神崎探偵事務所 ~超能力事件、解決します!~
ぶり。てぃっしゅ。
ゴーストウエポン:プロローグ
晴れたある日。都内某所。大きな道路から一歩奥に入ったビルの一角に我々はいた。
雲一つ無い晴天なのだが、このビルは薄暗くひんやりとする。ここは使われなくなって、随分と経つ廃ビルなのだ。どうしてそんな所にいるのかというとそれが仕事だからだ。
今日は依頼のあった、ネコのベルちゃんを捕らえるべく、こうして廃ビルで息を潜めているのだ。
私は、中川という名字で神崎探偵事務所で探偵とは名ばかりの仕事をしている。まぁ、TVや小説等でありがちな設定だが、それが本当なのだから仕方無い。
そして、肉体労働が苦手な私をサポートしてくれるのが今、目の前でネコを捕まえようと神経を研ぎ澄ましている男なのだ。この男は私の弟分で名を霧島という。こいつもまた神崎探偵事務所に在籍している探偵の端くれという名のパシリだ。
「うごぉ!!」
ヘッドスライディングをする霧島。にゃーと華麗にベルちゃんはよける。
「くっそー」
ともう一度霧島はヘッドスライディングをする。今度はその両腕で見事にベルちゃんをキャッチした。に゛ゃ゛あ゛ーという声をあげ、ついにベルちゃんは観念をした。
「でかした!」
私は右手に持っていた依頼人から受け取っていたかごをすぐに持ち寄った。そのかごにベルちゃんを入れるとふぅと霧島は一息、いやため息をついた。かごの中で暴れまくるベルちゃんを尻目に私はスマホで依頼人に報告をした。
「あ、藤田さんですか?依頼を完了しましたので神埼探偵事務所でお待ちしております」
スマホの通話をきると雲ひとつ無い空を仰いだ。
ところ変わって。
神埼探偵事務所である。青空から一転、夕暮れのオレンジに染まる空をバックに肥満体型に宝石をジャラジャラとつけたおばさん(推定50歳ぐらい)がオホホホと容姿に似合わない上品な笑いを上げる。
「ありがとうございますぅ~。こちらが謝礼になります」
おばさんはハンドバックをあさり、相対した机にドンと茶封筒をのせた。いや、叩きつけたのほうが正しいか。その厚さに霧島がギョッとする。
「では、私は帰りますのでぇ」
おばさんは満足げに去っていくが、そのカゴの中の虜囚猫はこちらに助けを求めている。しかし、可哀想だが猫から依頼を受けることはできない。私は事務所の入り口までおばさんをエスコートし、にこやかな顔でおばさんを送り出した。
事務所には入って左側に、安っぽいビニールレザーのソファとローテーブルが備え付けられており、先程までそこで話をしていた。霧島はまだそこに固まったままだ。
「いい加減目を覚ませ。霧島」
ギョッとしたまま止まっている霧島をこちらの世界に呼び起こす。
「す、すごいです!!ご、五十万円ってこんなに厚いんですね!?」
「ああ、そりゃ、五十万……だからな」
「は、初めて見ましたよ!?ご、五十万の札束!」
そんな感動を他所に私はその茶封筒を机から拾い上げる。霧島はその茶封筒を名残惜しそうに目で追う。
「そんな目で見ても、お前にはやらんぞ」
「えぇ~!?そんなぁ」
霧島はがっくりと肩を落とす。
「これは滞納したビルの家賃と、茜さんのとこのツケを払わなくちゃならない」
茜さんのとこは、どうせ後で行くので後述するとしよう。
「所長。それでいいですよね?何か必要なものはありますか?」
一応、事務所の所長にも許可を取らなくていけない。さて、ここで登場するのが我が事務所のボスである、神埼所長である。それなりに業界では名が売れている。のだが、人物としてはそんなにほめられたものではない。
今も自身の机に鎮座しているノートパソコンで何かを熱心に見ている。大方オカルト系のネットの記事でも見てるんだろう。所長はパソコンから目を話さずに
「うん~?いいよ~?」
と面倒くさそうに言った。この人は刑事事件とオカルト以外には全く興味が無く、めんどくさがりで他人任せなのだ。いままでどうやって生きてきたのだろうか。
「所長の許可も取ったし、茜さんの所に行って来る」
私は所長と霧島にそう言い残し部屋を出る。ここ神埼探偵事務所はビルの2階にある。そして、そのビルの一階が先ほどから度々出ている茜さんのところなのだ。
茜さんは一階でカフェをやっている若きオーナーで、事務所があるビルも彼女の所有物で亡くなった父上が残してくれた遺産なのだそうだ。私はコンクリートの階段を下り、一階のカフェ『デェスカンサール』に入ると、
「いらっしゃい!」
と元気な声が聞こえてきた。
元気な声と共に、少し赤みがかった長いポニーテールが揺れる。容姿端麗で体のラインも女性からも男からも注目の的になるようなハッキリさである。
