ゴーストウエポン:解決編

「集まってもらってすみません」


意外な事にこれは真野刑事のセリフだ。事件があったアパートつまり森田の部屋に、借りている本人森田と金子、真野刑事、そして、私達二人。神崎所長はやはり不在だ。


森田は殺人事件があったにも関わらず未だにこの部屋を借り続けているようだ。ここは俗にいう、事故物件という事になる。


何故、真野刑事がこのようなセリフを言ったかというと、彼が金子および森田をこの場に呼んだからである。まぁ、森田は自分の家だから呼んだという表現は適切ではないだろうが。


「では、霧島。お前の話を聞かせてほしい」


真野刑事は霧島に真剣な眼差しを向けている。その眼差しに対し、静かに頷き口を開いた。


「今回の事件の犯人が分かりましたので、皆さんにお集まりいただきました」

「へぇ。強盗は捕まったんだ?」


これは森田の言葉だが、未だに強盗殺人だと考えているのか。ミステリー好きならこの状況がどういう事かすぐさま分かりそうなものだが。


「いえ。強盗はいませんよ」


霧島は分かり切っているくせに、という意味合いを皮肉に込めつつ、冷たく抑揚なく言い放つ。


「じゃ、じゃあ、どういう事です?」


金子は狼狽しながら、霧島に質問する。相変わらず彼の額からは汗が流れ出ており、ハンカチで拭き拭きしていて、彼には悪いが暑苦しい。


「犯人は、あなた達二人のどちらか、という事ですよ」

「俺じゃない。この浮気野郎だろ」

「ぼ、僕じゃないし、浮気じゃないって言ってるじゃないですか」

「どうだか、死人に口なし。大方俺にバレるのが怖くて殺したんじゃないのか?」


森田は、嫌らしい笑みを浮かべて鼻で笑った。金子は首を全力で横に振りそれを否定するという構図がここにある。


「まあ、それもちゃんとお話していきます。ええっと、最初に情報を整理しましょうか。最初は凶器についてですが、凶器はこの家の包丁でした。包丁の先には血液反応が出たのですが、不思議な事に被害者以外の指紋が検出されませんでした」

「ええ?どういうことですか?彼女、自殺しちゃったんですか?」


金子が驚いて見せる。霧島の発言だけ聞けばそう思うのも無理はない。


「いや、被害者は自殺とは考えにくいんです。貴方達が見た死体には凶器が刺さっているなんて事はなかったでしょう?凶器は台所にきれいにしまわれてましたよ」


霧島の代わりに真野刑事がその疑問に答えた。


「つまり、自殺であるなら、被害者が自分を刺した後、歩いて台所まで戻しに行かないといけないんです」


霧島が更にその後を引き継いだ。二人からの説明に金子は得心がいったように、


「ああ、そっか……」


とだけ言った。


「じゃあ!やっぱり強盗殺人だろ!?口からでまかせ言うなよな。ヘボ探偵共」


警察に任しとけばいいんだよ、と悪態をつく森田。こちらはヘボ呼ばわりくらいでは動じない。霧島も事も無げに対応する。


「まあ、そう言いたくなる気持ちもよく分かります。でも、そうすると争ったような跡がないのが気になるのです」

「争ったような跡がない?どういうことですか?」

「普通だったら、逃げ回ったりして部屋のものが散らかったりするでしょうし、被害者が抵抗すれば被害者の爪の間から犯人の皮膚だとかが出るでしょう」

「きれいに片付けたとかでは?」


金子が自分の考えを述べるも


「隨分呑気な犯人ですね……」


と、霧島に呆れられてしまう。それをうけて


「無いですかね?やっぱり」


自信なさげに身体を小さくしながらそう言ったが、


「はい。無いでしょう」


と、更に追い討ちをかけられるように霧島にバッサリと切られてしまう。そして、そのまま続けて言う。


「話を戻しますが、彼女が争った形跡がないところから、俺はこう考えました。彼女はくつろいでいるところに急に包丁で刺されたんじゃないかと。抵抗する間もなく亡くなってしまったんだと」

