第1章「共依存」

第1話



「エリザベータ、お前もご挨拶を…。エリザベータ?」

「っ。」



父に話しかけられたことによって、世界が再び動き出す。



―いけない、こんな人目が多いところで粗相なんて出来ない。



今にも倒れそうな体を奮い立たせ、微笑の仮面を貼り付ける。有難いことに体は自然と動いてくれた。



「皇太子殿下、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。シューンベルグ公爵家の長女、エリザベータ=アシェンブレーデルと申します。」



両手でスカートの左右を摘まみ上げ、片足を後ろ側に引き、もう片方の足をまげて腰を落とした淑女の挨拶、カーテシーをとる。

教本通りの挨拶を流れるようにとってみせると、隣に立つ父から「おや?」と、少々驚く様子が伝わってきた。…まぁ、今 父が何を考えているのか何となくわかる。


私の母は私を産んですぐに亡くなってしまった。元々身体の弱い人だったらしい。

母を深く愛していた父は母の忘れ形見である私を溺愛し、ドロドロに甘やかした。そして蝶よ花よと育てられた結果、1人では何も出来ない娘となってしまった。

それが先程までの私。そんな娘が急に洗練された挨拶をとってみせるだなんて驚きだろう。

記憶が蘇った今、前世で何度も何度も練習した淑女の挨拶は魂に刻まれているかのように身体を動かしてくれた。



「どうした、エリザベータ。顔が真っ青じゃないか。」



顔色までは誤魔化せなかったようだ。私の異変に気づいた父は私の肩を抱く。



「初めての社交界に疲れてしまったのだろう。明日からは学校が始まる。今日は早く休んだ方がいい。」

「殿下、お気遣いありがとうございます。それではお言葉に甘えまして、私たちはこれで失礼致します。エリザベータ、歩けるかい?」

「えぇ。…失礼致します。」



最後は殿下の顔を見ることが出来なかった。



父に支えられながら馬車まで辿り着いた途端、身体がぐらりと傾く。緊張の糸が切れたのだろう。

遠くで私の名前を呼ぶ父の声を最後に、私は意識を手放した。

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