第111話 犬を眺めて
出撃から2日。ぼちぼち登校することを告げたらアスカにスゲー止められた。
確かにまだちょいとフラフラだ。けど一番困ってた頭痛は治まったし、最後に放ったキックの衝撃で受けた内臓へのダメージも、まあまあおおむねだいたいそこそこ回復している。
……人間7分通り戻ったならもう9分通りと一緒だ、平気平気。正直さ、部屋だとなんもやることなくて暇なんだよ。家事しようとすると止められるしよ。
スーツちゃん曰く、オレの体は元の状態に戻ろうとする復元力に長けるみたいだし、あとはおいおい回復するだろう。こいつのおかげで鍛えても意味がないところも多いから一長一短だがな。
「ちょっとでもフラついたら、すぐCARSに叩き込んで病院だからね」
へいへい。そんな睨まんでも戦闘以外で無理するタイプじゃねーよ。
適度なエアコンの効いたCARSの後部座席は快適そのものだ。なんせこのナンバー14のCARSは、そこらの高級車よりよっぽど質が良いからな。
失われた技術を歯抜けで復元して作ってる今の車両と違って、過去の科学技術全盛期に作られた高品質部品を豊富に使ってるらしい。ロストテクノロジーってやつだな。どっかのSRキラーをブッ倒してやりゃあ、こういった失った技術もいつか出てくるかもしれん。
んー、さすがに全身の疲労というか、体にため込んじまった熱の影響が抜け切ってないな。あれからのぼせたまんまって感じが続いている。この柔らかいシートにずっと沈み込んでいたい気分だぜ。
けど目ざとくこっちを見てくるアスカが横にいる。グッタリしてたら病院に直行されかねん。
《せめてもう1日くらいは寝てればいいのに。勤勉だニャア》
(オレは学校に通うとか、買い食いするとか、そんな日常のために戦ってるんでな。せっかくのご褒美が減ったら嫌なんだよ)
ロボットに乗って戦うのはそのためだ。
最後は操縦席で死にたいのは毎度変わらねえがよ。それは惨めな死に方をしたくないって意味であって、別に戦闘狂ってわけじゃねえ。
戦うために生きてるんじゃない、生きるために戦ってんだ。
もしくは
「CARS、今日は学園の敷地に駐車しておいて。場合によってはこいつを引き摺ってでも病院に連れていくから」
(親指でオレを指すな)
《アスカちんは洋画の女優みたいな恰好つけ方をするナ。何かの映像媒体の影響かニャ?》
(いつか黒歴史になるヤツな。若いねぇ)
<承知いたしました、同乗者様。しかしながら、顧客である玉鍵様の要望が優先されることは予めご了承くださいませ>
「ふん、頭の固いAIね。守る対象が死ぬような要望でも聞くわけ?」
<もちろんCARSはお客様の安全を第一としておりますが、顧客のたってのご要望とあらば、やむを得ない事情として従う場合もございます>
おう。それでいい。高い買い物したのに望んでないことをされたらたまんねえ。
「アスカ」
「何っ? 何かしてほしい?」
(って、おいおい。そんな身を乗り出されてもなぁ)
《飼い主からお呼びが掛かったシェパードやハスキーって感じでカワユイ。ご主人に褒めてほしくて『オレがやるぜ』って真っ先に来るワンコ》
犬か。そういや街で散歩させてんのをチラホラ見るな。さすがエリート層だ。まあ、飼い主が責任持って飼ってるなら何でもいいがよ。
――――初宮たちは生きてっかな。
ゲートを潜って帰ってきたのはエリート層だった。別に期待してたわけじゃねえし、アスカがいたから一般層に出られても困ったけどよ。
今回の『スーパーチャンネル』に初宮たちは映らなかった。単に出撃しなかったのか、クローズアップされなかっただけなのかは分からない。
まあ観たのはニュースでやってた都市版だ。無編集の基地版なら映ってるかもな。
……ヘっ、心配でもしてんのかよ、オレ。そんなお優しい人間じゃねえだろうに。こんな気分になるのも涙もろい女の体になったからかねえ?