「え?ど、どういうこと?」


金子が再び驚愕の表情をする。この人はいちいちリアクションを取ってくれる。霧島もやりやすそうだし、いい聴取者だなぁ、としみじみ感じてしまう。


「普通、凶器が目の前に出てきて自分を刺そうとするなら逃げようとしたり、抵抗しようとするでしょう?でも、そんな形跡が無いんです。そうすると彼女の視界の中には凶器は無かったと考える方が自然です」

「視界の外から刺された、と?」


真野刑事の問いかけに霧島は首肯する。


「ええ。少し話がずれますが、彼女の傷口についても考えましょう。この傷も凶器の事を考えるにはとても重要なことです。彼女の傷口は、体に対して垂直ではなかったのです」


いつか真野刑事がやったように、霧島は両手でジェスチャーをする。右手を身体に見立て、左手を傷に見立てる。そうして、上下逆さまのカタカナのトの字を作って見せる。


こうだったんですね、といいながら、真野刑事、森田、金子に見せびらかした。


「普通、真正面から刺されればこのようにトの形にはならない。Tを横にした形になるはずだ」


いつしか私達に説明したのと同じ事を、身振り手振りで容疑者二人に説明する真野刑事。真面目くさった顔して、似たようなポーズを取っている人間が二人並ぶと滑稽この上ない。私は笑いをこらえる。


「だから、こう考えました。被害者は、ソファでくつろいでいたところを真上から包丁で刺された、と。ちょっと再現しますね。えっと、このソファの背もたれに深くよりかかり、足を投げ出してくつろごうとすると丁度身体が斜めになります。こう、ですね」


霧島は、ソファの血塗られていない側に腰掛け、自分の言っていることを表現した。このソファは背もたれ部分が低いため、背もたれに体重を預けると頭から爪先まで斜めに倒れる形になる。まるで呑んだくれた親父の様に。


「そして、この状況で上から包丁でブスリと」


霧島は、頭の真上に人差し指を伸ばしたまま右手を高く上げた。そして、その指を自身の胸元まで下ろした。包丁が降りてきて、刺さったことの表現である。


「え?何ですか?それは、人間技じゃ無いですよ」


金子の顔には疑問の色が広がっている。それはそうだろう。こんなことを言い出しては精神科を勧められてしまう。だが、霧島の顔は大真面目だ。他の追随を許さないほどの真面目くさった顔だ。金子の顔面には疑問と狼狽が同時に現れている。相手の話を冗談とも真面目とも取れない、感情が身動きの取れない時にする顔。


「そうですよ。人間技じゃないんです」


あっけらかんと言い放つ。


「じゃあ、犯人の超能力ってのは何なんだ?」


真野刑事が自分の警察手帳を取り出し、しっかりメモをとる体制になっている。ちなみに真野刑事はどんな事があってもギフトとは呼ばない。ひょんな事に真野刑事がギフトと呼ばなければ地球が滅ぶ、という状況になっても呼ばないだろう。絶対に超能力と言うように決めている様だ。そのような鋼の心はいらない。


「この犯人のギフトは、サイコキネシスです」

「また、随分とありきたりだな」


真野刑事の率直な感想。そう言いながらもしっかりとメモを取るところは流石だ。しかし、こんな事を捜査本部で言ったら失笑ものだ。どう説明する気なのだろうか。


「しかし、事実なのですから仕方ないです」

「そうか……。じゃあ、その先を聞かせてもらおうか」


霧島は静かに首肯すると口火を切った。


「サイコキネシスは、手を触れずに物体を動かせる能力です。重くない物であれば基本は何でも動かせるでしょう。どのくらいの重さの物まで動かせるかは俺も検討がつきませんが……」


金子の顔は訝しんでいるが、森田の方は先程から表情が読めない。霧島はそんなのはお構いなく続けていく。


「台所の戸を開ける、包丁を持つ、窓の鍵を開ける、ぐらいは造作もないことでしょう」

「ハァ……」


完全に容疑者二人を置いてけぼりにしている。真野刑事は何度もこの状況に対応しているからか、平然と霧島の話に耳を傾けている。もしかすると内心、上へ何て報告しようか、なんてことも考えているかもしれない。


