博士とやらがおまえら知り合いなら、ぜひそっちで事情を聴いてくれや。オレはこのメタボ汚っさんの息の掛かる場所にいたくねえよ。


「なんなんスか? そのオジサン」


(スゲエ……春日部は家の接客業手伝ってるだけに、こういう汚っさんにも耐性があるっぽいな。今ちょっと尊敬したわ)


《一方ベルちゃんたちは完全に面食らってるもんネ》


 いや、無理ないと思うぞ。一般常識のなさそうな小汚い中年オヤジとか、女なら誰だって近づきたくないだろ。中身が男のオレまでゾワゾワくるわ。なんか恐ぇーよ。


「こっ、このっ! さっきから何だ!? 黙ってついてこんか!」


「水瓶博士、やめてくんしゃい。この子こん子たちに何する気じゃ」


 おぉ、力士くんがオレらの前に立ってくれた。そこそこ怪我してんのにおまえ男だなぁ――――えーと、名前なんだっけ? とにかく助かるぜ力士くん。


「だから実験と言ってるだろうが! 超能力者判定の! そのために来たんだろうが!」


 はぁ? ……一応、アスカたちを見回すが、全員が首を横に振った。うん、オレもだ。なんの話だよ。


 ――――確かリスタートのとき振ったオレの性能・・を決めるダイス判定では、『超能力』とかの特殊な能力は一切当たらなかったはずだ。


 今回のオレは『特殊能力の無いパラメーターお化け』って感じの、レベルを上げて物理で殴れを地で行くキャラクターだからな。


 チッ、あんとき肉体判定でファンブルが出なければ男のままだったのによ。体が野郎ならこんな汚っさんでも遠慮なく蹴れたんだが。


 ……うん、たぶん男のままでもこいつを素手は嫌な気がする。触ったらイ○キンうつされそうだもんよ。


「知らん、怪我人を連れてきただけだ」


 仮にそんな能力があったとしても、この不潔すぎる汚っさんに検査とはいえ体を弄繰り回されるのはゴメンだぜ。


 というか男の力士くんはまだしも、坂町はよく平気だなオイ。


「そんなはずはない! いいから来んか! っ、貴様、離せ!」


 おおおおっ、マジでありがてえ。立ち上がろうとしたメタボを力士くんが押さえ込んでくれてる。


 体重だけは汚っさんが勝ってそうだが、鍛えてる中坊と成人病〇ブでは体力差は歴然のようだ。顔真っ赤にして暴れようとしてるが動けてねえ。


「すまん、博士はおいが何とかするからすっで行ってくれ行ってくんろ


「玉鍵さん、これ以上面倒にならないうちに行こう?」


 そう促してオレの手を引き、力士くんの横を抜ける花代。他の面子も同感のようだ。


《ほーら、やっぱり災難だったでしょ。あんまり変なに関わっちゃダメだよ低ちゃん》


(男を強調すんな。けどよ、ここまでやったんだ――――もうひとつくらいお節介しとくぜっ)


 さっきから汚っさんが力士くんともみ合っていても、絶対に離さない平たい水筒。その底面をトーキックで蹴り飛ばす。


「あああっ!?」


 油でベタついてそうな手からポーンと廊下を飛んで行った水筒は、待合室からかなり遠くの壁に当たって落ち、そのままカラカラと床を滑っていく。


「酒! 儂の酒!」


 やっぱ中身は酒かよ。汚っさんはさっきまでの高圧的な態度が一変して狼狽すると、驚くほどの力で力士くんを振りほどいてドタドタと水筒のほうに走っていく。


「(酔っ払いが……、)行くぞ、怪我人があんなヤツの相手をするもんじゃない。もちろん、女はなおさらだ」


「た、玉鍵しゃん……」


 さあ、あのメタボ野郎が戻ってくる前に全員で退散だ。懲りずに来たらもう一度酒瓶を蹴り飛ばしてやる。








<放送中>


 サイタマ06基地は便宜上において基地という名称を付けられているが、実情は他の基地や一般層の荷物を一時的に置いて整理するための、一種の物資集積場のような役割が強い施設である。


 では、なぜわざわざ『基地』の体裁を保っているのかといえば、それは『基地』であることに何よりも重要な意味があるからだ。


 それは今この惑星に設けられているルールのひとつ。『Sワールドに関する技術はSワールドでしか機能しない』という現象に起因する。


 もしこの現象が文言通りであったなら、現在人類が運用しているスーパーロボットは地球側では何ひとつ機能していないはずである。


 ここは地球という人間が閉じ込められている太陽系の1惑星であり、Sワールドではないのだから。


 しかし、当然のようにこの地球で建造されたスーパーロボットは動き、建造に使われる未知の技術を用いたロボット用の設備も問題なく動作する。


 それはなぜか?


