05_ジュラ

「あ~、気持ちわり……」


 準決勝で思いがけない(自爆)ダメージを負ったゴローは、休む間もなく決勝の舞台に送り出された。

 一歩進む度に揺れる操縦席がゴローに追い打ちをかける。

 縦揺れが頭に響くので、摺り足気味で決勝戦に赴くことになった。


「どうやら足を壊したようだな。だが容赦はしないぞ!」


 またも相手から通信が入る。摺り足を脚部の故障と勘違いしたらしい。

 今のゴローにとって、急に耳元で音声が流れるのは頭部への打撃と同義だ。

 内容などまともに頭に入らなかった。


「我ら自警団を侮辱した罪はこの場でもって贖ってもらう! 今この時より俺が執行官だ。謝罪の意思があるなら述べよ。少しは格好のつく負け方を選ばせてやる。もし、万が一、自分の行いに何の罪も、恥も、悔いも感じていないのならば! この俺が必ず貴様に自責の念を抱かせて――」


 通信は機体の外には届かない。

 そして大会運営に、選手の私語を考慮してやる義理は無い。

 故に、試合開始の銅鑼は鳴らされた。


「――において我々自警団が果たしている役割がどれほど高潔で慈悲深いものか! 自警団を貶めた貴様には正しくそれを知る義務があるのだ! 我ら人間は弱者である! だがその中でも牙持つ者と持たざる者が――」


「こいつ……分かっててやってんだろ!!」


 試合が始まったにも拘らず喋り続ける相手にゴローの苛立ちはピークを迎えた。

 またも相手に向かって一直線に突進するゴロー。


「――ワンパターンだな!」


 準決勝でのゴローの振る舞いを見て直情型だと見切った相手は、ゴローが痺れを切らして突っ込んでくるのを誘っていた。

 ゴローの犬闘機が右拳を振り上げるのを見て冷静に反対側へ身を躱す。

 相手も向かってきた準決勝と比べ相対速度が遅い今回は、拳を放っていたら余裕をもって避けられていただろう。


「何ッ!?」


 結果として、拳は放たれなかった。

 ゴローは右拳を前に出す過程で引き絞った左腕を外側へと広げ、同時に左脇へと移動させた副脚を伸ばし、上段と中段を同時にカバーするラリアットで相手を捕らえる。

 が、ゴローは止まらない。

 相手を倒すこと無く、運ぶように走り続ける。


「ッ! 副脚展開!!」


 ゴローの狙いが場外判定であると気付いた相手は副脚で踏み止まろうと展開する。

 しかしその声は、繋がったままの通信によってゴローの耳にも届いていた。


(対応が速い! ならここで!!)


https://kakuyomu.jp/users/mippa/news/16816700428773942110


 展開した副脚が接地する時、一瞬摩擦で跳ね上がるのを見逃さず、タイミングを合わせてゴローも跳ぶ。


「脚が! 届かない!?」


 犬闘機二体分の重量は地面から少し浮く程度の高さまでしか跳ばせなかったが、相手の副脚が踏ん張るのを阻止するのには十分だった。

 そのまま空中で、相手の機体を片腕と片足で場外に向け投げ飛ばす。


「落ちろおおおっ!!」


 投げに移るのが早過ぎたことで飛距離が足りず、相手の手が敷かれた鉄板に届いた。

 指が鉄板に擦れ火花を散らす。


「止まれ! 止まれえっ!!」


 高度が落ちて肘、胸、膝と着地する相手の犬闘機。

 必死に鉄板に縋り付き、機体を減速させる。

 そして舞台の縁から爪先が出たところで、悲鳴のような金属音が止んだ。


「…………! …………っ!」


 通信機が荒い呼吸音を拾う。

 ゴローは投げた姿勢のままうつ伏せに倒れた機体を起こすと、インターバルのうちにエシュカから教わった通信機のスイッチを操作する。


「お喋りの時間は終わりだ」


 そう一言告げると、相手の返答を待たずに音声の送信を切る。

 舞台の中央へ戻るゴローの背後で、相手も立ち上がった。

 二人の闘いは、第二ラウンドへと突入する。


 大会中の犬闘機を応急修理するためのパーツは敗者の機体から拝借する決まりになっている。

 エシュカはドックに運び込まれた機体から壊れ易いとされている箇所のパーツを取り外す作業を行っていた。

 ゴローのことだ。最後だからと無茶をして、優勝賞品をガラクタにしかねない。

 ガワは壊れても、とにかくエシュカ自身が営む修理屋にまで帰ることができればどうとでもなるため、駆動系のパーツを中心に回収する。


(ま、最悪あたしので牽引してもいいんだけど)