「いいですか?まず、彼女がテレビに熱中しているところで、シンクの下の戸を静かに開けます。そして、包丁を取り出して、被害者の視界に入らないように移動させて、被害者の真上で止めて、あるタイミングで一突き!」

「なかなか理にかなっているように思えるが、そんなに都合よくいくか?まず、シンクから取り出して、ソファまで移動させるのは簡単なのか?今回の超能力はサイコキネシスであり、千里眼や透視とかではないのだろう?シンクからソファまでの間に物が無いわけではないじゃないのに……」


真野刑事から、千里眼やら透視やらと名前が出てくるのは意外かもしれないが、それは私達の入れ知恵だ。


確かに彼の言う通り、シンクからソファまでの間に小さなダイニングテーブルやそれに付随するイス等が置いてある。それらを掻い潜らなければ被害者に包丁を突き立てることはできない。


「真野刑事は見ていると思いますが、ソファの後ろの壁に切り傷があったでしょう?」


そう言われて、真野刑事は、宙を仰いだ。やがて、得心がいったように首肯した。


「あれは、練習の後ですよ。この部屋を見ないで、上手に凶器を扱えるか、その練習です。ただ、練習したのをバレないようにああやって、思い出の写真を貼って、隠していたのですね」


霧島はソファの後ろの壁に貼られた写真達を指差した。


「ほう、カムフラージュか。だが、壁の傷の角度と被害者の傷の角度は違うぞ」


真野刑事の指摘は、壁の傷は


「最初犯人は、壁の傷が示すように被害者を真正面から刺す予定だったのでしょう。ですが、犯人は何度も練習していくうちに、この真正面からの方法では被害者の視界に凶器が入ってしまう事に気付き、予定を変更したのだと思います」

「それで傷の付き方が違うんですねぇ」


これは金子。だが、彼は一つ思いついたように霧島に聞いた。


「でも、必ずしも彼女がソファの、しかもこの位置にいるとは限らないですよねぇ?」


至極もっともな意見だ。それに対し霧島は、


「ええ。そうですね。ですが、ある曜日のある時間だけ、必ずこの位置にいることがあります」

「?何だ?もったいぶるな」


真野刑事は苛立ちを隠さず言った。時折、霧島の名探偵然とした、語り口調が真野刑事を刺激する。


「被害者が毎週欠かさず見ているドラマを見ている時です。ちょうど、このソファのこの位置はテレビの真ん前です。くつろいで鑑賞するにはいい塩梅……というか、そうやってテレビを見るためにこのソファがここにあるんですよね?」


