ゴーストウエポン:3
翌日。
朝10時。今日は森田の住んでいるアパート、つまり事件があったアパートからおおよそ500mほど離れている所にある喫茶店で、男3人膝を突き合わせて小ぢんまりとした机に座っていた。
「すいません。今日はわざわざ来てもらいまして」
私は頭を軽く下げた。向こうも恐縮している様子で、
「あ、いやぁ……」
それだけ言って軽く頭を下げた。この男が、水島 愛の浮気相手の金子 和也である。第一印象は、とても浮気できるような胆力のある男とは思えないほどおどおどしている。体格はよく、180cm近くある私と身長もそう変わらず、大胸筋がシャツを飛び越え浮き出ている。真野刑事以上に筋骨隆々なのだが、どうしてこんなに怯えているのか。
その様子に霧島も違和感を感じているのか、
「どうして、そんなに怯えてるんです?」
とおずおずと聞く。そう問われて金子はどこからかハンカチを取り出して額を拭き始めた。確かに暑いが、店内はクーラーが効いており、ハンカチで汗を拭う程では無い。
「い、いやぁ……アナタ達は僕を疑ってるんてしょう?」
昨日、森田と別れた後、金子に連絡をし、事件の事で聞きたい事があると伝えてはある。それだけで、疑われていると思うのは論理が飛躍しすぎだ。
……
いや、していないのか?普通だとこう考えるのか?何にせよこのままではスムーズな問答が出来ないと思ったのでとりあえず取り繕っておく。
「いいえ、そんな事はありません。ただ、あの夜のお話を聞かせて頂きたいのです」
金子は右のこめかみをポリポリとかく。
「そ、そうてすか。では、何でも聞いてください」
飲み込みが早くて助かる。それにしても、よくもまあ、こんな性格で浮気なんてできたものだ。森田も彼と話しをしていたと言っていたが、これでは終始腹ただしいだけだ。怯えるばかりで議論が進まなさそうだ。何となく、森田が喧嘩腰になってしまったのもうなずける。
「じゃあ、遠慮無く」
霧島は居住まいを正し、次の句をつづった。
「あの事件があった時間ここに居たんですか?」
「え、ええ。事件のあった日は、急に森田さんに呼び出されて……。この喫茶店で話をしていました」
「浮気について、ですね?」
私がダメ押しする。
「は、はい。ただ水島さんとはいわゆる体の関係とかって言うのは無くて、森田さんの事で相談されていただけなんです」
「それは森田さんにも言いました?」
「ええ。言いました。彼は嘘を付くなの一点張りでしたから、聞く耳を持ってくれませんてしたけど……」
この肝の座っていない男に浮気などとだいそれた事はできまいと踏んでいたが、やはりか。
森田にそのことを伝えても信じてくれなさそうだもんな。
「あ。先程、急に呼び出されたとの事ですけど、本当にいきなりですか?」
「はい……。事件の時間から2時間前ぐらいにスマホが鳴って……。誰からかな?と思って出てみたら……」
「森田さんだったわけですね?」
「そうです」
「面識はあったんですか?」
「いいえ!
金子は額の汗を拭き拭き、首肯する。森田は自分のスマホから金子に電話したのだと想定できる。
「どうしてそんな急に……?見知らぬ人と……?」
霧島は独り言ちた。森田は思い立ったら、すぐに行動しないと気がすまないタイプなだけかもしれない。いろんな事が想像できる。
「それで、話をしていて?」
霧島が先を促す。
「それで、私はそれをずっと言っていたんですけど、そんな態度が気に食わなかったのか、森田さん、どんどんヒートアップしちゃって……。それで、そのうちに警察が来ました。あ、あの店員さんが呼んだんです」
女性店員を指差し言った。たまたま、その女性店員と目があってしまい、お互いバツの悪そうな笑顔を浮かべている。
真野刑事が言ったこと、森田が言ったことと一致する。
「それで、警察の人が来た……?」
「ええ。この場で諌められました。それで、警察呼ばれたから仕方ないって、森田さんが言い出して……」
「それで、彼のアパートへ向かった?」
「はい。
「この喫茶店を選んだのは森田さん?」
「はい。移動するのが面倒くさかったんでしょうかね?