「帰りに基地に寄ってくれ。(赤毛、っと)ラング、さんと話がしたい。連絡を頼む」
オレの端末は変わらず一般層のロッカーの中。赤毛ねーちゃん名義で基地から新しい端末を支給されたが、なんか触る気が起きなくて箱に入ったままだった。何かと仮パスのままは不便なのになぁ。
車内から見える晴れた青い空はきれいだ。きっとこの空の下に誰もが自由にいられれば、それが一番いいんだろう。
けど、エリートと一般は住む場所が違う。それがこのドン詰まりの世界で人間がやっていくために決めたルールなんだ。
分かってる、文句は無えよ。なんにもな。
<放送中>
今の学園は創立以来もっとも大きな混沌の中にある。ほんの一週間そこらの間で強固だったはずの生徒間の秩序は崩壊し、学園ヒエラルキーの再構築期間が出来ていた。
その中にあって、周囲から注目を浴びるようになった数名の生徒たちがいる。
彼女たちは周りの生徒たちの事など気にすることなく、とある1年生の座るたったひとつの席に群がっていた。
「もうっ、
机に腰かけて憤怒を露にするのはアスカ・フロイト・敷島。
サイタマを牛耳る2大派閥のひとつ、フロイト派の秘蔵っ子として英才教育を受けた才女であり、かの女傑ラング・フロイトの姪である。
ややキツめながらも整った顔立ちは美しく、普段の彼女は自信に満ちた態度で見る者たちに年齢以上の大人びた印象を与える。
しかし今の彼女はどこか幼く、年相応の子供らしい顔つきで癇癪を起こしているように見えた。
「サイタマ基地で予定していた出撃を残らずキャンセルして、さらにトカギとサガから三段目の出撃枠をすべて借りたんだって。その条件が戦利品の丸渡しみたい」
愚痴に付き合ったのは花代ミズキ。顔付きこそまだ幼いが
交流関係が広く情報通の彼女は、すでに先日の特殊な出撃の内容について一定の情報を得ていた。
そもそもあの出撃で助けられたのも自分たちであることから、現場の生の声を聞きたがった知り合いたちと深夜までお喋りを続けた成果であった。
「幸いというべきか、申し訳ないというべきか。私たちの撃破した相手は個人戦果として認めてもらえたわ……なんなら4等分するけど」
自身のメガネレンズに戦利品報酬として表示された上質の穀物を映してアスカに提示したのは、ベルフラウ・
学年の学業成績優秀者であり、メガネの向こうに見える容姿は何気に整っていて、将来は知的な美形になるであろう片鱗が伺える。
「いらないわよ。初出撃の獲物なんだから胸張って取っておきなさいな……そういや昨日ちゃんと言ってなかったわね。初撃破と生還、おめでと。和美が良いお肉のステーキ奢ってくれるってさ」
おおっ、とつい口に出したミズキにベルフラウがペアを組んだ者としてやや恥ずかしそうにする。
「まあ? 私
アスカの視線は席に座る一人の少女に向けられていて、どこか勝ち誇った顔でベルフラウにそう告げる。
ピキリ、という亀裂が入ったような音が聞こえたのは間違いなくミズキの幻聴である。
しかし、それに類する諍いの空気が確かに漂いだし、ミズキはどちらに声をかけたものかと思って胸の前でオロオロと手を動かした。
「アスカから二人が助けてくれたと聞いた。ありがとう花代、
そこに聞く者の心と耳が浄化されるような清涼な声が響く。
長い髪を少しかき上げてベルフラウの瞳を見返した少女に、見られたメガネ少女の動悸が一気に激しくなる。
「いえ、いいのよ。先に助けてくれたのは玉鍵さんたちなんだし……」
「そそそ、そうだよ。本当にありがっ、うわっ、ととっ」
ベルフラウからミズキへと流れた玉鍵の視線。そこに捉えられたミズキは額へ銃弾を撃ち込まれたように後方に仰け反り、その拍子に背後の椅子に足を引っかけてさらに仰け反ってしまう。
「おぉっと、危ないっスよ」
仰け反ったミズキの頭を片手で止めたのは、春日部つみきであった。
ややクセ毛の髪をサイドテールにし、だらしなく首から下がった青のネクタイや少し胸元をはだけさせた姿は、いわゆるギャルという風体をしていた。
どこか小悪魔のような笑みが似合う彼女もまた整った顔立ちをしており、この空間の容姿平均値の高さに一役買っていた。
