結目束は拘束したい。
ナナ山ナナ夫
プロローグ『はじまりの夜更け』
――その日、
夜も更け日付が変わった頃、コンビニ帰りの彼は静まり返る住宅街をひとり歩いていた。秋も深まり、冷たい風に身を縮こませながら帰宅を急ぐその手に提げた袋には、缶チューハイが数本とサラミや柿ピーといった酒のつまみが詰められている。数日前に補充したばかりのような気もするが、知り合いが家に来る度、毎度のごとく勝手に冷蔵庫を漁っては酒やつまみを飲み食いしているおかげで消費が激しいのだ。そのうち、ヤツには請求書を叩きつけなくてはならない。
そんなことを考えながら、義明は深夜の公園に立ち入る。
迂回するより、公園を突っ切ったほうが近道だった。
真夜中の公園というのは、昼間とは打って変わって不気味に静まり返っており、静寂だけがそこにある。よく、怪談話で遊具がひとりでに揺れているだとかそういった話を聞くが、生憎、義明は幽霊など信じていなかった。今、目の前でブランコが前触れもなく揺れたとしてもなんの恐怖も抱かないだろう。なにせ、最も怖いのは人間なのだから。
通い慣れた深夜の公園を無心で歩く――その時、茂みが不自然に音を立てた。
思わず、ぴたりと足が止まる。
通り過ぎざまにガサッと葉っぱの擦れる音がしたものだから、然しもの義明も驚いた。「野良猫かなにかだろう」と思い、よくよく目を凝らしてみるが街頭も離れた位置にあるためその暗闇を把握することはできない。やがて興味を失い、その場を後にしようとしたのだが、
「くしゅんっ!」
……茂みから誰かのくしゃみが聞こえてきた。明らかに人間のそれはどこか可愛らしいもので、好奇心をくすぐられた義明はおもむろに声をかけてみることに。
「誰かいるのか?」
返事はない。
しかし、一度そこに誰かいるとわかれば確かに人の気配を感じる。しびれを切らして、義明が茂みに近づく。
「――っ!?」
誰かが息を呑む。だが逃げ出す様子はなく、茂みの中で身を潜めたままだ。
「おい、そんなとこでなに――――し、て……?」
茂みをかき分けた先で目に飛び込んできた光景に、思わず言葉を失う義明。頭が真っ白になり、ぱちくりと鳩が豆鉄砲を食らったような表情で呆然と立ち尽くす。
「ひ、ひいぃぃ……っ!」
――そこには、今にも泣き出しそうなひとりの少女がいた。
驚くべきことに、しゃがみ込む彼女の脛には下着がずり下げられており、姿勢も相まって用を足そうとしているようにしか見えない。
「うおっ!? す、すまん!」
弾かれるようにして勢いよく飛び退き、訳もわからないまま逃げ帰ろうとする義明だったが、
「え!? あ、ま、待ってくださ――へぶんっ!?」
どういうわけなのか、慌てて彼を追いかけようとした少女がずり落ちた下着に足が引っかかりバランスを崩し、茂みから飛び出して派手にすっ転ぶ。受身も取れないまま前のめりに倒れ込んだ少女に呆気にとられた義明は、僅かな逡巡の後、仕方ないとばかりに駆け寄った。
「お、おい大丈夫か?」
「うぅ……は、はい、なんとか……いたた……」
ひとまず怪我はないようでひと安心――したのも束の間、義明は後ろ手に回された彼女の手首に嵌められたソレを見て二度目の思考停止に至る。
「……なんだ、これは」
月明かりに照らされ、キラリと光るそれは紛れもなく手錠であった。
そう、少女はこれのせいで受身が取れなかったのである。
瞠目する義明に気づいた少女が咄嗟に起き上がろうとするも、両手は手錠に縛められたままであり、下着が邪魔で上手く足も動かせずにいた。
「あわわ……ちちち違うんですこれには紆余曲折色々と深いワケがあってですね決して自縛した結果自爆したなんてことは全然これっぽちもなくてあの聞いてますか!?」
「し、知らん! 変態の事情なんぞ聞きたくないわ!」
「へっ、変態!? ご、ごご誤解ですっ!」
少女が必死に弁明しようとするも、一切聞く耳を持たない義明。コンビニに出かけただけなのになぜこんなことになったんだ、と頭が痛くなる思いだった。
「と、とにかく、あの、これ外してくださいっ! パーカーのポケットに鍵入ってますから! じゃないと叫びますよ!?」
「わかった! わかったから濡れ衣を着せるのはやめろ!」
冤罪でムショ行きは御免だと、やむを得ず彼女に従いポケットから鍵を取り出す。薄暗く手元が見にくかったが、どうにか鍵穴に差し込み手錠をとってやる。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
立ち上がり、律儀に頭を上げると彼女はひとまずスカートについた砂利を払い手錠をポケットにしまう。
「い、一応言っておきますけど……別に、こういう趣味があるわけじゃなくて……その、小説を書くために自縛してただけなんです」
「……小説?」
怪訝そうな表情を浮かべて義明が聞き返す。
「はい、私は
彼女には驚かされてばかりだ、と義明は思わずにはいられない。
薄暗くて顔はよく見えないものの、なんとなく雰囲気からして未成年のようだ。背丈も低いし、物腰も柔らかい。若くしてラノベ作家というのは驚いたが、そもそも『小説を書くために自爆してた』とは一体全体どんな小説を書けばそんなことになってしまうのだろう? 彼女の言う小説とは官能小説のことではなかろうか。
「……まぁ、理由はどうあれ今度からは気をつけろよ。俺だったから良かったが……世の中、そんなに良い奴ばっかじゃないしな」
留意するように言って「じゃあな」と義明が踵を返した刹那、
「あ、あのっ!」
不意に呼び止められる。意を決したような声色だった。
半身振り返れば、月光を背負った彼女がそこに立っている。その姿はまるで物語に出てくる妖精のようだ。
目を奪われる彼を、少女は誘う。
「――私のアシスタントになってくれませんか?」
これこそが、
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