「金子さんの家はここからは遠いんですか?」
「はい、結構あります」
「わざわざここまで?」
「ええ。後ろめたさもあって……。森田さんに合わせました」
霧島はしきりにうんうん言っている。
「それで場所を移した?」
「ええ。ここから歩いてすぐでしたよ。小綺麗なアパートでして、その2階でした。森田さんを先頭に彼の家に入りました」
「その時、鍵はかかってましたか?」
金子は宙に視線を浮かべた。思い出そうとしているようだ。思い出すのに時間がかかると踏んだのか霧島は手元にあったカフェオレをストローを使って一口飲んだ。中川さんに任せるとブラックしか買ってこない!と憤慨し自身で列に並んでカフェオレをオーダーしていたものだ。霧島は基本的に苦いものが苦手だ。
「あ、はい!森田さん、鍵を開けてましたね」
「何か小細工みたいなことは?」
「いえ、無かったですね。スムーズに開けて入ってましたよ」
玄関の鍵が空いていたということはない、ということか。
「被害者の家に行ったことは?」
「ありません。
「被害者と会うのはいつも外だったんですね」
金子は大きく首肯した。
「それで、中に入った後は?」
「えっと、森田さんが部屋の明かりをつけて、つけたら彼女がソファでぐったりと……。私はもう、腰が抜けて動けませんでした」
あはは、と後ろ頭をかく。笑って誤魔化している場合か。
「腰を抜かしたって事はすぐに亡くなってるって分かったんですか?」
「はい。ずっと天井見ていて微動だにしないし、服の胸のあたりにあからさまに血がついてましたから……」
「凶器が刺さってたから、とかじゃないんてすね?」
「ああ。そうなんですよ。刃物が刺さってるとかそんな感じじゃなかったですね。撃たれたのかなぁ?」
金子は顎に右手を添え考え始めた。
「一目見て、被害者は亡くなっていると分かった……。ちなみに森田さんの様子はどうでしたか?泣くとか、怒るとか、何か言っていましたか?」
「いいえ。僕も不思議に思ったんですが、森田さん、嫌に冷静でした。自分は警察に電話するから、お前は救急車を呼べって言われまして。大慌てて電話しました」
まるで知っていたみたいだな。
「その後、凶器が落ちてないかとか一応動転してるなりに見てみようと思ってたんですが……」
「その時何か?」
「いやぁ、森田さんにこういうのは手つかずにしておくのがいいんだ!って、怒鳴られちゃって……」
どこまで現場保存にこだわってんだ?
「あの、参考までにききたいんてすが、金子さんはこの事件、誰が犯人だと思いますか?」
霧島の質問に金子は目を見開いた。よくそんなに開くなと言いたくなるぐらいに開いた。
「それは強盗では?」
「どうしてそう考えたんですか?」
「部屋に入った時、窓が全開でしたから」
「それだけ?」
「ええ……。でも、変な事もあるんですよね……」
「変な事?」
「はい。彼女、変な体制で亡くなってたんです。それ
「抵抗してないように見えたんですね?」
「は、はい」
霧島は、ふーんと考えているのか、また無意識なのか分からない声を出して俯いてしまう。
「霧島、もう質問は無いのか?」
沈黙の渦に三人共引きずり込まれそうだったので、助け舟を出す。
「はい。もう大丈夫です。金子さんに聞くことはもうありません」
霧島はそう言って、ニコリと笑った。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで……」
「お時間割いていただきありがとうございました」
私が綺麗なお辞儀をすると、やはり金子もつられてお辞儀をした。彼は席を立ち、慌ただしく店を出ていった。
「最後まで落ち着きの無い人だったな」
金子の姿が見えなくなって私は霧島だけに語りかけるように言った。
「ああいうのを肝っ玉が小さいっていうんですよね」
失礼な奴だ。ただ、霧島の言うことも一理ある。人一倍おどおどしていた。あれで殺人などとだいそれた事ができるだろうか?