 人類をこの惑星に閉じ込めた『Fever!!』によって『対Sワールドのために建造されたロボットや基地は、Sワールドに紐づけられる』からである―――――と、学者たちは推測している。


 小難しい学者の言葉を用いずとも一般的な推測として、人類が己の科学力を超えるスーパーロボットという超兵器を運用するためには、こちらの世界にもSワールドの影響が必要不可欠であるとは誰にでも理解できるだろう。


 人知を超えた驚異的な技術とエネルギーを扱うことを許される存在、それが基地とスーパーロボット。


 ただ中にはそれに類するアイテムも機能するものがある。例えば拳銃サイズでありながら一発で岩をもコナゴナに爆発させる、パイロット用の光線銃などが代表格だろう。


 ……なお、なぜ光線を使って切断でも溶解でもなく、爆発なのかを検証することはおそらく無意味である。人類は『そういうもの』として受け入れるしかない。


 理不尽で、非科学的で、ありえない現象を起こせる未知の技術。それが『Sワールドの技術』なのだから。


 ―――そしてそれらSにまつわる技術は一部の例外を除き、基地の外に持ち出すことは国際法によって固く禁じられている。その量刑は年齢を問わず即座に底辺落ちとなるほど重い。


 あるいは、その場での射殺さえ国際法は許可していた。


「運び出せ」


 目当てのコンテナを発見した男は口元のマイクに向けて言葉少なに、しかし冷徹な面持ちで部下たちへ指示を飛ばす。


 この場で誤魔化せる人間と時間は限られており、どれだけ秘密裏に運び出せても数時間後には発覚するだろう。


 誰の活動かの痕跡は可能な限り消す手筈となっているが、忌々しい『F』がどこまで干渉してくるかによっては何もかも無意味となる。


 人類の崇高なる目的のために必要な活動を、気紛れに打ち壊してくる意思のある大災害、『F』。


 自分たちは絶対の主人の元に正しく人類を導くため活動しているというのに、それを理不尽に『F』によって阻まれている事を、彼は常に嘆いていた。


(……だが! これがあれば我々の主人こそ唯一無二の頂点となり、正しく人類を導けるだろう)


 ついに探し出したコンテナの中身は、どのような物質でも生成する神の器。


 あるいは『F』にも通じる兵器を生み出せるかもしれないと、彼の主人は説いていた。


(人が神を殺すのは必然。ならば神でさえない存在を、人類が倒せないわけはないのだ)


 コンテナを積み込んだトレーラーは軍用の中でも秘密作戦用に改造を施された特別製。目立つことこの上ないものの、これが基地を出てしまえば、後はたとえ戦車であろうと止めることは不可能である。


 そして積み込み作業が終わるや、男はマイクを指で叩いてひとつの合図を送る。


 それはこの活動に携わった者の中で、秘密を知ることを認められない切り捨て予定の人材を抹消するよう命じる合図。


 これを聞いた事前に選定されていた数名の有能な部下たちは、ただちについさっきまで仲間であった者たちを殺していく。なんの躊躇いも無く。


 やがて『十数分の間だけ発覚しなければいい』程度に現場を処理した部下たちは、トレーラーを運転する者以外それぞれが用意した護衛用の車両に乗り込んでいく。


 そして最後に彼もまた、トレーラーの助手席に乗り込んだ。


「行くぞ―――人類のために」


 人類のために。崇高なる組織の理念を復唱した彼の部下たちに、一切の憂いはなかった。


 すべての国と人種を超え、たったひとりの永遠に生き続ける指導者の下に集結した、真の人類種を導くための組織。


 その名は『銀河帝国』。


 いつか宇宙を人類の手に取り戻すという願いを込めて。

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