 そんなエシュカの姿を物陰から覗く影。


「あいつが『レイダー』の連れだぜ、オヤジ」


「なんだ、人間の女か」


 人間に警戒など不要とばかりに、影の一つが堂々と歩み出る。

 その顔は上半分が鱗に覆われた――地下闘技場のオーナーだった。

 もう一人、同じ種族であろうトカゲ男が後に続く。


「やあ、お嬢さん。探したよ」


「何か用? 今忙しいんだけど」


 エシュカはオーナーを見もせずに作業を続けながら答えた。


「ちっ、無礼な奴だ」


 控えているトカゲ男が聞こえるように呟くが、オーナーがそれを手で制し、話を続ける。


「困るんだよねぇ。ウチの商品を、勝手に持ち出されちゃあさ」


「何の話?」


「とぼけんな! 『レイダー』だ! 一か月前てめぇが逃がしたんだろうが!!」


 相変わらず背を向けたままのエシュカに業を煮やしたトカゲ男が飛び出し、エシュカの首を後ろから鷲掴みにする。


「人間風情がナメやがって! いい加減ツラ見せろや!!」


 トカゲ男は片手でエシュカを軽々と持ち上げると、手首を返し振り返らせる。


「あまりウチの若いのを怒らせないでくれ。人質にすると言っているのに殺して……ん? その顔、どこかで……ああっ!」


 振り向かされたエシュカの顔に、オーナーは見覚えがあった。

 見たのは数年前、まだ幼さが残る頃ではあったが、間違いない。


「なんだオヤジ? 急に」


「降ろせ! 今すぐ! その娘に手を出すな!!」


「!? わ、分かったよ……」


 オーナーの気迫に面食らったトカゲ男は素直にエシュカを解放する。


「まさか。何故こんなところに……」


「オヤジ? どうしたんだ、人間なんかに。一体何者なんだ?」


「この娘は王城仕えの一等貴族、ジュラ家次女――エシュカ・ジュラ!」


「い、一等貴族!? なんでその貴族が中古品のガラクタ漁ってんだよ!?」


「知るか! とにかく今言えるのは、この娘に手を出せば王国軍が動く! それだけだ!」


 『王国軍』の言葉に慌ててエシュカと距離を取るトカゲ男。

 イベルタリア王国軍は三十年前の犬闘機実戦投入以来、外交レベルでの人間の立場を押し上げてきた。

 世界列強に人間を対等な戦力を持つ種であると認めさせたのがイベルタリア王国軍だ。

 今この場でエシュカに危害を加えれば、それほどの軍事力と敵対することになる。


「何故……」


 それでもオーナーは口を開く。

 そもそも、彼らの目的はエシュカではないのだ。


「何故『レイダー』を逃がした?」


 先程はエシュカを守った家柄が、今度はエシュカの邪魔をする。

 公にはしていないが、地下闘技場には他種族だけでなく、貴族街の人間も出入りしている。

 そういった人を見下したがる貴族は権力に貪欲だ。

 もし一等貴族であるエシュカが地下闘技場に出入りしたこと、そしてゴローの脱走を手引きしたことを認めてしまえば、奴等はそれをネタにジュラ家を墜としにかかる。

 いくら王家に次ぐ権力を持つ一等貴族とは言え、多数の貴族に共謀されれば家も、家族の身も無事では済まないだろう。


「『レイダー』ってのはゴローのこと? 残念だけど、彼は奴隷商から買ったの。その前のことは知らないわ」


 故にエシュカの選択は、不干渉。

 明確な証拠がなければ動けないのは相手も同じ。

 この場は知らぬ存ぜぬで通すしか無い。


「いつ?」


「二十日ほど前だったかな。ナガレだったから、店の名前も今どこにいるかも知らないけど」


「……申し訳ないがそれは盗品だ。返してもらう」


「嫌よ。気に入ってるの、アレ」


「仕方ない。では盗み返すまでだ。突入させろ」


「い、いいのか、オヤジ!?」


 手を出さないスタンスをひっくり返したオーナーに、トカゲ男は不安げに聞き返す。


「大丈夫だ。奴隷一匹に軍は動かん。突入させろ!」


 繰り返される指示に、トカゲ男は意を決して搬入口の方へ走りだした。


(流石、腐っても散々貴族の相手をしてきた男。良く分かってる)


「なに、ウラが取れたら返してやるさ」


 その言葉にどれほどの信憑性があるものか。


「話が終わったならさっさと出てって。作業の邪魔」


 何事もなかったかのように作業を再開するエシュカ。

 オーナーは舌打ちをしてドックを出て行った。

 それを確認して、更に数秒後、エシュカは大きく息を吐く。


(これでゴローの所有権については計画通り。でもこのままじゃ犬闘機が……)


 オーナーが言っていた突入とは、試合への乱入だろう。

 そのせいで無効試合にでもなったら犬闘機が手に入らなくなってしまう。


(お願いゴロー。うまく切り抜けて……!)


 エシュカの作業は、取り外したパーツを再び組み込むことに切り替わっていた。

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