「戦利品買い取りはともかく、撃破報酬くらいはくれるんじゃないスかね? さすがにあれだけ頑張ってタダ働きは無いっしょ」
つみきは先日に都市版のスーパーチャンネルを視聴しており、玉鍵とアスカの活躍をそう判断した。
家の手伝いが無ければつみきも基地の休憩所にでも陣取って、基地版のスーパーチャンネルを視聴したのだが、残念ながら家族経営の飲食店というものは身内が最大の労働力なのだ。
「もうね、最後のキックとか完全にハチャメチャSFアニメでしたよ。ドパパパパーンって、敵が問答無用で爆発していくんスから」
スーパーチャンネルの特徴のひとつに、パイロットの活躍が見栄えするカメラワークをすると言う点がある。
それはロボットだけではなく、時にコックピット内のパイロットの映像さえ映し出し、懸命に戦う彼らの姿で視聴者を魅せるのだ。
今回クローズアップされたのは当然ザンバスターの2人のパイロット。玉鍵と敷島ペアである。
味方を助けるために奮戦する二人が、どこまでも絶望に抗おうとするやり取りや、エネルギー枯渇に苦しみながらも決死の覚悟で必殺のキックを放つ映像は、サイタマを始めとした多くの都市で感動を呼んでいた。
あれほどの数の敵を倒し、あれほどの手強い敵を倒し、あれほどの味方を救出したのだ。これで報酬を渋ろうものなら次の救出作戦の参加者と成功確率に響くのは確実である。
死ぬ気で頑張ってもまともな成果が得られないのでは、ただ危険なだけでとてもワリに合わない。それこそ強制的に駆り出せる底辺のパイロットしか動員できなくなってしまう。
「…だといいけどね。仮に払ってくれても数が数だから分割でしょうけど」
敵の艦載機は10メートル級がほとんどだったとはいえ、総数で約1000機。空母からのおかわり200と基地からの増援80を含めば計1280機である。すべてを撃破すれば、もはやその報酬総額は個人資産の額ではない。
しかも80機の増援に至っては50メートル級と40メートル級ばかりの大型部隊。撃破報酬は10メートル級より確実に高額となる。
さらにこれに加えて巨大空母だ。過去に玉鍵が撃破した巨大戦艦クラスの報酬は確実だろう。
ただアスカにとっては高額報酬よりも、前代未聞の大部隊という印象ばかりが強かった。今後はどれだけ報酬が期待できたとしても、あんな数とは2度と戦いたくないというのがアスカの素直な感想である。
「ここ最近のSワールドの戦闘記録、もうメチャクチャなんだよね。ジャイアント・キル更新、最多撃破更新、SRキラー撃破って。しかも2位以下が離れすぎ」
ミズキが指折り数えるレコードは、ひとつだけでも達成すれば周囲から尊敬されるものばかり。
その中でもひと際に数字の変化があったのは、やはり最多撃破であろう。
未曽有の4桁。千の単位がついに刻まれてしまった瞬間であった。
ひとつの都市での1日の平均撃墜数は200に届かないことを考えると、撃破数だけでもたった3時間ほどで3都市の1日の合計の倍以上を稼いだ計算になる。
これに大型サイズの敵機が含まれることや、ほぼ間違いなくSRキラーと思われる巨大空母も撃破。それらを考えれば戦利品報酬を除いても撃破報酬だけで天井知らずの金額になるだろう。
むしろ空母だけでも1都市で即全額となると、エリート層でも支払えるか怪しいくらいだった。
「ザンバスターかぁ……あれで戦えばとんでもなく稼げそう」
「バカ言わないで。乗りこなせるわけないじゃない。それに今回みたいな敵だらけのフィールドでもないと大赤字よ。通常運用できる機体じゃないわ」
ミズキが冗談交じりに羨ましいと軽口を叩くが、ベルフラウはそれに乗らずバッサリと切り捨てた。
なにせザンバスターは3都市の出撃枠を使わないと出撃自体ができない超弩級サイズ。前代未聞の200メートル級である。出撃するにしてもそれに見合う敵がいなければ、支払った出撃枠は丸損となってしまうのだ。
またこれが1都市、サイタマ基地だけで出撃できるなら意思統一も出来なくはないかもしれないが、他の2都市の判断も必要となったら交渉は難航を極めるだろう。
