第24話
モニカ=レーベル。
私が幼い頃からコーエン家に仕えていた侍女で、ベッドメイキングや髪のセット等は誰よりも優れていたが、紅茶の入れ方だけは誰よりも苦手だったモニカ。
私は300年前の…処刑前夜を思い出していた…。
*****
冷たい鉄の牢屋の中、私はいつもの様にアルベルト様からの拷問を受けていた。そして最後にアルベルト様は屍のように横たわる私に「お前たち一族の処刑が明日の朝に決まった。…聖女を殺そうしたお前を僕は絶対に許さない。」と吐き捨てるように言って、牢屋から出ていった。
無情な宣告に夢でも見ているのではないかと思ったが、身体に伝わる床の冷たさが現実であることを、まざまざと突き付けていた。
―…なんで…こんなことに…。
来る日も来る日も…アルベルト様に痛めつけられて、もう身も心もボロボロだ…。
私が牢屋に捕らえられてからどのぐらい経ったのだろうか。日付の感覚は既に無くなっていた。
唯一分かることといえば、牢屋の小さな窓から溢れ出る僅かな光で、朝なのか夜なのか判断出来るぐらいだ。今は、小窓から月明かりが溢れているため夜なのだろう。月明かりが真っ暗で冷たい牢屋をぼんやりと照らしている。
―私は…何も、やっていないのに…。
何度も何度もアルベルト様や兵士達に無実を訴えたが、彼らは聞き入れてくれなかった。それどころか彼らは私に身の覚えのない罪を重ねていき、拷問は日に日に悪化していった。
牢屋に閉じ込められている私がどうやって罪を犯せるのか、逆に彼らに問いたいぐらいだ。
彼らは…聖女が来てから何かがおかしい。とても気味が悪い。だがそれを訴えても聞き入れてくれる者は誰も居ない。
絶望だ。
不思議と涙は出ない。私の心壊れてしまったのだろうか。
じくじくと痛む身体を抱き締めていると、何やら牢屋の外から誰かの話し声が聞こえてきた。
「早くしろよ。誰かが来ても俺は庇えないからな。」
「わかってる。」
ガチャンと扉の鍵が開く音がした。音がする方へ虚ろの目を向ける。冷たい鉄の扉がギィ…とゆっくりと開き、中に入ってきたのは…
「お嬢様、遅くなってしまいまして申し訳ございません。」
「…モニカ?」
侍女のモニカだ。
痛む身体を庇いながらゆっくりと上半身を起こす。どうして彼女がここに居るのだろうか。傷だらけの私を見たモニカは痛々しく顔を歪ませた。
「あぁ、お嬢様…。なんておいたわしい…。」
よろける私の身体をモニカは支えてくれた。
「貴女、どうしてここに…?」
「話しは後です。早くここから逃げましょう。」
―逃げる?
モニカの言葉に思わず目を見張る。
「何を、言っているの?」
「私は貴女を助けに来たんです。貴女はここに居ていい人ではありません。安心してください。入口を見張っている兵士達には金貨を渡しましたので、今なら逃げられます。さ、早く。」
今まで、私は自分のことしか考えていなかった。ずっと、1人だと…。だから、こんなにも身近に私を想ってくれていた人が居たなんて…思いもしていなかった。
胸に温かいものが込み上げてくる。あぁ、嬉しさで泣きそうだ。私の心はまだ壊れていなかった。
――だが、もう遅い。
「モニカ、ごめんなさい。私は、行けないわ。」
「大丈夫です、私を信じてください。宛はあります。デューデン国まで逃げれば…」
「そうじゃないの…」
私は視線を自身の足に向けた。モニカも私の足に視線を落とし、息を呑んだ。
「あぁ、なんで…」
モニカは悲痛に顔を歪ませて、両手で顔を覆い蹲った。
私はここから逃げられない。
今の私には、足がない。
ここに捕えられた時、私はアルベルト様に両足首を切り落とされていた。許し難い罪人が決して逃げ出さないように…。
私は、もう自分の力で立ち上がったり、歩いたりする事が出来ないのだ。
「だ、大丈夫ですよ!私がお嬢様を担いでいきますから!」
縋り付くモニカに私は静かに首を振る。歩けない私は彼女の足手まといとなるだけだ。彼女まで捕まってしまったら元も子もない。
「何を話しているっ!!」
どうやら時間切れのようだ。別の兵士達が異変に気づいてしまった。さっと顔を青くするモニカ。
「お前、そこで何をしている!まさか逃亡を図ろうと…」
「そうよ。」
私は兵士の言葉を遮る。正直、声を張るほどの力は残っていなかったが、お腹に力を入れた。モニカは目を見開く。
「彼女に私をここから出すよう命令したの。でも、罪人の言うことなんて聞けないですって。私に向かってなんて無礼なのかしら…。この役立たずの無礼者をとっとと追い出してちょうだい。」
「お嬢様?一体何を…」
戸惑うモニカは兵士達に担がれた。
「無礼者はお前だろうっ!エリザベータ=コーエン、往生際の悪い奴めっ!明日の処刑までここで大人しくしてろっ!!」
1人の兵士が私の顔を殴り、その衝撃で私は倒れ込んだ。口の中に鉄の味が広がる。
「君、大丈夫かい?さ、安全なところに行こう」
「お嬢様っ!お嬢様っ!離せっ!私に触んなっ!!」
「あぁ、可哀想に。洗脳されているよ。医者の元へ連れていこう。」
兵士達は涙で顔をぐしゃぐしゃにするモニカを抱えて出ていった。
それが私が見た最後のモニカの姿。
この数時間後、私は処刑されたのだ。
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