02_犬闘機
一通り話を聞き終え、エシュカは眉を顰める。
確かに異世界の人間みたいだけど、どうも『事』はそう単純な話じゃないみたいね。
《異世界からの襲撃者》なんて二つ名掲げてるから、『あの資料』の通り魔法を使えるのかもと思ったけど、彼のいた世界にそもそも魔法が存在しないってことは、それとはまた別の世界の住人……?
ゴローが魔法で転移したんじゃないのなら、ゴローがこの世界に現れた場所にこそ、別の世界に移動する何かがある筈!
土地勘の無いゴローが、自分がどこに飛ばされたのかなんて分かる訳ない。となれば手掛かりになるのはゴローが地下闘技場で目覚めるまでに唯一接触したって言う五メートル程の大男。
まず人間じゃないでしょうに、意地張って戦って、気を失うほどボコボコにされて、まだやり返そうだなんて馬鹿げてる。
とは言え、その唯一の手掛かりを探しに行くって言ってるんだから、とにかく今同行しない手はないでしょ!!
「そういうことなら、助けになれるかも。着いて来て!」
言われるがままにエシュカの後を追い、ゴローは隣の建物の前までやってきた。
逃げて来た時は緊張で視野が相当狭まっていたのだろう。
「隣がこんなでかい倉庫だとは、気付かなかったな……」
高さは三階建ての民家と変わらないくらいだろうか。
ざっと見渡した限り、この街にただの民家らしい三階建ての建物は見当たらなかったが。
「人間は弱いから、勝手に街の外に出られないの」
「ああ。そういやモンスターがいるからって……そうか、探しに行けねぇじゃねぇか」
ゴローは闘技場で目を覚ましてすぐ、同じく閉じ込められていた連中に『街に居場所がないなら街を出ればいい』と脱走を呼び掛けた際、モンスターに勝てないことを理由に断られたのを思い出した。
「だからと言ってこのまま街の中にいてもあいつらに見つかって連れ戻されるでしょうね」
二階の窓まで届く巨大なシャッターの脇に備え付けられた人間サイズの扉を開け、ゴローを中へと促すエシュカ。
倉庫に窓は無く、開いた扉から入った光だけが、その中央に何かがあることを仄めかしている。
https://kakuyomu.jp/users/mippa/news/16816700428594322863
「でもそれは、あんたが何者でもない野良犬のままだったらの話」
エシュカは扉を閉めると、ライターのような発火具で壁に火を着ける。
壁には何か導火線のようなものが這わせてあったのだろう、火は燃え広がらず規則的に壁を登り、途中で三又に分かれると倉庫の奥へと壁を走っていく。
火が倉庫を一周する軌道上に一定間隔で設置された照明器具を通る度、その照明が灯る。
「これは……!? 冗談だろ!?」
ゴローは見た。金属の身体を持つ、見上げる程大きな人に、『あの時の化け物』の姿を見た。
「この子はあんたがこの世界で生きるため、そして『その化け物』を倒すために必要な力」
推定体高五メートル。双腕二脚、胴体に埋まるかのように鎮座する頭部。
各部を分厚い装甲で覆い、前からは見え辛いが大きく張り出した背中と、後腰の左右に付いた大型のパーツが特徴的な機械の巨人。
「参った……こいつは想定外だぜ。教えてくれ、その力の名を!」
「魔法を失って虐げられるばかりだった人類が、かつての栄光を取り戻すために手に入れた新たなる牙! その名は――『犬闘機』!!」
ほんの三十年ほど前まで、世界における人類の位置づけは『膨大な魔力を持ちながら魔法が使えない弱者』だった。
魔力以外に長所を持たず、その魔力は他の種族を大きく凌駕するが故に、魔力以外の能力は軒並み低く創られたとされる人類が新たに造り出した戦う力がこの犬闘機だ。
「人類の牙、犬闘機……!」
慣れない試みで上手く焚き付けられるか心配だったエシュカは、犬闘機を食い入るように見つめ口角を釣り上げるゴローの顔を見て、杞憂であったと知る。
「気に入ったみたいね」
「ああ! 何から何までありがとうな。こんなスゲェもんまで貰っちまって」
「ちょっと! 誰がこの子をあげるなんて言ったのよ!?」
「へ? じゃあ、助けって?」
「あんたが目的を果たすには、犬闘機を手に入れなくちゃいけない。そのための訓練になら手を貸せるってこと」
「『手に入れる』? 『買う』じゃないんだな?」
「買えないこともないけど、身分証買って家買ってもお釣りが出る金額よ。それよりあんたの腕っ節ならもっと現実的な方法があるの」
身分証を買ってこの街の住民になれば少なくとも地下闘技場の手の者に追われることはなくなるのだが、互いの目的に沿わないためエシュカは伏せておいた。
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