最後の言葉はこの部屋の借り主、森田に確認するような口調になっていった。


「あ、ああ……」


森田は不本意そうに答えた。


「これで、お分かりですよね?この部屋の家具の位置や、被害者が必ずいる時間や、必ずいる位置を把握していた人物、森田さんこそがこの事件の犯人であると!」


霧島は、びしり!と右手人差し指を森田に向けた。森田は動揺するでも驚くでもなく平然と佇んでいる。


「事件当日の状況をまとめると……」


霧島はそう言って、森田を指し示していた右手人差し指を空中に向けてクルクルと回し始めた。


「まず、事件当日、森田さんは金子さんに対して、水島さんの件で話があると、近所のチェーン店に呼び出しました。これが、被害者の死亡推定時刻から1時間前の話」

「はい、そうです」


聞かれてもいないのに金子が相槌をうつ。


「確か、その時あの店を指定したのは森田さんでしたよね?」


金子が、はい、と答える。


「森田さんがあそこの店を指定したのはこの部屋から近いからです」

「はぁ、近いですね」

「おそらく、森田さんのサイコキネシスの有効範囲がこの部屋からあのカフェまでなんだと思います。だから、金子さんに来てもらった」

「だが、金子さんがそんなに誘いに応じるか?」

「応じると思いますよ。浮気を疑われているんですもの。何処で話をするかまで我をはりますか?まぁ、森田さんはそういう心理まで想定していたんですね」

「……」


森田は何も言わずことの成り行きを見守っている。ちなみに私も口を挟める状況ではないので、同じような状態だ。


「そうして、話し合いを始める。森田さんは最初から金子さんの話を聞くつもりは無くて、店内で騒げればそれでよかったんです」

「アリバイ工作のためにか?」

「そうです。店内で騒げば店員さんが覚えていてくれるでしょ?今回はそれに加えて警察まで来てくれた。アリバイは完璧です。何か疑いをかけられても他でもない警察がアリバイがあることを証明してくれるんですから」


真野刑事は難しい顔をした。実際、警察内部で同様の話になったのだろう。動機もある彼は、いの一番に容疑者になるものの、犯行時刻に店内で騒ぎ警察沙汰になっているため、容疑者から外さざるおえない。


「そうして、騒ぎの途中でさっき話した通りの方法デ水島さんを殺害し、自身は店内での騒ぎを終わらせた後、金子さんに彼女を混ぜて話をしようと提案し、自宅へと向かったのです。これもまた、彼の策略で、死体を二人で同時に見つける。これがとても大事なことでした。警察だと、家族とか親戚の証言の信用度は低いでしょ?ですが、当日初めて会った人ならば、警察もある程度は証言を信じるはずです」

「そんなところまで考えていたのか」


真野刑事は忌々しそうな顔をして、森田は睨めつけた後、思いついたように付け加えた。


「それじゃ、ベランダの窓が空いていたのは?」

「ああ、それも外部犯に見せかけるための小細工ですよ」

「一つ質問していいか?その騒ぎに対応している間に包丁を刺したりできるのか?そんなに簡単なものなのか?サイコキネシスは」

「うーん、俺はサイコキネシスのギフテッドじゃないから分からないんですが、森田さんには簡単だったんじゃないてすかね?もしくはもう慣れていたとか」


ギフテッドは大人になってからなれるものではない。ギフトを持つ者は先天的に、後天的にでも小学生の高学年までには持つことになる。


彼の中ではマルチタスク的にギフトを使う事は造作もないかもしれない。私もギフトの性質上、マルチタスク的に使用している。


「そんなものなのか……」


真野刑事が独り言ちた時、森田が肩を揺らして笑い始めた。


「刑事さんさぁ、そんなヘボ探偵の言うことを信じるのかよ?荒唐無稽だろ?こんなの」


確かに世間一般に照らし合わせればそうだろう。マジシャンが手品で人を殺すのと同義。ちゃんちゃらおかしいと言われても仕方ないことだ。だが、手品は種も仕掛けもある以上、殺人として立件できるから警察の領分だ。


「お前も頭をもっとマシな事に使えよ。警察がそんなことを言われて取り合うわけ無いだろ!」


一喝ともとれる森田の大きな声が部屋の中に木霊した。


「まあ、確かにそうでしょうね。警察は例え俺の言うことが真実であっても、ギフテッド達を裁くことはできない。でも……」


霧島は一呼吸おいた。


「それは逆に考えれば、ギフトを使った犯罪をギフトで裁いても罪にならないという事でもあるのです」


今の司法はギフトを使った犯罪を裁くことはできない。それは逆に、ギフトを使って犯罪者を裁いても罪にはならないことだ。詭弁だと言うかもしれない。

だが、ほとんどの人間は己が犯した罪から逃れたがるもので、ギフトはその罪から逃れるためには最良のものだ。誰がやったから分からなくすることができるし、司法も裁くことができないからだ。