「何か収穫があったか?」
私は手つかずだったブラックコーヒーを一口飲んだ。森田の時とは別のチェーン店だが、やはりここのコーヒーも茜さんの淹れてくれたものには敵わない。
「そうですねぇ……」
カフェの窓の外を眺めながらカフェオレをストローで一口吸い上げる。数分ほどそうしていたが、やがてこう言った。
「特に何も」
私はずっこけた。
ところ変わって。
神崎探偵事務所へ戻ってきた。
相変わらず神崎所長はノートパソコンとにらめっこを繰り広げ、時にはしきりに首を縦に振ったり、時には首を横に振ったりしている。
この人は何をしているのか。
霧島は霧島で自分の席で何かを書いている。
意外かもしれないが、事務所には我々の机がちゃんとある。スチール製の事務机なのだが、これは私が学校から引き払われた職員用の机を格安で仕入れてきたものだ。所長も私も霧島も皆一様にこの机である。財政状況の厳しい我が事務所ではワガママは言えない。
霧島と私の机が向かい合う形に位置し、所長の机がそこから2、3歩分離れた所にこちら向くように置いてある。
「霧島、何を書いているんだ?」
机に顎をつけ、気だるそうにシャープペンシルで何かをノートに書いたので、正面から覗き込んでみると文字や丸や矢印やら多種多様な記号が紙面上に踊っている。
「事件を整理しています。もう少しで分かるんですけど」
「そんなもの、お前のギフトを使えば一発じゃないか」
机に顎をつけた状態のまま言った。
「いや、そうなんですけどねぇ……」
そう言って、後頭部に両手を当てイスの背もたれに寄りかかった。そのせいでイスがキイと鳴った。もちろんお察しの通り、イスも机についていたどこかの教職員のお古だ。年季が入っており、何をやってもキイキイと不快な鳴き声をあげる。
「霧島〜」
所長の呼ぶ声がする。はたと目を向けると珍しくこちらに視線を向けているではないか。今日は、雲一つない気持ちのいい正に青天であるが、明日は大雨特別警報が発令されてしまいそうだ。
霧島は、寝そべっている時に名前を呼ばれた柴犬のように首をあげて、不思議そうに所長を見た。
「事件の進捗はどう〜?」
「え?あ、はい。えーっと、もう少しで分かりそうです」
「犯人はギフテッド?」
「ええ。十中八九そうでしょう」
「そっか〜」
それだけ聞ければ満足なのか、所長は再びパソコンに視線を戻してカタカタやり始めた。
所長への報告はいつもこのような感じだ。所長が基本的には事件解決まで一切途中報告しないルールになっている。必要な場合は今回のように向こうから声をかけてくる。
ついでなので、私から所長には一言言っておく。
「もしかしたら、今回も所長のお力を借りるかもしれません」
「は〜い」
と呑気な声がパソコンの向こうから聞こえた。これで、いつでも所長の力を借りる事ができる。逆を言うとこう言っておかなければ一切力を貸してはくれない。
「うーん」
所長の返事と引き換えに唸るような声を霧島が出した。どうやら行き詰っているようである。先ほどまで後頭部を支えていた両手は、いつの間にか腕組みに変わっている。
「どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、いろんなギフトが思いついて一つに絞れないんですよ」
霧島は右に、左に首を傾げながらうーん、うーんと一人唸っている。そんな部下を慮ってくれたのか所長が
「中川のギフトを借りなよ~」
とそれとなく言ってきた。
「そうですね。多分、これ以上頭で考えても特定することはできないでしょう。中川さん、書いてもらってもいいですか?」
私と霧島との間にはファイルがいくつかおいてある。それを迂回するようにノートが上部からにょきりと現れた。
「ページはたくさんあるか?」
「それなりにはありますし、聞きたいことはそんなに無いから大丈夫です」
そうかと言って、私は霧島からノートを受け取り、パラパラと適当にページを捲り、適当な場所で手を止め、
そうかと言って、私は霧島からノートを受け取り、
「じゃあ、茜さんの所へ行こう」
と霧島へ指示を出す。
私達は一階の茜さんのカフェ、デェスカンサールへと移動した。
店に入るなり、茜さんの元気な声が聞こえてくる。彼女の前を横切る時に、ブラック一つと頼む。後ろをついてきている霧島がオーダーしようすると、
「うわぁー!霧島くん!久しぶり!」
茜さんの声が弾む。
「えっ?そんな事ないですよ。5日前ぐらいに会ったばかり……」
「えー!私は毎日会わないと気がすまないよぉ」