今回ザンバスターが出撃できたのは、女傑ラングの即断即決の交渉能力が大きい。もし少しでも損を回避しようとウダウダ交渉を長引かせていたら、他の都市に相手にされず出撃自体が不可能になっていたかもしれない。
―――建前上、エリート層のパイロットが救援を求めた場合、基地を問わず原則救出する義務がある。
だがこれは引き受ける基地にとって難事だ。失敗してもペナルティは発生しないものの、子供の死は確実に世間の評価を落としてしまう。
それはもはや多方面にビジネスの要となっている基地に依存する、多くの国にとって経済的にも大打撃であった。
しかし下衆な話であるが、もちろん基地が重要視する一番の資産価値は人の命ではなく『プリマテリアル』である。
プリマテリアル。それはSの技術を実現するために必要な賢者の石。
『Fever!!』によって各国に割り振られたその総量は基本的に有限であり、補充できなくはないが価値相応の問題があった。
そのため出来るだけ無駄な
ただし一応、被撃墜でもプリマテリアルは戻ってくる。それでも解体より回収効率が悪いため、基本的にロボットは解体が望ましいとされていた。
―――表向きは。
基地に関わる人間さえほとんどは知らない、ひとつの機密がプリマテリアルには存在する。
この最重要素材には奇妙な特性があり、エリート層・一般層・底辺層で解体や被撃墜時のプリマテリアル回収率が違う。
もっとも回収率が低いのがエリート層で、逆にもっとも多く回収できるのが底辺層となっていた。
特に底辺層の場合、被撃墜のほうが『解体』より多く回収できることが多いという結果報告があったため、国は底辺層の被撃墜を秘密裏に画策しているくらいである。
―――どうせ他に失うのは、間引く予定の命なのだから。
「あの機体は乗れる人も状況も、相当限られるわよ」
さすが眼鏡キャラ。
《強くてカッコイイのは間違いないのにナ。ままならんのう》
(出張るにしても基地が相手かSRキラーかのどっちかだな。はっきり言って前者でも赤字になりかねんし、後者は大赤字を我慢してガチャるってギャンブルだ。ハイリスク・ローリターン過ぎる)
いくら強くても出撃条件が厳しすぎるわ。貰うもんが減っちまったら
Sワールドに出てくる敵は、別に人類を脅かす侵略者ってわけじゃない。こう言ってはアレだが、『Fever!!』の用意した
要は倒せば資源という景品が貰える命がけのゲームでしかねえんだ。損しないためには注ぎ込む物資と命の量、そして質を吟味する必要がある。
人類がSワールドへ向かうのは、あくまで生きていくために必要な資源をゲームを通じて獲得するためであって、敵の本拠地を叩いて消滅させることじゃねえ。ザンバスターみたいなひたすら戦闘力が高いってだけではダメなんだよな。
そもそも敵の本拠地を潰して困るのは人類だ。資源のおかわりが無くなっちまう。
『Fever!!』によってこの地球に閉じ込められたオレたちは、もうこの星でやりくりして生きていくしかない。
資源が無くなったからと言って、新しい資源を獲得するために宇宙に向かうという手段はもう取れないのだ。
「言っとくけどね、ミズキ。あれを出撃させるってことは相当危ないフィールドってことだからね?」
(確かに巨大空母だろうと完動状態なら物の数じゃなかったな。強すぎだろザンバスター。対抗した敵が出てこなきゃいいんだが)
《フラグ乙》
「(やめれ。)ところで、そろそろ自分の教室に戻ったほうがいいぞ。アスカ、春日部」
おまえ別クラスじゃん。春日部は2年で学年まで違うし。
「くっ、なんで私のクラスに転入してこなかったのよ!」
いや知らねーよ。教師に言え。
「…留年しよっかな」
おい、家族を泣かせんなよギャル。火遊びして泣くのは女ばっかだぞ。
「あの……玉鍵さん、いますか?」
アホ二人に呆れているとき、廊下側からどっかで聞いたような声が聞こえた。
「あの人って……」
「……ジャリンガーの」
青いリボンの女子生徒。そいつはちょっと前にいざこざを起こした中坊どものチームメイトだった。
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