しかし、人殺しは人殺しだ。司法が裁けなくても、それ相応の罰は受けなくてはならない。だから、ギフト犯罪を犯した者が行く場所はちゃんと用意してある。


「何言ってやがる?俺がやったという証拠を出してみろよ!」

「あなたがやったという証明にはなりませんが、私の言ったことが正しいかどうか答え合わせすることは可能ですよ」


霧島の言った事の意味が分からなかったのだろう、森田は鼻で笑った。


「はっ!?何言ってんだ……」


森田の声にかぶせる形で霧島は声を張った。


「お見せしますよ!ヴィジョンを!」


そう言って、霧島は右手を上げ親指と中指をこすり合わせ、音を鳴らした。すなわち指パッチンである。霧島の鳴らした音に合わせて、目の前の状況が変わる。

我々の目の前に、ソファの上にテレビを食い入るように見る女性が現れ、先程まで血塗られていたソファは綺麗になっている。大きな窓から見える外は街頭の灯りでまばゆい。どうやら時刻的には夜のようである。


彼女は被害者の水島 愛だ。彼女はソファにくつろぐようにTの字に寝そべってテレビを見ている。手は背もたれの縁に乗せて、足はテレビ側に投げ出した格好だ。

テレビでは男女の諍いが映し出されている。これが、森田の言う被害者がハマっていたというドラマ『毒々しい彼氏』か。確かに彼女はかなりハマっていたらしく、瞬きの回数も少ないし、身じろぎもしない。よほど集中しているとみえる。


「な、何なんですか!?これ!?」


声を上げたのは金子だ。それはそうだろう。急に目の前の景色が変わったのだから、驚いたとしても無理はない。私の隣に平然とした顔で佇む真野刑事も、初めてこのヴィジョンを見た時は狼狽えまくっていた。当時の彼の狼狽えぶりを思い出すと笑いがこみ上げてくる。


霧島は金子と予想以上にあまり驚いていない森田に対して説明する。


「俺のギフトの効果です。特定の範囲にいる人々に俺が指定した日時の時のその場の映像を見せることができます。ただ俺もどこまで遡れるか分からないですし、また、見たい場所まで移動しないといけないという欠点もあります。だから、今日は皆さんにここに集まってもらいました」


霧島はギフトの効果と言ったが、この効果は副次効果であり、メインのギフト能力ではない。霧島は続ける。


「このヴィジョンは俺が切り上げるまで再生できます。今回は彼女が殺害されるまで見ていましょうか。そんなに時間はかからないはずです」


我々は無言でことの成り行きを見守る。部屋の中にはドラマの音声が響いていおり、結構な音量であることが推測される。

やがて、かすかにキィという音が聞こえた。それにいの一番に反応したのは森田だった。霧島も私もそれにつられて森田が落とした視線をたどる。音の発生源はシンクの下の包丁をしまってある観音開きのあの戸であった。


戸は静かに開いていき、包丁が見えてきた。見えてきたと思ったら、独りでに静かに浮かび上がり、空中へ飛び出てきた。


「ええええ!?」


金子の驚愕の声を上げる。本当にいいリスナーである。


「ほ、本当に包丁が飛んでる……!!」


金子以外は平然と見ている。

戸を出た包丁は静かに空中を漂い、水島の上の天井付近で停止した。この間、水島は包丁が空を飛んだ事も、シンクの下の戸が開いたことも気づかず、テレビに夢中になっている。


「中々、刺さないな」


痺れ切らしながら悪態をつくように真野刑事が言った。それに補足するように霧島は口を開いた。


「おそらく、あの店に警察が来るのを待ったんじゃないてすか?店員がどこかに電話しているのを見て、そう感づいたんじゃないてしょうか?」


先程の霧島の推理通り、警察がいてくれればアリバイはより強固になる。ドラマが終わるまで、後、30分近くあるのだから少し待つぐらいはこの犯行には影響はないだろう。


「例え、警察がこなくても結局は金子さんと一緒に死体を発見する手筈になっているのですからアリバイは証明されますし」


霧島の追加説明で、真野刑事はなるほど、と納得した。


「ん?」


しばらくそのまま見ていると、包丁が動き出し、そのまま彼女の胸に人が振り下ろすのと同じぐらいのスピードで落下し、水島の胸にズブズブと入り込んでいく。入り込むのに比例してパジャマの胸の部分の赤いシミがどんどんと広くなる。金子も、意外なことに森田も彼女の胸に包丁が刺さる瞬間は目を背けた。