駄々っ子か。
「ええっ?えーっと……何というか……」
露骨に困っている。
「毎日来てくれる?」
「か、考えておきます。と、とりあえずオーダーいいですか?」
しどろもどろになりながらそれだけようやく言った。
「うん!霧島くんの為なら張り切っちゃうよ!」
もともと捲られている袖を更に捲くる。
「じゃあ、茜さんのガトーショコラとココアで」
「オッケ~。後で席に持っていくから適当に座って」
彼女の言葉に甘えて空いてる席に座る。直ぐには飲み物は来ないだろうからその間に本来の目的を完遂する。
私は手に持っていたノートをパラパラと適当にページを捲り適当な場所で手を止め、霧島は気になる言葉をいくつか諳んじさせた。
それらの言葉をノートに書き取る。いくつかの言葉は書き取ったそばから赤色がついた。
厳密には書き取っている訳ではないが、それは後述する。
「どうですか?」
「こんな感じだ」
ノートを返す。そのノートを一通り眺めて、再び腕組みをして霧島はうーんと唸り始めた。
だが、やがて……
「あっ!分かりましたよ!犯人も!そして、その犯人がどんなギフトを使ったのかも!」
「本当か?」
「ええ。ですが、犯人を逮捕するのは難しそうですね」
ギフトの性質によっては犯人を逮捕することは出来ない場合がある。今の日本の司法では、ギフトでの犯罪を裁くことは難しく、今の政府ではギフテッドに対して手をこまねいて見ているしかないのだ。
ギフテッドの存在を認めればいくつか法改正にも乗り出せるのだろうが、政府は絶対にそんなことはしない。それには事情がある。
「あら?考え事?」
茜さんが、オーダーしておいた、ガトーショコラとココア、そして、私のブラックコーヒーをテーブルまで持ってきてくれた。
「あ。丁度良かったです。甘いのが食べたかったので」
ニコニコで茜さんに礼を言う霧島。おそらく自身の頭の中ですべてが解決してスッキリしたために機嫌が良いのだろう。
「あ、そう言ってくれるとうれしいな」
オーダーしたものをそれぞれの目の前に置いてくれる。ガトーショコラには生クリームとミントの葉が添えられており、霧島はこれにつけて食べるのが格別なのだと力説していた。ちなみにココアは薄く作られており、それは茜さんの優しさに由来する。
私のブラックにはミルクも砂糖もつかない。つけるだけ無駄だからである。
早速霧島は、ショコラに生クリームをたっぷりつけて食し始めた。その食べっぷりを見て茜さんも嬉しそうである。
憎らしいやつだ。
「今回の事件は難しいの?」
新しいオーダーが入らないのをいい事に店主は私達の会話に参加し始めた。霧島は、口いっぱいに入れたガトーショコラを嚥下すると言った。
「ええ。そこそこには難しかったです。でも、分かりました」
「やっぱり、霧島くんはすごいね」
小動物を愛でるように頭を撫で始める。霧島も満更でもない様子でそれほどでも〜、とデレデレだ。まるで飼い犬とその飼い主だ。もちろん茜さんが飼い主である。
憎らしいやつだ。
「でも、あんまり無理しちゃ駄目だよ。お姉さんは心配だよう」
半分茶化すような言い方。ちなみに私には言ってくれない。
「大丈夫ですよ。中川さんもいるし、所長もいますから」
次のガトーショコラを口に放り込んでモグモグしている。
「そっかぁ」
それだけ言ってまた、頭を撫で始めた。撫でる度に赤みがかったポニーテールが揺れる。
こんな意味不明なやり取りが、ガトーショコラを食べ終わるまで続き、事務所に戻る時にはそれなりの時間が経過していた。
店を出て探偵事務所へと戻る。暇そうにノートパソコンを眺める神崎所長に霧島が得意げにデェスカンサールでした推理をもう一度、神崎所長に披露する。
「と、言う事なんです。これでは警察の逮捕も難しいかもしれませんね」
「仕方ないよ~。警察もそれは分かってるからさぁ」
殺人犯を檻の中にぶち込めないのに、うちの所長は呑気な事を言った。逮捕が難しいということは殺人犯を野放しにしておくことと同義なのだが。
しかし、例え難しくとも一応警察に電話をしておこうと考えた。
犯人、ギフトの全容が分かった以上、ここでまごまごしている場合じゃない。
「とりあえず、真野刑事に電話してもいいか?」
「ええ。大丈夫です。あの容疑者二人も呼ぶように言ってください。時間はいつでもいいです。明日でも、明後日でも」
私は、真野刑事に電話し、事の次第を伝えた。
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