彼女はあまりラフな格好を好まず、常にフォーマルシャツとバリスタエプロンでいる。ヨレヨレのTシャツを着ているところなど見たことがない。
そんな茜さんはどうやらエスプレッソを作っているようだ。私はカウンターのハイスツールに座り、カフェオレを頼む。いつもはブラックを頼むところだが今日は甘味のあるものを飲みたい。おそらく肉体労働が響いたのだろう。
「カフェオレ?珍しいね」
そう彼女は言うと、先程作ったエスプレッソを店内にいるお客へと持って行った。コーヒーの豊かな匂いの店内を見渡すと、会社帰りのサラリーマンなのか読書中な人やノートパソコンを広げもくもくとキーを打っている人がいる。
と思いきや、こちら側にチラチラと視線を投げかけて来る者も数名程いる。これは私宛の視線では無く、茜さん宛だ。つまり、茜さん目当ての客も多数来るということだ。
この界隈は会社が多く、平日の昼間や夕方はそれなりに繁盛をしているようである。
そうこうしているうちに茜さんが戻ってきた。
「カフェオレだったよね?すぐ作るね!」
「ゆっくりでいいですよ」
「今日は霧島君はいないの?」
「え?上にいますよ?呼びましょうか?」
「え!?い、いやいいのよ。居ないならいないで」
そう言った茜さんの顔は少ししょんぼりしたように見える。会話をしながらでも彼女は手を動かし、すぐにカフェオレが私の前に出される。
「今日は吉報を持ってきたんです」
カフェオレを一口飲むと切り出した。茜さんは首を傾げる。
「滞納していた家賃と霧島と私のツケを払いに来たんです」
「そうなんだ」
随分とあっさりしているなと私は思った。かなりの額を滞納しているせいで期待はあまりしていないのかもしれない。
「今、いくらぐらい溜まってますか?」
「うーんと…」
彼女はそう言うとレジの壁にかかっているホワイトボードを見る。
「39万9976円ね」
ホワイトボードに書いてある金額を彼女は言った。ホワイトボードには「神埼探偵事務所様宛、延滞金39万9976円也」とどでかく書いてある。今の今まで気付かなかったがそんな所に堂々と延滞金が書いてあるとは。いろんな人たちの好奇に晒されたに違いない。滞納者に対する茜さんのささやかな罰なのかもしれない。
ただ端数がでているのは利子か何かだろうか?普通端数は出ないはず……。
「じゃあ、全額払います」
訝しいんでいても始まらない。私は、先ほど藤田夫人からもらった茶封筒から40万円を抜き出すと、茜さんに手渡した。
「毎度あり!」
元気な声のトーンとは裏腹にその顔は笑っていない。慣れた手つきでレジスターを空けて、24円をカウンターテーブルに積み上げた。
私はそれを傍目にカフェオレをちびりちびりと飲む。茜さんがいれる飲み物は全て格別である。ご多分に漏れずこのカフェオレも甘味と苦味が抜群の混ざりあいをみせ、とんでもなく美味しい。
私がカフェオレを堪能している間に茜さんはホワイトボードに書かれた我々の延滞金額を消してくれたが、「神埼探偵事務所様宛」という文字を残すあたり、我々がまた滞納すると想定しているのだろう。探偵業は信頼で仕事をするのだが、こうなってしまっては……。
彼女はにこやかながら怒気の孕んだ声で
「あんまり滞納しないでね」
と言った。「もう滞納しないでね」と言わないところに縫い針の穴ほどの優しさを感じる。
「わ、分かりました」
茜さんの迫力に負け、私はそれだけを言うのが精一杯だった。カフェオレを飲み終えると、財布から千円札を取り出し、代金を払った。
「またツケにするのかと思った」
千円札を受け取る際に、茜さんに皮肉を言われる。お金に関してはとことん信頼が無い。
「そんなお金を払った初日から滞納はしませんよ」
私は紳士然と言った。茜さんは呆れるやらおかしいやら苛立たしさやらが綯い交ぜになったため息をついた。
「では、事務所に」
スツールを下りて、店のガラス扉に近づくと茜さんに
「次は霧島君、連れてきてね」
と言われる。うーん。私は一人で楽しみたいのだが。霧島がいるとわんわんうるさくて大人の時間を楽しむ事ができないのだ。
「気が向いたら」
そう言って店から出て、店の右手にある階段を登っていった。事務所のアルミドアを開くと、真正面に座っている所長が待ってましたと言わんばかりに右手を頭上でひらひらと揺らした。
「何ですか?所長」
「仕事〜」
「え!?仕事ですか!?」
驚いたのは私では無い。ソファに寝っ転がってスマホに興じていた霧島だったが、所長の発言を聞いて、ガバッと起き上がった。
「うん〜。警察から〜」
警察からか。私達はある特殊な状況において警察より直々に依頼が来る。
「明日、ここに集合〜」
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