「がはっ!?」


そのまま彼女は動かなくなり、これが彼女の断末魔になった。彼女の目は見開かれ、天井をじっと見ている。彼女の最後の風景はこの部屋の天井だったわけだ。やがて目を背けていた森田、金子の両名は彼女だったものへ視線を移した。じっと亡骸を注視していると包丁が静かに上へと動き出し、彼女の身体から抜けて、シンクへと向かった。そのまま収納されるのかと思いきやシンクで包丁についた血を丁寧に洗い流し、元の場所へ仕舞われた。


もちろん、水道の蛇口もサイコキネシスでひねられたものだ。サイコキネシスのギフテッドに出会った事は無いが、同時に二つのものを動かすというのは熟練しているのではないだろうか?

最期に仕上げと言わんばかりに大通りに面したベランダ側の窓を全開にして、テレビの音と大通りの喧騒が入り混じることとなった。


霧島が、再び右手を上空に伸ばし、指をパチンと鳴らすと、私達は現代へと戻された。


「これが、犯行の一部始終です。今見た映像は俺が作った映像とかじゃないです。信じるかどうかは皆さん次第てすが、あれはです」


金子も森田も何も言わずに茫然自失の状態で佇んでいる。金子の方は人智を超えた力を目の前で見せられて、驚きのあまり呆然とすることもあろうが、森田の方はどうなのだろうか?


自身の犯行が……、いや、森田自身の姿が映っているわけではないから森田自身の犯行という言葉は適切ではないが、それを差し置いても霧島の言う通りの事が起こっていたことを暴かれて茫然としているのだろうか?


そう思いながら、森田を注視していると握りこぶしを作った右手が震えている。震えている?


「おい!」


瞬時に森田は霧島へ詰め寄り、その胸倉をつかんだ。物凄い剣幕でいきり立っている。

どうしたというのか?


「ど、どうしたんですか?」


急な出来事に胸倉を掴まれた方はぎょっとした顔で狼狽えている。


「お前……!俺は見たくなかったんだよ!!」


見たくなかった?何をだ?


「愛が死ぬ瞬間をよ!!」


自分で殺しておいてその言いぐさは何なのか。死ぬ瞬間を見たくなければ殺さなければいい。


「じゃ、じゃあ、何で殺したんですか?」


私の疑問が霧島に伝わったのか同じ質問を森田にぶつけた。


「俺がいながら浮気なんかしやがって!だから!だから殺してやったんだよ!」


胸倉を掴む手に血管が浮き出る。それに合わせてぐえっ、という小さな声が聞こえた。シャツの襟が気道に入っているようだ。それを見て真野刑事が慌てて森田を止めに入る。


「水島さんは浮気なんかしてませんよ」


身勝手な犯行理由に侮蔑の色が出ているためか、そうそう冷たく言い放ったのは金子だった。森田はその言葉にも苛立ちを感じたのか、なにぃ?と言いながら後ろを振り返った。


「彼女はあなたの事で真剣に悩んでいた。何かムカつく事があったらすぐに手を出してくるとか、見知らぬ人にもあたりちらすとか。どうやったらそれが治るのか真剣に悩んでましたよ」


金子の鋭い視線が意外だったのか森田はたじろいだ。


「今のあなたを見ていると彼女が悩んでいたのがよくわかります。とてつもなく身勝手な人ですね。彼女を殺した理由も勝手に浮気を疑ったことからですし、今の霧島さんに苛立っているのも水島さんが死ぬシーンを見せられたからだとかで、なんでもあなた中心の考えではないですか」


あのおどおどした態度の金子からは想像しがたい毅然とした態度で森田を見下ろしている。


「うるさい!」

「うるさくないです。よく水島さんはあなたなんかと付き合っていましたね」


金子がそう吐き捨てると、急に部屋の周りの物がガタガタと動き始め、テーブル、椅子、写真立てなど小物が浮いた。


「あ!サイコキネシス!」

「お前ら、どいつもこいつもバカにしやがって!クソが!くらえや!」


サイコキネシスで浮かせたものをこちらにぶつけようとした瞬間―

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