第3話
「罪人、エリザベータ=コーエン。そなたは嫉妬と醜い欲にかられ帝国の宝である聖女を殺害しようとしただけでなく、先代の皇帝陛下と皇后陛下をもその手にかけようとした。その上それだけでは飽き足らず、帝国金貨の横領にも手を出した。人類の歴史が始まって以来の大罪の数々である。」
―何処で間違ってしまったのだろう。
飲まず食わずでアルベルト様に拷問され続け、身も心もボロボロになった私は引きずられるようにして断頭台へ連れていかれる。その残酷さの象徴ともいえる拷問具に乱暴に身体を固定され、あとは自身の首を切り落とされるのを待つだけとなった。肌に伝わる冷たさが夢では無く現実であることを物語ってる。
「なんと罪深い。よってこの者の処刑を執行するっ!」
大臣が声を高らかにしてそう言い放つ。
顔を上げれば皇帝陛下となったアルベルト様とその后である聖女マリーが少し離れた所で私を見下ろしていた。
私が正式にアルベルト様の婚約者として発表された半年後、アルベルト様は国境視察の命を皇帝陛下から受けた。そして、視察中に見つけたのが今、彼の隣に居る聖女マリーだ。
聖女とは、昔からの言い伝えで何百年かに1度だけこの地に現れる神に愛された乙女だ。その容姿は大変可愛らしく髪はストロベリーブロンドに染め上げられ、ピンクダイヤモンドの瞳を授けられると言われている。その容姿を持ったマリーは聖女であることの何よりの証だ。
聖女とアルベルト様はお互いに一目あった瞬間から恋に落ち、アルベルト様は聖女を后に迎えるために皇宮に連れてきた。
この話を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。今までの努力は何だったのだと。心臓が止まりそうなほどの絶望を味わった。
正直、聖女に嫉妬した。だからと言って殺めてやろうとは思わない。そんな恐ろしいこと私が思いつけるはずがない。なのに気付いたら覚えのない罪を着せられ、取り返しのつかないところまで来てしまった。
つい先程、危険分子は全て摘み取りたいという彼の考えに沿って私の一族の処刑が執り行われた。
残るは私のみ。
母は最期に「全部あんたのせいよっ!!あんたが生まれてきてからおかしくなったのよ!!あぁ、こんな出来損ないなんて産むんじゃなかっ」と、言い終わる前に首を落とされた。
コロコロと転がる母の頭を見て、私の中で何かが壊れる音がした。
―お母様、私もこんな世界に生まれてきたくなかったです…。
それでも今まで生きてこれたのは…。
「自分のお母さんが死んでしまったのに顔色一つ変えないなんて、なんて冷たい人なの!?」
急に騒ぎ出したのは聖女マリーだ。酷い、酷いと泣きながらアルベルト様の胸に顔をすり寄せる。そんなマリーをアルベルト様は優しく腕の中に包み込む。
「君は優しいね。優しい君にこれ以上酷いものは見せられない…。僕が全て終わらせるまで部屋で待っててくれるかい?」
「だめっ、私はアルの后なんだからちゃんと見届けないと…。それにアルが隣に居てくれるから大丈夫!」
「マリー…。」
…一体何を見させられているのだろうか。
私が着せられている罪の一つ、聖女の殺害未遂の件だが、これは彼女の虚言である。
国境視察から聖女を連れてアルベルト様が帰還されたあの日、聖女は何故か私に近づき突然「エリザベータ様が私を殺そうとしたのっ!」と、騒ぎ出した。予想外な展開に思わず呆然としてしまった私はその場で簡単に取り押さえられ、無罪を訴える暇も無く牢の中に押し込まれた。そして、いつの間にか牢の中に居るはずの私は数々の大罪を犯したことになっており何も出来ないまま処刑の日を迎えてしまったのだ。
明らかにおかしい。おかしいのに誰も気付かない。その異常さが不気味だ。
甘く聖女を見ていた瞳が今度は私に向けられる。勿論、甘さの欠けらも無い、凍えそうなほど冷たいサファイアの瞳をだ。
…初めてお会いした時はとても優しかった。優しさに飢えていた私はその優しさがまた欲しくて、頑張ればくれるかもって…頑張ったけど、私が頑張れば頑張る程貴方は私に冷たくなっていき最後には目も合わせてくれなくなった。
「エリザベータ。」
低く無機質な声で彼が私の名を呼ぶ。名前を呼ばれたのはいつぶりだろう。
「最期の情けだ。何か言い残したことはあるか?」
言い残したこと…。
本当ならば私の無罪を1から10まで言ってあげたかったが、それが無駄なことは牢の中で悟った。何が最期の情けだ、きっと何を言っても変わらない。なんて無意味な時間なのだろう。
虚ろな目で彼を見つめる。
深い海のように輝いていたサファイアの瞳は今は濁って見える。昔はあんなにも綺麗だったのに。
私が愛した人はもう居ない。…初めから居なかったのかもしれない。
「…許さない。」
だとしたら貴方に捧げてきた18年間は何だったのか。
「私は貴方を許さない。」
抵抗する力も無罪を訴える力もない。けれど貴方を憎む感情だけがふつふつと沸いてきた。まだ、心は死んでいない。
この先、貴方が不幸になればいいと念じながら彼を睨む。魔力の無い私がいくら念じても意味は無い。意味は無いが、何もしなかったら私の18年間はなんの意味もないものになってしまう。それだけは、嫌だ。
「エリザ。」
彼の瞳が大きく見開く。濁っていた瞳があの頃の輝きに戻ったような気がした。それが私が見た最期の光景。
暗転。
エリザベータ=コーエンは18歳の短い生涯を終えた。
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