04_野良犬は吠える

 エシュカにより修理された機体は快調な動きを見せていた。


「第九試合勝者! ゴロー・イーダ!!」


 貸与される犬闘機には武装は付随しておらず、互いに徒手空拳で闘うことになるため格闘戦に長けた者が試合を有利に進められる。

 その点で地下闘技場十五連勝の実績を持つゴローは早々に二回戦を突破し、今大会の四強に加わった。


「お疲れ。副脚も使えてたし、だいぶ慣れてきたんじゃない?」


「ああ、俺の中で副脚のイメージが固まった。ただ、相手も順応してきてるな」


 犬闘機は脚部に装輪しており、車両としての運用が可能になっている。

 副脚とは後腰部の左右に付けられた展開式の脚部で、倒れそうな時の支えになったり車両形態では後輪として機能するパーツだ。

 これはそもそも犬闘機が開発初期段階では四足獣型だった名残であり、『犬』闘機の名もその頃付けられたものだ。


「あれはなかなかだったわね。でもちゃんとボディで受けてたし、ダメージは殆ど無い筈よ」


 ゴローは先程の試合で相手に足払いを仕掛けたのだが、相手は主脚が払われると咄嗟に副脚を展開して支え、そのまま副脚で跳ねてドロップキックに移行した。頭部を狙ったそれをゴローは飛び退くことで装甲の厚い胸部に当てつつ慣性で衝撃を逃したのだった。


「起動するか?」


「大丈夫、あんたは休んでて。次はきっとシード――自警団だろうし」


「了解。頼んだ」


 ゴローはベンチに横になると目を閉じた。




「これより、準決勝第二試合を行う! 両者速やかにリングに上がれ!」


 目を閉じ大人しくしてこそいたが、内心退屈でたまらなくなっていたゴローは、自身の出番を告げるアナウンスで跳び起きた。


「っしゃ! 行くか!」


「機体は万全。でも優勝は、この試合でどれだけダメージを抑えられるかにかかってる」


「そうか、すぐ決勝だもんな。OK、なら最初から全開だ」


 流れるように機体に搭乗し、犬闘機サイズの巨大な通路を堂々と歩く。

 その先に待っているのは地下闘技場とは比べ物にならない広さの鉄板で組まれた舞台と、比べ物にならない大きさの歓声と、比べ物にならない手強さであろう相手だ。


「来たか。昨日は随分な大口を叩いたようだな」


 すぐ耳元で、ノイズ交じりの声が響く。

 その声は中性的で話し方も硬く、男女の判別が難しい。


「お? なんだ、通信機付いてるのか、これ?」


 ゴローは起動の訓練で手一杯で、犬闘機の機能についてはまるで知らなかった。

 昨日ようやく戦闘で使うからと副脚について教わったところだ。

 しばしの沈黙の後、返事がない理由を悟った相手が再び喋りだした。


「……通信の仕方も知らんのか、未熟者。その程度の理解度では戦闘機動も底が知れるな」


「んだとコラ!?」


「まぁいい。後でエシュカさんに聞いて……いや、そう急ぐこともないか。何せ次必要になるまであと一年もあるのだから」


「んのヤロ! ナメやがって!!」


 感情的になったゴローは操縦桿から手を放し、セーフティバーを上げる。

 相手は何事かと思っただろう。これから対戦せんと対峙する相手の犬闘機が急にその機能を停止したのだから。


「なんだ? おい、どうした?」


 声を掛けるも、機能停止した犬闘機に通信は届かない。

 観客も、大会の進行役も困惑する中コックピットハッチが開き、ゴローが姿を見せた。


「やいコラ! 黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!!」


 ゴローは犬闘機の頭部に上り、相手に指を突き付けながら思い切り叫ぶ。

 通信の仕方が分からないから直接言う。それがゴローの選択だった。


「昨日のこと知ってるってこたぁ、自警団のヒヨッコだな!? 通信おはなしできんのがそんなに偉いか!? ええオイ!!」


「そうきたか……ふふっ、馬鹿な奴」


 相手は操縦桿パーツの外側にあるスイッチを一つ操作すると、機体を運営陣に向けて話しかける。


「試合開始はまだですか?」


 犬闘機の外部スピーカーから、その声は発せられた。

 拡大された声は、その場の全員の耳に届く。

 無論ゴローも例外ではなく、口を開けたまま固まってしまった。

 客席にどっと笑い声が満ちる。


「ゴローとやら。貴様が無知であることは十分伝わった。それ以上無様を晒す前に操縦席に戻りたまえ」


「てんめぇ! いいか!? てめぇがただの口だけ野郎だってことをな! 秒で教えてやっかんな! てめぇマジ覚悟しとけコラ!!」


 何を言ったところで、負け犬の遠吠えだった。


「そ、それでは! 準決勝第二試合、開始!!」


 双方の準備が整い、ようやく鳴らされた試合開始の銅鑼と共にゴローは相手に向かい駆け出す。


「焦ったな。口だけなのは貴様だ!」


 ゴローの動きを見た相手は、出方を見ずに突っ込んできた。

 その攻めの姿勢に虚を突かれればカウンターを打ち込まれ、一撃で鋼鉄のリングに沈んだかもしれない。

 だがゴローにはそういった血気盛んな者達と多くの拳を交えた経験があった。


「だと思ったぜ! てめぇはそういう奴だ!」


 ゴローは相手との距離を感覚で測り、前方に飛び込む要領で一回転し、踵落としを繰り出す。


「速い! ――だが!!」


 相手は回避するも間に合わず、踵は右肩装甲を捕らえた。

 しかし怯まず、背中から落ちるゴローの機体めがけて左拳を振り降ろす。


「副脚展開!」


 重力に任せて倒れる筈だった機体を瞬時に展開した副脚が支える。そして副脚の反発と地につけた左主脚を軸に後ろ回し蹴りを放つ。


「馬鹿な、そんな姿勢から!?」


 人間には到底できない動きに今度こそ隙を見せた相手の、力を失った左腕を掴んで引き込み、背後を取るゴロー。


「おい! 何をする気だ!? やめろ!!」


 膝を落として相手のコックピットブロックの下に潜り込み、両腕を相手の胴に回してしっかりホールドする。


「よせ! 持ち上がる訳ないだろう!!」


「受け身は学んでるだろ!? 自警団さんよ!!」


 ゴローの犬闘機は膝を伸ばし、相手を持ち上げるとそのまま後ろに身体を反らす。


「うっ! うわ! うわああああああああ!!」


https://kakuyomu.jp/users/mippa/news/16816700428708091265


 副脚で負荷を軽減しつつ倒れ込み、相手の頭を真っ逆さまに地面に突き刺した。


 それまで仮想敵の性質上打撃戦が中心だった犬闘機の歴史に、ジャーマン・スープレックス・ホールドという名の橋が架けられた瞬間である。


 初めて見る光景に観客は総じて息を呑み、大闘技場はまるで時が止まったかのような静寂に包まれた。


 決着の銅鑼が鳴り、時が動き出す。

 その歓声は遥か王城まで届いたとか、届かないとか。


 一方、犬闘機の歴史に新たなページを刻んだ男は――


「ぐ……ぐえぇ……」


 ――自分がブリッジする訳ではないことを想定しきれておらず、逆さまになった操縦席で目を回していた。

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