小さな机で書かれた、ある小説家の日誌

読天文之

第1話春・突然のお下がり結婚

三月十四日

締め切りが終わり、一息ついた。

書斎で一人、集めている小説の中から今日読みたいものを選び、寝そべって読む。

今日は児童文学小説を読んだ、子ども向けだが大人が読んでもいいじゃないか。

そういえば私が小説家を志したのは、今読んでいる小説の主人公と同い年のころだ。

私は物心ついたころから本が好きだった。

あまり友だちがおらず、誰かと一緒にいるよりも一人でいる方が好きな私にとって、本は友であり娯楽であり魔法であった。

その世界に魅了され、自分でその世界を創造したいと志し、その道を進み続けて数年、ついに望みを叶えて今がある。

でも私にもこの小説の主人公のように、たくさん友だちがいて、泣いて笑って怒られながらも日々を過ごしていく。

私もそんな幼少期を過ごしたかったと思ってしまう。

でも現実は小説のようにいかない・・・。

私は小説を読みながら、もの寂しさにふけていった。








三月二十四日

今日は一日執筆漬けの日だ。

部屋の電話から、編集部の綾瀬から電話が度々かかってくる。

私は原稿を書く手を止める事無く、急ピッチでストーリーを書きあげる。

小さな机の上は、原稿で表面が埋もれてしまった。

思いだせばあの頃は、小説家がこんなにも忙しいことだったとは思いもしなかった。

小説家を志したあの時は、ただ名作といえるほどの素晴らしい作品を書き続けることが理想だった。

そしてその理想の先は、想像に追われる日々だった・・・。
















三月二十八日

やっと一息つける日が来た、今日は私の少ない友である松永まつながに会う約束をしていた。

休日は読書にふける私だが、たまには友に会うのも悪くない。

名古屋駅の金の時計台で十時に待ち合わせをした、松永は時間通りにやってきた。

松永は食品会社の営業部の課長、奥さんと一人息子の三人家族で暮らしている。

「やあ、出田いずた。久しぶりだな。」

「元気そうだな、松永。それで今日はどうするんだ?」

「今池にある商店街を見に行こう。そこにおれの行きたい店があるんだ。」

「ああ、じゃあ行こうか。」

そして出田と松永は今池にある商店街へ、楽し気に向かって行った。

松永は趣味で骨董品やオブジェを集めている、値段などは気にしないで自分が気に入ったものを購入するのが松永のこだわりだ。

そういえば彼は高校の時に美術部で陶芸作品をよく作っていて、地元のコンクールで金賞を取ったことがあったなあ。

そして彼は自分のお気に入りの作品を見つけたようで、満足げな表情で店を後にするのだった・・・。









四月一日

今日は家に両親と田原家の両親がきて、重大な話があると言われた。

田原家は兄・出田日之出の奥さん・田原陽さんの実家で、滅多に会わないが明るくて頼りになる、兄には勿体ない奥さんだ。

私が席に座ると、開口一番私の父が言った。

「お前は、陽と結婚しなさい。」

は?これは、エイプリルフールの悪い冗談なのか?

しかし話を聞いていると、とても強引で実に呆れた。

どうも日之出が不倫をしていたことが明らかになり、結果的に日之出と陽さんは離婚。

しかしそれでは両家の繋がりが消え、互いに体面も悪いということで、独身で都合のいい私と陽さんを結婚させることにしたそうだ。

これでは陽さんが、お下がりの服みたいじゃないか。私は心の中で怒った。

兄と離婚したら、その次は弟である私と結婚・・。陽さんはどう思っているんだ?

しかし両家は私と陽さんのことを無視して、結婚の話を進めていた。私には、残念ながらどうしようもない。








四月十五日

私は今日、陽さんと結婚した。

結婚式に参加するのは、嬉しさと押し付けられた感じが混ざって複雑だったが、日之出が参加することはなく結婚式は嫌な雰囲気になることなく終わった。

「これからよろしくね。」

陽さんは私が見たなかで一番いい笑顔で言った、でも私はこれからどうなるのか気がかりな故に、ただ頷くことしかできなかった。








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